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六十一話 碧色に映して


「……え?」


 突然の問いかけを飲み込めないフェリシアがきょとんとした顔をした。

 それでもロドニーは構わず続ける。口火を切ってしまってはもう戻れない。急かす声だっていつの間にか責め立てる言葉に変わっているのだから。


「その相手は僕じゃダメなの?」


 そう言ったロドニーを見つめ、数瞬の沈黙の後に意味する所を理解したフェリシアは笑った。


「……ありがとう。そこまで協力してもらえるなんて嬉しい。だけど、私とロドニーじゃ恋仲だってお父様に信じてもらえな——」


「どうして?」


 そう言ったロドニーの硬く鋭さのある声音に、驚いたフェリシアからも笑顔が消えた。


「え……だって、私たち従兄弟……だし」


「そうだね。でもグランリッターでは従兄弟同士は婚姻の対象と認められているんだから、恋愛対象にだってなるよ」


「そう……だけど、でも……」


 雲でも掛かったのか不意に月明かりが翳ったので、数歩離れた距離にいるお互いの表情が読めなくなった。

 いつもと違うロドニーの声色にフェリシアは少し不安になる。


「……ねぇ、フェリシア。僕がこの領地を継ぐ事は幼い頃から決まっていたよね?」

「え? ええ……」


「子どもの頃から頻繁にこの家に通ってた。いずれは養子に入って領主になるんだからって」

「そう、ね」


 急に始めた脈絡の無い話しに柔和さの消えた語り口。夜の闇に隠された間に知らない人にすり替わったのではと思ってしまった程、良く知っている筈の人の醸す雰囲気が普段とは違う。


「でも、どうしてそんな面倒な事してたんだと思う? レイフォードを継ぐのは僕だと決まっていたんだからすぐに養子に迎えても良かったのに。どうして君がこの家を出た後に、正式に養子に入る話しになってるんだと思う?」


「どうしてって言われても……どうしてか……」

 答えを探す様にフェリシアが視線を下に移すと、スッとロドニーが一歩踏み出した。


「わからない? 伯父さんは出来るなら君をこの家に閉じ込めておきたいと思っていたからだよ」

「お父様?」


「そう。将来レイフォードの一切を継ぐ従兄弟の僕と君が結婚すれば、君はずっとレイフォード領のこの館に、伯父さんの側にいられるから。君とアルベルト卿の婚約がもしも上手くいかなかった時には、伯父さんはそうするつもりで僕を従兄弟の立場でいさせ、幼少期から君と過ごさせた」

「えっ……と?」


「だから、そうなることは無い事じゃないし、望まれてもいる事だよ」


 ロドニーの言わんとする所を汲み取ったフェリシアは安堵する。普段とは違う怒っているのかとすら思う声音に戸惑ったが、やはりいつも通りフェリシアの無茶な考えに協力してくれようとしていると感じたからだ。

 ただ、話しながらゆっくり近づいて来るロドニーの筈の人影は、未だ隠れたままの月のせいで表情がはっきりと確認できない。

 平時よりも幾分か低く強い口調なのは何故かを窺えず、そこに少し不安が残るもフェリシアはロドニーの提案に返答した。


「ありがとうロドニー、でも待って。お父様がそう考えていたのなら確かに信じてはもらえそうだけど、そうなったら後々大変になるでしょ? だってお父様が私達の仲を信じてしまったら、本当に結婚って事になっ——」


「構わないよ」


 フェリシアの言葉を遮って、ロドニーが強くはっきりとした声で言った。


「構わない。僕は君とそうなりたい」



「——……え?」



 予想外の言葉を投げられて、フェリシアは小さく聞き返した。

 雲が途切れて月がまた顔を出し部屋の中を照らす。薄明かりの中照らし出されたロドニーは、見た事がない程真剣な顔をしていた。


「ロドニー……?」

「……ずっと、君を見てきた。子どもの頃からずっと。だけど諦めなきゃいけないとわかっていたから、気持ちに蓋をしてきた」


「ど……どうしたの……」

 ブレる事なくこちらを見つめる瞳に、今まであったものが急変する気配を感じたフェリシアは無意識に後退った。


「君の従兄弟として兄として……その立場に徹してきたつもりだったけどやっぱり諦められなかった。君とアルベルト卿を傍で見てると思ってしまう。どうして僕じゃないのかなって」


 ゆっくりと詰まっていく距離を元のままに保とうと脚を後ろに引いたフェリシアだったが、ヒールを絨毯に取られてバランスを崩した。

「あっ」

 倒れる、と思って咄嗟に何かに掴まろうと伸ばした腕を、ロドニーが掴んで引き寄せた。


「……どうして僕じゃないのかな。僕は君の従兄弟で、君の家を継ぐと決まってて、幼少から君と過ごして来たのに」


 抱き合うように引き寄せられた事で怖いくらい真剣に見つめる濃紺の瞳が間近に迫った。

 例えこの距離であろうとも数刻前ならどうという事もなかったのに、掴まれたままの腕に込められた力の強さを認識してフェリシアは緊張する。


「……ロ、ロドニー?」

「あの人と同じ分だけ……いいや、それ以上の時間を君と共にしてきたのは僕だ。君の好きな物も嫌いな物も、何に悩んで何に喜ぶのかもあの人よりも知っているつもりだ。いつだって君の側にいたのは僕だった。それなのに、君の婚約者はあの人で、君の中にもアルベルト卿しかいなかった」


 フェリシアの腕を掴む手に力がより込められる。

 振り解けない程の力の強さに、初めて従兄弟として以外の形容でロドニーを意識した。


「は……放して……?」


 初めて感じる従兄弟の異性としての一面に、戸惑ったフェリシアの心臓が大きな音を立て出した。

 見えない何かが一気に崩れる予感に怯えてすらいるが、尚もロドニーは揺らがず見つめ続けてくる。


「わかってたから諦めてきた。仕方がないんだって。でも、あの人が君を裏切ってたって知った今、諦めたふりをして抑えておくなんて出来なくなった。婚約者の君を蔑ろにして他の人に心を寄せて、こんなにも悲しませて苦しめてる。それなのにあの人を想い続けて泣く君を放ってはおけない」


「ロドニー、ね、待って、一旦放して? 私、いま混乱してて、何を言われてるのかよく——」


 震える声で絞り出した懇願を遮ってロドニーが言った。


「僕が君を支えたい。あの人の代わりに、従兄弟としてじゃなく恋人として。フェリシア、君が好きだ」



 突然の告白に頭の中が真っ白になったフェリシアは息が止まった。

 今の今まで家族としてしか見ていなかった人の告白をどう受け止めて良いかわからない。


 見つめ返すだけでフェリシアが呼吸も忘れて固まっていると、ロドニーがそっと抱き寄せた。


「ずっと好きだった。忘れる為の道具にしてくれても、寂しさの穴埋めでもいいから僕の事を見て欲しい。突然で戸惑わせてるのはわかってる。でも、利用してくれていいから。君に笑顔が戻るまで今まで通りずっと側にいる。考えるのはその後でいいから。だから、アルベルト卿の事なんて忘れて僕を……」


「い、いや!」



 バッと、フェリシアがロドニーを振り解いて身体を離した。

 それは従兄弟として今まで通りの関係でいたいとの思いもあったが、諦めた気でいたアルベルトへの気持ちからの拒絶だった。

 つい先刻まで不貞しようとまでしていたのに、やはりアルベルト以外受け入れる気持ちなどなかったと自認してフェリシアは動揺する。

「あ……ご、ごめんなさ……私……」


 ずっとフェリシアを見てきたが故に彼女のそんな心の動きを見て取ったロドニーは、振り払われて空になった手をギュッと握り締めた。

 

 ここまでしても届かない。

 未だアルベルトがフェリシアの心を占めている。

 それどころか、どんなに手を伸ばしてもきっとこの先も触れることすら叶わない。

 そう悟るにたる拒絶の仕方だった。


「……どうして? あの人にはガートルード嬢がいるんだよ。好きでいたって傷つくだけなのに。どうして未だに想い続けるの? どうして忘れようとしないの?」


 思い知らされるフェリシアのアルベルトへの想いの強さに、胸の奥が嫉妬に焼き尽くされて頭の中では責めたてる声ががなり立てている。


 いつかきっと想いが届いてフェリシアが微笑んでくれる、だから。


 その一心で必死に言い聞かせて張り詰めてきた物が、焼ける痛みとかまびすしい声に弾け飛んだ。


「……ずっと君の側にいたのは僕だ。誰よりも君をわかってあげられるのも僕だ。アルベルト卿じゃない、君を幸せに出来るのは僕なんだ! どうして気づいてくれないんだ! こんなに側にいるのに!」


 溢れた気持ちを制御出来ずに、ロドニーは衝動的にフェリシアの両腕を掴んだ。


「やっ——ロドニー⁈ 痛い、放して——」


 痛い程の力で乱暴に掴みかかってきた優しい従兄弟の豹変に驚いて、フェリシアは逃れようと抵抗する。

 揉み合う内に毛足の長い絨毯と相性の悪いヒールがまた絡め取られ、フェリシアは短く悲鳴をあげて後ろ向きに転びかかった。


 掴まれていた為に支えられる形となって転倒はしなかったが、グッと一際強く腕を握られたかと思うとそのままドサッと床に押し倒された。



「……君が忘れられないなら、僕が忘れさせてあげるから」



 仰向けに倒されたフェリシアに覆い被さったロドニーは、見開かれた碧色の瞳を真上から見下ろして言った。



「フェリシア、僕を見て」

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