五十七話 燃ゆる
強引に手を引かれ、ダンスホールの中央に連れて来られたフェリシアはアルベルトと向き合わざるを得なくなった。
掴まれたままの手は離してもらえず、背中にはアルベルトの手が添えられて逃げられない。
幸い身長差があるので上向かなければ顔を見ずには済む。
けれどそうなると目の前には胸板があって、抱きしめられたあの日を思い出してしまう。
もう捨てるのだと決めたアルベルトへの気持ちが一瞬で戻って来そうになって、フェリシアは下を向いた。
「手を」
次の曲が始まり、ドレスの胸元を押さえて遊ばせている左手を肩口に掛けるよう促された。
けれどフェリシアは従わない。
「……お離しください。私、ダンスをする気は——」
「そうですか」
アルベルトはフェリシアの言葉を遮ると、強引に一歩踏み出した。
「——っ!」
急に踏み込まれてバランスを崩したフェリシアは咄嗟にアルベルトの腕を掴んでしまった。
しっかりホールドされていたので倒れる事はなかったが、そのままなし崩し的にステップを踏まされる。
「……こんな……強引……」
「こうでもしないとお話ししていただけない様でしたので」
いつもと違う硬い声音でそう言うと、アルベルトはフェリシアをリードしたまま三度質問した。
「どうしてここにいる?」
フェリシアはアルベルトの二の腕に置いた手をぎゅっと握った。
答えれば良い。
ここにいる理由を、包み隠さずそのまま。
不貞する為だと言ってしまえばここできっと決別出来る。
わかっているのに口を衝いて出たのは皮肉めいた言葉だった。
「……理由をお尋ねなのでしたら、ここにいる以上、皆同じだと思いますけれど? 騎士様だってそうなのでしょうから」
燻った感情が胸に止めておけなくなって、つい責める様な攻撃的な口調になった。
ハッとしたフェリシアは思わずアルベルトを見上げてしまい、睨んでいると思うほど真剣な眼差しを向ける鳶色に捕まった。
「……ここがどういった場所か知っているのか」
静かだけれど重みのある声でアルベルトはまた尋ねた。瞳はチラともぶれずにいて碧色を離さない。
曲に合わせて回転する度に、会場の明かりが差し込み一瞬赤く見えるその瞳が、今はフェリシアだけを捕らえている。
逸らすことも出来ず見つめ返すフェリシアだったが、今夜ここに収まるのはガートルードだったのだとの思いが不意に頭に過ぎって、醜く浅ましい気持ちがまた燃え始めた。
「その口ぶりですと騎士様はご存知のようですのね。これがどういった会なのか」
「……知っていて来たのか」
「……騎士様こそ」
側から見れば——誰も他者を気にかけてなどいないが——優雅にワルツを踊っていると見える二人の間の僅かな距離を、重苦しくヒリヒリとした緊張感が満たす。
「誰に何と誘われて、ここへ連れられてきた。従兄弟殿かそれともさっきの——」
「私が誰と、どういった経緯でこちらへ伺ったかなど、騎士様にはどうでも良いことと思いますが。私も、貴方がどなたとご一緒であろうと気に掛けませんから」
胸の奥に押し込めた物がチリチリと燃える。立ち込めた黒い煙が逃げ場を求めた結果、言葉に乗ってアルベルトに向けられた。
「フェリシア! きちんと話しを——」
「ここでは名前も立場も忘れるのが規則と聞きましてよ! だから今の私は誰でもありませんし、騎士様だって誰でもないのではなくて? そのおつもりで……あの方を連れていらしたのでしょう?」
気に掛けない、受け止めた。
そう思って前を向いたつもりでいた気持ちが焼かれていく。諦めて忘れようとしていた物が、焼け落ちた残骸から顔を出した。
「あの方を連れて? ガー……トルードのことか? そのつもりとは、どういう——」
「私に、お尋ねになるの? 私の方がお伺いしたいわ。今日のようにお二人だけで出掛けられるのはよくあるのでしょうけれど、こういった場所ではどう——」
「二人だけとは誤解だ。ニコルが……話しただろう、ガーダの兄だ。今日はニコルに俺もガーダも付き合っているだけだ。二人だけで出掛ける事なんてない」
一瞬たりとも目を逸らさず、強く言い切ったアルベルトにフェリシアは瞠目する。
「……存じ上げなかった。そんな真剣なお顔のままで……アルベルト様ったら、嘘がお上手だったんですね。私、知らない事ばかりだったんだわ」
「嘘? 嘘など吐いて——」
「見ましたもの!」
フェリシアは叫ぶようにしてアルベルトの言葉を遮った。
炎に焼かれた胸が悲鳴をあげている。留めておくなんて出来ない。
「私、見たのですよ。カウペルス邸の庭園で、抱き合っていらっしゃるお二人を」
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