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五十三話 チェックメイト


 フェリシアとアルベルトが互いに驚いて言葉なく見つめ合っていると、アルベルトの背後から女性が現れた。


「お待ちになってアルベルト様。私、このような場所は初めてで……」


 アルベルトの腕に手を掛けたその人は、サラサラした黒髪を靡かせたガートルードだった。


「——!」

「……あら?」


 息を詰めたフェリシアに、今初めて気づいたふりをして、ガートルードは微笑んだ。


 ガートルードがここにアルベルトと共に——ついでにニコルも——訪れたのはもちろん偶然ではない。駒から届いた手紙を見て抱いた多大なる好奇心に押され、二人の関係にトドメを刺そうと思いついたからだった。


 昨日、例の如くニヤつく侍女の手から手紙を奪って追い出して、すぐさま目を通したガートルードは怪しい夜会への誘いである蝶の招待状との記載に叫んだ。


「うっそでしょ⁈ あの変態とふわふわ小鳥姫が繋がりあるってどういう事⁈ 百歩譲って良家の女同士顔を合わせる機会はあったとして、原作でぼかした表現されててもそうと分かるあの乱倫パーティーに招待されるって……何事⁈」


 あの変態とは、表では誰からも憧れられる淑女の顔をしていながら、裏では夜毎淫らな夜会を開いて若い男を喰い漁っているノッテンドルフ公爵夫人のことだ。

ゲーム内ではその怪しさ満天の設定から攻略アイテムの媚薬を売ってくれるキャラクターである。


「乱倫乱交寝取り寝取られ男も女もなんでもござれの変態……しかもその痴態を超・年の差の旦那も公認してるっていう無駄に設定の濃いキャラ。噂では、あのヤバい夜会に主人公が参加するシナリオあったらしいけど流石にストップ入って設定だけ残ったって言われてる……あれに誘われるほど深い関係なの?」


 碌に出歩きもしないフェリシアと淫らな夫人との関わりに首を捻りながら手紙をよく読むと、夫人の裏の顔をどうも二人は認識していないようだった。

 

 ロドニーは原作のキャラ設定通り真面目なのだとよく分かる。何があっても無くても事細かにフェリシアの様子を記して送ってくるのだから。

 そのため彼が知り得る範囲ではあるが、フェリシアがどの様に考え行動するのか接触出来ずとも分かるので重宝していた。

 ロドニーを引き込んだのは正解だったと、ガートルードはあの日の判断を自賛する。手紙のやり取りの頻度が想定よりも少々高いのが煩わしくはあるが。


「……なるほど? どうも今までは表の付き合いだけだったようね。この夜会でついに毒牙にかけるってところ? 本当いい趣味してるじゃない……」


 ふむ、とガートルードは長椅子に寄り掛かり、手紙を眺めて考える。


「こぉんないかがわしい夜会に出入りしてるなんて知ったら、あっちが言い出さなくたってこっちから婚約破棄を言い出す可能性のある案件よね……。そこまで行かずとも不信MAX。破局一直線よ。フェリシアだってそのつもりなんでしょうから、どうにかしてアルベルト様にお教えしたい。出来るなら本人の目で確認させたい……」


 ガートルードは爪を噛む。


「クソッ、でも接点が無い……どうせアルベルト様の攻略アイテムなんてないと思ったからスルーしたけど、夫人とあの庭園で出会えてたとしたら、もしかして夜会にも誘われたかも……ああ、しくじったぁ! 探しとくんだったぁ! 勝手に自滅してくれそうだから放っといても良いんだけど……実際あの夜会が開かれてると知った今、行けないって分かったら俄然行きたくなってきた! フェリシア関係なく行きたい! シナリオ一本おじゃんになるってどんだけ淫らな会なのか見たい! 見たい見たい行きたい見たい!」


 長椅子に身を投げ出してガートルードがバタバタと暴れていると、急にじとっとした視線を感じた。

 ハッとして視線の出所を探すと、細く開いた扉の隙間から、兄ニコルがどこか憐憫のこもった訝しむ眼差しを投げかけていた。


「……お兄様、勝手に乙女の部屋を覗かないでいただけます?」

「……何してるんだ一人で。外までギャーギャー聞こえてたぞ」

「女の子には脳内で収めておけずに外に漏れちゃう心の声もあるんです! 聞き耳立てないで! 最低!」

「立ててないよ、勝手に飛び込んできたんだよ」


 いいから向こうへ行って、と扉を閉めようと近づいたガートルードは、じとっとした視線を向け続けるニコルの手に、デフォルトのように握られている手紙の束を見て逆に扉を開けた。


「……お兄様」

「なんだ?」


 ガートルードの視線はニコルの手の中にある手紙の一つに注がれている。その差出人欄にはエドナと名前だけが記されていた。

 普段なら兄の交友関係などどうでもいいが、その名の女性だけは違う。変態ことノッテンドルフ公爵夫人の名だからだ。


「公爵夫人とお知り合いだったの?」

「ん? よくわかったな。最近お近付きにね。美術品や絵画に造詣が深い方で、カウペルス邸でお会いして以降交流させていただいてるんだ。色々な方面で」


「あの庭園で夫人に出会ったのね⁈」


 一応妹の手前曖昧な言い回しをしてみせているが、兄はつまりそういう交流をしているのだとガートルードは直感した。

たった三日でよくそこまで、と軽蔑しながらも光明を見出す。そうであるならば、きっとニコルがいま手にしている手紙の中身は——。


「アッハハハハハハハハハハッ!」


 ガートルードは青紫の瞳を見開いて高らかに笑った。


「お兄様! あなたって本当に最高!」


 急に笑い出した妹にギョッとして声をなくしたニコルににっこりと笑いかけ、ガートルードは人差し指を立てるとそれを迷わず自身の口の中へグッと突っ込んだ。


「——ぉぐっ、うぉぇえっ! ぉえっ!」


「本当に何してんだお前は⁈」


 突然の奇行に慄いたニコルは手紙を放り出し慌ててガートルードの手を掴んで口の中から引っこ抜くと、ゲホゲホと咳き込む妹の背をさすった。

 

 兄の手から取り落とされた手紙は床に散らばり、封の空いていたいくつかの中身も同様に散らばった。


 その中の一つ、蝶を象った模様の付いた招待状が封筒から覗いているのを見て、ほらね、とガートルードはニヤリと笑うと涙目でニコルを見上げた。


「おにぃさま。ね、私のお願い……聞いてくださいますよね?」

 

 *

 

「……どうしてここに?」


 まばたきすら忘れて瞠目するアルベルトと、呼吸をも止めて固まっているフェリシアを見て、ガートルードは仮面の下でにんまりと笑った。

 そして口の中で小さく呟く。


「さよならフェリシア。モブ(あんた)の物語はここでおしまい。ここから先は主人公わたしの物語よ」

女子力の欠片もない泣き方。


お読みいただきありがとうございます。




この回の副題ダサくてもう見るたびずっと笑っちゃうんだけどずっと暗いから丁度いい

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