五十話 私、悪女になりますの
フェリシアがロドニーに見せたのは友人から届いた手紙だった。
その中に入っていたのは夜会への招待状。
招待されること自体は別におかしな事ではない。許可が中々降りないので参加しないだけで、少ない交友ながら招待を受ける事もままある。
ただ、今回は招待状に描かれていた蝶のマークが問題だった。
招待状の前面、エンボス加工され大きく浮き上がる蝶を象った模様。
それはまことしやかに噂されるいかがわしい夜会への招待である事を示していた。
とある運河の畔、所有者不明の豪邸。
そこで不定期に秘密裏に、謎に包まれた主催者によって開催されていると聞く仮面舞踏会。
そこはただの社交の場ではなく、非常に乱れた交流がなされている場なのだという。
ただの噂と思われたその会が実際にあるらしい事、そしてその招待を数少ない友人から受けているフェリシアにロドニーは驚きを隠せなかった。
「ありがとう、お父様に一緒に掛け合ってくれて」
「……こちらから先方にお願いしておいて伺わないっていうのは失礼だろうからね。元々それを盾にして許可を貰おうと考えてたんでしょ?」
夜会への参加の許可を得て、父の部屋を後にしたフェリシアとロドニーは廊下を歩く。
「そういうつもりじゃなかったけど……。昨日ご相談の手紙をお送りしたらノッテンドルフ公爵夫人がお気遣いくださって、夫人のお名前でこの招待状を」
フェリシアが淫らな噂の絶えない会に招待を受けた事も驚きだと言うのに、招いたのが淑女の中の淑女だというからさらに驚愕する。
主催ではないのかもしれないが、少なくとも関係はあるのだろう事がロドニーは信じられない。
「相談って……何をお伺いしたらその招待状が届くの?」
「アルベルト様の事。忘れたいって、どうすればいいかってお伺いしたの。色々な事をご存知で惜しみなく教えてくださる方だから、この悩みにも何か解決策を教えていただけるのではないかと期待して。そうしたら、外に目を向けなさいとご返信を頂けたの。多くの方に触れて色々と知れば考えも変わるだろうからと、二日後のこの夜会へご招待くださったの」
純粋に公爵夫人の気遣いに感謝している素振りを見せるフェリシアは、きっと夜会に纏わる噂を知らないのだろうとロドニーは思う。
そんないかがわしい噂を小耳に挟ませる場へ、フェリシアの父は連れ出さないのだから当たり前なのだが。
「……ねぇ、本当に行くの? その会。どんな場所かちゃんと知ってる?」
不安でいっぱいの表情を隠さず訊いたロドニーに、フェリシアは揺るがぬ決意の目を向けた。
「ええ、行くわ。夫人には、男女が何のしがらみもなく全てを忘れて自由に交流を重ねられる場だとお聞きしたの。今の私には最適の会だと思わない?」
怪しい噂を知っている身でフェリシアの説明を聞くと、フレーズの一つ一つが淫靡に響き出すのでロドニーは苦い顔をする。
「アルベルト卿以外に目を向けるって事なら何もそういった会でなくても……。もっと、他に……た、例えば身近な……人にいない、かな……」
ロドニーの声は最後の方は消え入る様な音量になった。先程フェリシアが部屋にやって来た時は、てっきり恋人になって欲しいとでも言われると期待してしまったので思い出すと恥ずかしい。
気持ちが逸ってしまわなくて良かったとロドニーは顔を赤くする。
「身近って言われても、私本当に交流がなくて……ロドニーも知っているでしょ?」
「あ……あ、うん。知ってるんだけど、その少ない中にさ……」
「それに夜会に行くのはアルベルト様にわかりやすくアピールしたいからでもあるの。あなたの婚約者は夜な夜な社交と称して、他の殿方と逢瀬を重ねていますのよって。そうやって繰り返していれば、アルベルト様にも周り——お父様——にも私が心変わりしたと思われるし、私の方だっていつしか本当に別の方を好きになって、アルベルト様を忘れられるかもしれないじゃない」
フェリシアはそう言って階下へ続く階段の手前で立ち止まった。ロドニーも階段を降りかけて立ち止まり、少し追い越してしまったフェリシアを振り返る。
自身を見やるロドニーの視線を受けたフェリシアは、一度足元に目を向けた。
「初めに振られようとして相談した時、ロドニーは言ってくれたわよね? 一番早い方法があるって」
「……えっ……と?」
「振ってもらえるほど嫌われようと色々頑張ったけど、どれもダメだった。だから一番早くて、最も効果的な最終手段に移ろうと思うの。その上で私からアルベルト様に婚約解消を……ううん、破棄ね。婚約破棄を切り出すわ。ここまで最低な自分になれば、もう下手な夢も二度と見ない」
フェリシアは顔をあげ、良からぬ予感に表情を強張らせたロドニーを見つめ返し、言い放った。
「ロドニー。私、不貞をはたらきます」
お読みいただきありがとうございます!
毎回読んでくださっている方がいらしたら申し訳ないのですがちょっとまた不定期になります。
一場面なので一気に書いておこうかなと。




