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五話 フェリシア、より強く決意す

 次の日、フェリシアは早速婚約を解消してもらおうと父の下へやって来ていた。父のいる書斎の前でノックをする手を止めて深呼吸する、をもう何度も繰り返している。

 これでいいんだ、これが正しい、アルベルトの為だ、という気持ちと、婚約者の意味を知ってからずっと抱いてきたアルベルトとの結婚への憧れが綯い交ぜになって、胸中は複雑の極致だった。


「これでいいのよ、フェリシア。これでいいの。これがアルベルト様の為に私が出来る事だから」


 フェリシアは自分にそう言い聞かせてから、意を決して書斎の扉を叩いた。


「お父様、お話が」

「どうした? 入りなさい」


 フェリシアが書斎に入ると、父は文机に向かって何か書き物をしていた手を止めて、立ち上がるとフェリシアの方へやって来た。

 数年前にようやく終結を見た隣国との長い戦争で、一番戦火の激しかった時代に勇猛な騎士として名高かった父は、がっしりとした体格で未だ衰えておらず威圧感のある厳めしい顔つきをしている。知らぬ人が対峙すればその圧に萎縮する事もあるだろうが、フェリシアにとっては大らかで優しい父だった。


「どうしたフェリシア、何の話だ?」

「あ、あの……その……」


 ただそうは言っても、今までわがままを言う事はあれど父の決定に逆らった事が無かった。その必要もなかったからに過ぎないだけだが、初めて父が決めた事に異を唱えるのは流石に緊張した。


「あ、アルベルト様の事で……」

「アルベルト? 彼がどうした?」

「あ、あの……」

「……何かあったのか。何か良からぬ事をされた……か」


 言い淀むフェリシアに、娘を大事に大事に守ってきた父はその身を案じて鋭い視線を向けた。咎められている訳ではないと分かっていても、その鋭さにフェリシアは怯えると同時に婚約解消を持ち出したらどうなるかを想像して言葉を継げなくなる。


「どうしたフェリシア、言いなさい」

「えっと……」

「言えない何かがあるのか。ならばアルベルトに直接聞こう。伝令を出す、待っていなさい」

「ち、違うのお父様! アルベルト様は何も! あの、だからね……」


 口籠っただけでここまで厳しい顔をする父に婚約を解消したいだなどと言えば、あらぬ誤解を招きアルベルトに迷惑をかけると慌てたフェリシアは、本来の用件を言い出せずに適当な話題を探した。


「も、もうすぐ婚約式だなぁって思って……」

「……そうだな」

 父は幾らか表情を和らげたので、フェリシアはホッとする。


「婚約式が済めば、お前もカーライル家に正式に迎えられてここを出て行く。寂しくなるな」


 グランリッター王国では正式に婚約を交わした時から女性側が婚家へと移り、結婚式や新居の準備をしながら家のしきたりや土地の決まりなどを学んでいく。その為フェリシアも婚約式を兼ねた誕生パーティーが終われば、この地を出てカーライル家へと移る予定だった。


「……ロドニーが居てくれます」

「お前の代わりにはならないよ。だがあれには教えなくてはいけない事が沢山あるから、忙しくて寂しいと思う暇は無くなりそうだ」


 ハハッと父は笑った。フェリシアも合わせて微笑むと、父は分厚い手で娘の頭を撫でた。


「結婚するのが嫌なのか? アルベルトが気に入らないか?」

「嫌だなんてそんな! アルベルト様はとても優しい良い方です!」


 急に核心を突く事を問うた父に思わずフェリシアは本音を叫んでしまった。本心では婚約も結婚もしたいのだ。


「そうか、急にアルベルトの件で話があると言うからそういう事かと思ったが……違うならいい。お前達の気が合って良かった。私とアンソニーの口約束の婚約に不満があるのではと気にしていたから」

「不満なんて……」


 フェリシアの父とアルベルトの父は激しい戦争の最中を共に戦い抜いた戦友で、戦地に赴いた際無事に帰れたらいつか生まれるお互いの子どもを結婚させようと約束した仲だった。

 戦地から戻り暫くしてカーライル家にはアルベルトが産まれたが、母が身体が弱かった事もありレイフォード家は長らく子どもを授からず、遅れる事8年後に待望の娘フェリシアが産まれたのだった。そして父達は戦場での約束を果たそうと2人を婚約させた。


「アルベルトが騎士見習いだった頃にこの館で面倒を見た事もあったからよく分かる。あれは腕も覚えも良く真面目で、目つきは悪いが良い男だ。大切なお前を任せるに相応しい。きっと守ってくれる。幸せになりなさい」


 そう言って父はフェリシアを抱きしめた。

「お父様……」


 フェリシアは父の想いと自分の想い、そして知ってしまったアルベルトの想いに挟まれて何も言えずに父を抱きしめ返すしかなかった。


 父の書斎を出てフェリシアは廊下を歩きながら考える。


「……婚約解消して欲しいなんてお願い出来ない。アルベルト様が責められるかもしれないし、何より私の口から別れたいなんて言えない……言いたくない」


 咄嗟に父に返答してしまった様に、アルベルトの心に別の誰かがいると思っていても、本心ではまだアルベルトとの結婚を望む自分がいると確認してしまったフェリシアは、自分から婚約解消を言い出す気持ちを持てなくなってしまった。


「でも……このままじゃいけない。お父様が私を愛してくれて幸せを望んでくれるように、私もアルベルト様の事が好きだから幸せになって頂きたい。私が隣にいて幸せにして差し上げられたら……良かったけど……きっと違うもの。このまま式を迎えてはいけないわ」


 自分の描く幸せとアルベルトの描く幸せは違うのだと思って、また泣きそうになりながらフェリシアは考える。そして思い至った。


「……そうだわ。婚約式を迎える前にアルベルト様の方から私との婚約を解消して頂けば良いのだわ。何か……そうね、私自身に結婚を敬遠される程の重大な理由を作って……そうすればこちらに非がある事でお父様もアルベルト様に強く詰め寄る事もないかもしれないわ」


 そうよ、とフェリシアは閃きに自信を持って明るい顔をして大きな声で言った。


「私、アルベルト様に振られるように努力するわ!」

お読みいただきありがとうございます。

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