四十八話 揺らぐ
その光景が理解出来なくて、アルベルトは無意識に記憶を辿っていた。
辿ってたどって、幼い頃の二人を思い出す。
二つ違いで兄妹の様に仲が良く、いつも一緒に遊んでいたあの頃の姿だ。
二人でいるのは珍しい事ではない。邸内でも、外でも。
並んでいる姿はいつも見て来た。だからこれは普通の事だ。
記憶と重ねてそう納得しかかった時、ガートルードが言葉を続けた。
「ああ、やはりそうですわね。フェリシア嬢とロドニー卿ですわ。奇遇ですね、こんな所でお会いするだなんて。それにしても……仲のおよろしいこと。本当のご兄妹みたい」
噴水から伸びる水路を挟んだ向こう側、淡い色調の花に彩られた庭で生垣の間から覗く白金のふわふわの髪。
顔は見えずとも間違わない、フェリシアだ。
そしてその髪を撫で、肩口に凭れかかっている彼女を抱き寄せているのはブルネットの髪をしたロドニーだ。
二人が一緒にいるのは何も不思議ではない。兄妹の様なものだから。
そういう認識でいたから、つい最近だって今と同じ光景を見た気がするが特段気にかかる事もなかった。
フェリシアが泣きだすと固まってしまう自分に代わり、彼女を慰めるのはロドニーの役目だったから、あの様に寄り添う二人はよく見たはずだった。
けれど、何か、今日は違う。
「もっとも私と兄は本当の兄妹ですけれどあんな事は致しませんけどね。こんなロマンチックな庭園で人目も憚らず抱き合うだなんて。本当に仲が良い。初めてお会いした時にも思いましたけど、まるで恋人のよう」
滲み出した違和感がガートルードの言葉で形を持った。
白い花を咲かせた生垣の向こうで寄り添う二人は、兄妹ではなくひと時の逢瀬を味わう恋人にアルベルトにも確かに見えるのだ。
ドクンと心臓が鳴って、身体が急に強張る。
あの二人を一括りにして称するのに、今まで思いつく事がなかった言葉の響きに緊張を覚える。
そんな筈はない、そんな風に見えた事も思った事もなかった。兄妹でしかなかった。
けれど今、目に映る二人の姿は恋人と称するに相応しい。
ふと思い出す。
二人が自宅にこっそりとやって来たあの日、カミルはなんと叫んでいたか。
少なくともカミルにはあの二人がそういった関係に見えたのだ。
ガートルードとてそうだ。
自分を追って訓練場の裏手へやってきて、そこで初めて会った二人を恋人だと思ったのだ。
そう見えていなかったのは自分だけなのかもしれないと、アルベルトは急に目眩を覚えた。
今まで見てきたフェリシアは、同じ気持ちであって欲しいと願う心が見せた幻だったのかもしれない。
見えなくなったと思っていたが、そうではなかったとしたら。
自分が見ていなかったものが見える様になっただけなのだとしたら。
今見えている抱き合う二人は紛れもなく現実だ。ならばフェリシアの見つめている先とは——。
まだ完全にフェリシアの思いを理解できたわけではない。ちぐはぐな行動と言動に今ある現実だけでは納得しがたい事もある。
考えるほど、思い出の中にいるこれまで見つめてきたフェリシアと、今目の前にいるフェリシアが重ならずに揺らいでいく。
わからない。
何が、何を、何と考えているのか、何もわからない。
けれど、あの雨の馬車の中フェリシアが呟いた言葉の向かう先だけは分かった気がした。
あの時彼女は、結婚したかった、と過去形で言ったのだ。
このまま冷たくなってしまうのではないかと思いあの時はゾッとしたのだが、今日において思い返せば意味合いが違ってくる。
結ばれたい相手とは結ばれない。
その思いからの言葉であったなら、相手が誰かはここに至ってはアルベルトにだって分かる。
併せて、ロドニーのあの挑む様な目だ。
彼が完全な味方でないとは知っていた。義父の目の代わりを担ってもいる謂わば監視役だ。だが決して敵対する関係ではなかったはずだった。
それなのにあんな目をして見せた。
あれもまた、何も見えていなかった証左かもしれない、とアルベルトは思う。
彼はあの時告げた通り、フェリシアの側にずっといるのだ。
アルベルトが知りえない時間のフェリシアを、彼は知っている。同じ時間を重ねている。
アルベルトよりも長く、そして途切れることなく。
自分には見えない、二人だけの時間の中にいるフェリシアこそが本当なのだとしたら、今ある光景にやはり何も疑義はないのだろう。
アルベルトはそこまで行き着いた思考を振り払うように対岸で抱き合う二人から目を逸らし、眼前を流れる川の如き水路へと移した。
風に吹かれて散った花弁が水に落ち、鮮やかも淡きも折り重なって運河に向かって流れていく。
それを無意に眺めるアルベルトの思考も、暗く重く悪い方へと、運河に向かった花弁と同様どんどんと流されていった。
黙ったまま顔色を変えたアルベルトの様子に、ガートルードは抑えきれずに口の端に笑みを浮かべた。
アルベルトは眉根を寄せてギョロついた鋭い目で流れゆく水を睨み、怒りか悔しさか、唇をぎゅっと結んでそれらを噛み殺している。
水路が無かったら対岸のロドニーに飛びかかって喉笛を喰いちぎるのではないかと思う程の表情だ。
「……怖いお顔。でもそれが良いの」
近づく事も躊躇われる獰猛な獣の様な表情から、想像出来ない程の優しい笑顔を愛する人には見せる。それが良いのだとガートルードはうっとりとアルベルトを見つめて思う。
あと少し。きっとあともう一押しでアルベルトに魔法が届く。
揺らげ。
ガートルードは色っぽい口許を歪めて、ふふっと笑った。
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