四十七話 魔法使いの策略
ちょろい、とガートルードは対岸にてロドニーに身体を預けるフェリシアの背を見て思った。
この程度ですぐに揺らぐのだから魔法をかけ直すまでもない、と。
フェリシアの異変をロドニーから知らされたあの日、ガートルードはアルベルトの心にもほんの少し綻びが起きていると感じとった。
フェリシアが想定とは違い中々婚約解消を言い出さないのでじりじりとしていたが、その過程の中でアルベルトが僅かながらフェリシアへ不信感を抱く事にはなっていたのだ。
元々占い師に扮し涙の魔法を使ってフェリシアに無理筋な作り話を信じ込ませ、婚約解消を迫ったのはアルベルトの心にダメージを与える為。
それが叶っているのだから、魔法も切れかかっている今フェリシアが行動を起こす前に、このまま一気に二人の心を引き離してやろうと立てたのが今日の計画だった。
閃いたあの日、その足でガートルードは兄の部屋に向かった。
「おっにぃっさまっ!」
「……なんだ。嫌に陽気だな」
客室でお茶を啜りながら、手紙を並べて返信を書いている兄にガートルードは上機嫌で声を掛けた。
「ね、最近アルベルト様のご様子が変じゃありません? 沈んでいる様な……」
「ああ、あれね。婚約者ちゃんと仲直り失敗したらしいよ。ずぶ濡れだったろこの前。大変だよね、女の子の気持ちがわからないってさ」
お前も別にわかってるわけじゃねぇだろ、と言いかかってガートルードは口を抑えた。
ニコルはカーライル邸に避難する原因になった、婚約者のいる子爵家のご令嬢へ手紙を書いている。
粉をかけて遊んでいた結果本気にさせてしまい、婚約破棄だ慰謝料だと大事になった為にほとぼりが冷めるまで自領を離れているのだが、まだ手紙をやり取りしているようだ。
これが彼女だけならまだしも、同時進行で何人も同じ様に口説き落として遊んでいるのだからつくづく最低な男である。
ガートルードは手紙を書く兄に冷ややかな視線を送る。
「……まぁ、だから元気がありませんのね。お可哀想。そうだわ何か気分転換出来るように、皆で外出でも……」
カーライル邸にフェリシアがやって来た日からアルベルトのガードが固い。外出はもちろん、邸内でもガートルードと二人になる事をどことなく避けている。
先日玄関前でワーワー騒いでいたフェリシアに義理立てているのだろうと思い、仕方なくニコルを介すつもりでガートルードはここへ来た。
しかしニコルはつれない。
「お前ね、あんまりアルベルトにくっついて回るんじゃないよ。その気がなくても人の恋路を邪魔する真似はするもんじゃない」
「どの口が——」
言いやがるこの野郎、と抑えた口から半分漏れ出たのでガートルードは慌てて自分の首を絞めた。
「うぐっ……げほっげほっ、うぇっ」
「……何してんだ一人で」
「……もぉ、ごちゃごちゃ煩いなぁ。黙って私の眼見て言うこと聞いてお兄様。アルベルト様を外に連れ出す約束して来てよ、今すぐに」
えずいた事で涙に濡れて赤紫に輝き出した瞳でニコルを睨み、ガートルードは今日のアルベルトとの外出に漕ぎ着けた。
そしてすぐさまロドニーへ指示を出し、アルベルトとフェリシアの両名をこのカウペルス邸の庭園へと誘い出したのだった。
全てはここで二人の仲に更なる楔を打ち込む為に。
「大丈夫か?」
「ええ。地面の溝に足を取られて……すみませんでした」
よろけたふりをして抱きつくというベタなやり方で、まずはフェリシアにアルベルトと抱き合う姿を見せつけたガートルードはにっこり微笑んだ。
魔法は何がしかがあって解けかかったようだが、対岸にいるフェリシアの態度を見る限り再び揺らがせてやる事に成功したとみえる。
「怪我がないなら良かった。それにしても……ニコルは何処に行ったんだ」
「さぁ……何処かしら。今日は私に付き合ってくださるってお話でしたのに。本当に仕方のない兄ですわ」
兄に対し不満げな態度を取って見せたガートルードだったが内心ではニコルを褒めていた。狙い通り二人きりにしてくれたのだから。
この庭園を選んだのには訳があった。
作中ここにニコルと来ると彼は主人公を置いて別行動を取る。それは一人になった主人公の前に、変態媚薬売りこと表の顔は淑女の中の淑女ノッテンドルフ公爵夫人が現れるというショップ解放イベントの為だが、そこは今回どうでも良い。
ロドニーのようにゲーム開始前でも作中同様の行動を取る者がいるなら兄だって……そう思った通り、彼は一通り邸内を共に見て回った後、気づけば消えていた。
そのおかげで、さも二人きりであるかの様にフェリシアに見せかける事が出来ている。
いざとなれば涙の魔法で追い払おうと思ってはいたが、ホイホイ泣ける質でもないので泣くにはそれなりに痛みや苦しみを味わわなくてはならない。
加えて多数の人がいる場で涙を見せては不測の事態に巻き込まれかねないので極力避けたい。
目論見通り泣かずに済んでラッキーだ、とガートルードはほくそ笑む。
「ニコル、あんたは本当に兄貴としては最高よ」
小さく呟いたガートルードは、さて、と一息ついて対岸のロドニーへ視線を送る。向こうが微かに頷き、寄りかかるフェリシアを抱きすくめるのが見えた。
フェリシアを揺さぶるのはもう十分だろう。今度はこっちだ。
ガートルードは庭の奥の方へ目をやるアルベルトをチラッと見上げてから、ゆっくりと口を開いた。
「……あら? あちらにいらっしゃるのって——」
さあ、揺らげアルベルト。
ガートルードは、にぃっと口角を持ち上げた。
お読みいただきありがとうございます。




