四十四話 ナイトからクイーンへ
まずい。
と、届いた手紙を読み終えてガートルードは口には出さず思った。それは少し前にお喋りな侍女が嫌にニヤニヤしながら持ってきた手紙だった。
「なに?」
これを受け取った時、ガートルードはイラつきを隠さず侍女に短くそう尋ねた。
カーライル邸に滞在するにあたり自宅から連れてきた年の近い侍女は、笑みを噛み殺そうとはしていたが、抑えられずに口の端からだだ漏らしながら答えた。
「いいえー。何も。ただこちらに伺ってからずっと何方かとお手紙をやり取りなさっているのでもしかして……と」
「……駒からのただの定例報告よ。あなたが想像するようなものじゃないわ」
えー、うふふ、と想像を膨らませて笑う侍女を冷たくあしらい下がらせて、ガートルードは手紙の封を雑に手で開けた。
送り主は駒ことロドニーである。
ロドニーを取り込んでから暫くは、ゲーム世界を実際に見て回れるとウキウキして街まで足を運び観光がてら手紙を受け取っていたが、それも最近では面倒になり侍女に行かせていた。
当初ロドニーとのやり取りは数回で終了すると思っていたが、もうかれこれ半月以上手紙を送り合っている。その為、船着場へ行って戻って来るだけなのにわざわざ着飾り馬車に乗ってお供を付けて……の毎日の繰り返しにうんざりしてしまったのだった。
「距離はあるけどポストに手紙確認に行くだけなんだからスウェットで良いでしょうが……逐一面倒くさい。こんなに長引くと想定してたら直接カーライル邸に送ってもらってたわよ」
予想外、とガートルードは手紙を取り出し空になった封筒をグシャッと握り潰した。
「それもこれもあのフェリシアが想像してたよりも強情だった事がいけないのよ! あんなふわふわヒヨヒヨしてるくせに、アルベルト様にいつまでもしがみついてるんだから忌々しい!」
ギリギリッと奥歯を噛み、ガートルードは叫んでしまいそうな怒りを抑えて毒づいた。
目論見通りならもうとっくにアルベルトとフェリシアを別れさせているはずだった。しかし現状、失敗こそしていないが順調とは言い難い。
「……キャラの把握も見通しも甘かったのは確かだけど、こんなに意志の強い女とは思わなかった。事実は二次創作よりも奇なりって? でも、もともとモブなフェリシアを深く知る機会なんてないし、主役のガートルードが接触出来る手段だって無いんだから、賭けの部分が多過ぎてもこれがベストよ。むしろ他に何が出来るの」
そう独りごちてからチッと舌打ちし、ガートルードはロドニーの手紙に目を通した。そして件のまずい、である。
ガートルードは前世の記憶を持っている。
今生きるこの世界を乙女ゲームとして楽しんでいた現代日本人としての記憶。
ひょんな事からうっかり死んで、幸か不幸かゲーム世界が現実となった、このなんちゃってヨーロッパなファンタジック世界へと転生したのだった。
記憶が戻ったのは四歳の時。ここが大好きだった乙女ゲーム【ガートルードの涙の魔法】の世界だと気付き、湧き上がったのは少しの驚きと戸惑いと多大なる歓喜だった。
何故なら目の前に愛して止まなかったキャラクター、赤髪のアルベルトが立っていたからだ。
本物だ。
大好きな彼が生きて動いて自分に話しかけてきた。
感動で卒倒しかかったが、そこでまた気づいてしまった。自分がゲームの主人公のガートルードである事に。
このゲームはアルベルトが婚約者と正式に婚約を交わすと知らされた所から始まる。
主人公は兄の親友であるアルベルトに幼少から恋をしていたが、婚約式の報せに自身の失恋を知り悲嘆に暮れ、ついには湖に身を投げる。
しかし一命を取り留め、そのおかげで手に入れた特殊な力を知らぬ内に発動させて、失恋の痛手の癒えぬまま新たな恋が始まって——といったストーリーが展開されていく。
だから、作中の主人公同様、いやそれ以上にアルベルトに恋焦がれていた転生者ガートルードは、自身が主人公である事に落胆とマグマ級の怒りを禁じ得なかった。
ガチ恋レベルで愛するアルベルトは非攻略キャラであり、ふわふわした見た目でニコニコしているだけの辛うじて名前はあれどセリフすらなく婚約式以降登場もしない婚約者フェリシアと、相思相愛の仲だからだ。
愛してやまない人が目の前にいるのに絶対に結ばれない。
自身の置かれた立場を把握した転生者ガートルードはけれど考えた。みすみす目の前でアルベルトを奪われてなるものかと。
幸い記憶が戻ったのはゲーム本編開始前。今ならまだ、二人は交際前の中学生カップルの様なじれったい関係を、婚約式までの十四年間もじもじと続けているだけで恋人としては何ら進展はしない。
ならば、まだ付け入る隙がある。
自分はこのゲームを隅まで遊び尽くした女であり主人公のガートルードであり、ここは乙女ゲーム【ガートルードの涙の魔法】の世界なのだから。
そう思っていたのだが、駒からの手紙には、しない筈の進展を見せそうなフェリシアの動きが書かれていた。ガートルードは手紙を睨んでこめかみを押さえた。
「……魔法が切れた? 持続力に関しては検証してなかったけど……こんな急に? 直前まで別れようと頑張ってたみたいなのに……何やってんだってツッコミそうになったくらい方向がおかしかったけどね。とにかく効力が切れたかどうかは置いとくとしても、まずい。原作には無い邪魔をした反動かしら……このまま二人がしないはずの気持ちの確かめ合いなんてしちゃったら、もう入り込める隙がない。考えなきゃ。愛し合ってるって確信を二人が得る前に」
ガートルードは手紙を握りしめ腕組みをして部屋をウロウロする。
「……でも私はフェリシアとは顔を合わせた程度の仲……接触する手立てがない。ロドニーの誘導にも惑わない……どうする……あ、兄貴か⁈」
ハッと思いついて、ガートルードは客室から飛び出し兄ニコルの部屋に向かう。主に女性との間に広く交流のあるニコルならば、フェリシアに辿り着く人脈を持っているかもしれないと思ったのだった。
「なるべくフェリシア自身から別れさせようと思ってたけど、この際強引でも何でも良いわ。むしろこっちの方がアルベルト様も傷つくと思うし。兄貴には悪いけど、ご自慢のご尊顔と女たらし術で無理やりにでもフェリシアをこましてもらってアルベルト様の心から……」
なかなか邪悪な手段に移ろうとしていたガートルードだったが、失念していた事を思い出して足を止めた。
「ダメだ! あの女、碌に社交もしないで引きこもってんだった! それじゃさすがの兄貴にも接点が作れない! どうする、どうすれば——」
廊下で立ち止まり悩んでいると、背後からドンッと誰かにぶつかられた。
「きゃあっ!」
「——すまない! 前を見てなかった……」
押されてつんのめったガートルードの腕を掴んで支えてくれたのはアルベルトだった。
「アルベルト様……」
「悪かった」
アルベルトは言葉少なに謝罪して、訓練場にでも向かうのかそのままフラッと行ってしまった。顔は相変わらず怖かった。
けれど寄せられた眉根に、ガートルードは何か思い悩んでいる様な色を敏感に感じ取った。
「何かいつもより……。そういえば、フェリシアって寝込んでたのよね? でも見舞いにも行ってない……アルベルト様の性格的に行くはずなのにどうして……会えない理由がある? それとも——会いたくない?」
そう呟いて閃いたとばかりに青紫の目を見開き、左端のほくろが色っぽい口許をにやぁっと歪めてガートルードは笑った。
「……まだ諦めるには早いわよ騎士様。私達の作戦は成功してる。揺らいでるのはフェリシアだけじゃない。新たな楔を打ち込むのなら、アルベルトにもね」
いつもお読みいただきありがとうございます!
ここまで毎日投稿を頑張ってみたのですが、俄に忙しくなり中々書き進められずに手元にある部分まで追いつかれてしまいました。
この先の展開を当初とは変えた箇所もあって、予定していた話の順番に迷いも生じております。
いるんか?これ、というのと、そうするとこいつの存在意義なんだ?みたいな。やばい。
多分明日からは不定期更新になってしまうと思うので、毎日お読み頂いていた方がいらっしゃいましたらお待たせすることになるので申し訳ないです。
けれどこの先も、もう既に不格好になる予感がしておりますが完結目指して頑張っていきますので、引き続きお読みいただけたら嬉しいです。
恥ずかしくて独り言が止まらない日もあるけど頑張ります!




