四話 フェリシア、決意す
「どう思う? ロドニー」
暖かいお茶を飲んで幾分か心も落ち着いたフェリシアは、占い師の言葉をやっとロドニーに伝える事が出来た。
「うーん……ちょっと良く分からない所が多々あるけど……その、君がこの先嫉妬に駆られておかしくなる事と、婚約破棄される事は未来予知ってことかな……」
ロドニーはお茶をサイドチェストに置いて腕を組んで考えている。
「そんな未来が来てしまうのかしら……」
「それは……占いだからあくまでそうなるかもって事でしかなくて、気にし過ぎるのは。それにアルベルト卿の事だって、僕には他に慕う人がいる様には見え、ない……ような気が、してなくもない、けど……」
ロドニーはフェリシアの顔色を窺う様に語尾を濁した。
「……何か思う事があるの?」
「いや、いやいや。そんな……」
「あるの……ね?」
碧色の瞳が潤むのを見て、気弱そうな顔をした中肉中背よりやや低めの身長で眼鏡をかけたロドニーは、困った風に口許をモゴモゴさせてから話し出した。
「いや、そんなに気にする事じゃないかなって思うんだけど……だって偶に2人で出掛けることもあったんだし。でも、その、なんて言うか……」
まごつき言い淀むロドニーを固唾を飲んでフェリシアは見つめ、続く言葉を待っている。その潤んだ眼差しに耐えきれなくなったのか、ロドニーが視線をあらぬ方に向けて言った。
「ま、前は……って随分昔だけど部屋に入ることもあったし、もう少し話す時間を持ってたかなぁって……最近は顔を見たらすぐに帰っちゃう事が多いような、気がするなぁ……って」
ロドニーが指摘したそれはフェリシアもさっき感じたばかりの事であり、占いを踏まえて思い返せば、ここ最近の彼はいつも窓から顔を覗かせて少し言葉を交わしたらすぐに帰ってしまっていた。
「貴方もそう思うの……」
「あくまで、そうかなぁってだけで、それが何ってわけじゃないんだけど……君もそう感じてたの?」
フェリシアはベッドに腰掛け、手にしていたカップの中で揺れている液体に目を落とす。
「あの占いを聞いてから、そう言えば……って。幼い時は良く一緒に遊んで下さったのに今は……。お忙しいのも知っているし、私も子供ではないから一緒に遊ぶなんて事もそうしないでしょうけど……でも、最近は本当にすぐに帰ってしまわれる。なんだかまるで……」
「定期的にこなす義務……みたいに?」
フェリシアが言えなかった言葉をロドニーが引き継いだ。今までそう思った事などなく、ほんの少しの時間でも会いに来てくれる彼の優しさが嬉しかったのに、あの占いの後では全てが婚約者である以上は仕方なく、一定の対応を義務としてこなしている様に感じられてしまっていた。
「……あの占いの通りなのかも知れない。私が婚約者と決められているから、仕方なく会いに来て下さっていたのかも……」
「フェリシア、あくまで占いだから……」
ロドニーが慰める様に言ったがフェリシアの頭の中に湧く疑念は止まらない。
「私一度も考えた事がなかったの、アルベルト様が私の事好きじゃないのかも知れないなんて……だって私は婚約者って聞いてからずっと、ずっとアルベルト様の事が好きだったから」
「……うん」
カップを握る手に力が入る。
「だからアルベルト様もそうだと勝手に思っていたわ。あのお優しさも私の事を想って下さるからなのだと……でも違うのかも知れない。本当は仕方なくなさっていた事で、お心には私でない別の誰かを想っているのかも……だとしたら」
自分の口で言葉にしてしまうと、もうその考えが真実だと思えて来てしまう。
「フェリシア……」
「きっとお辛かったですよね、心に決めた方がいらっしゃるのに別の人間を愛す様に強制されて……。私、ボーッとしているから自分の事ばかりで全然気付かなくて、今までずっとアルベルト様を傷付けていたんだわ」
確信に近くそう思い至って、フェリシアはボロボロッと涙を零した。膝に置いたカップに涙が一粒落ちて、湖面に波紋を描いた。
細い肩を震わせて泣くフェリシアにロドニーも声を掛けられず、静かにすすり泣く声だけが部屋に暫く響いていたが、少し落ち着いてきたのかフェリシアが涙声で言葉を発した。
「……ロドニー、私決めたわ……」
「な、なにを……?」
先程からずっと驚いた様な申し訳なさそうな複雑な顔をしていたロドニーが、涙を溢れさせながらそう言ったフェリシアを見た。
「私、アルベルト様との婚約を解消してもらう。あの方に自由になって頂きたいから。お心を知ってしまった今、何も知らなかった時の様に婚約し続けるなんて、まして結婚なんて出来ないわ。知らずに傷付けてきたせめてもの罪滅ぼしに、婚約は解消する。それにそうしないと、私が嫉妬に狂ってあの方が大切に想う人に酷い事をしてしまう未来が、本当に現実になってしまうかも知れないもの。自由になって望む方と幸せになって頂きたい。だって……私アルベルト様が好きだから。好きな人には幸せでいて欲しいもの」
とめどなく溢れる涙を一生懸命に拭いながら、そう決意を口にしたフェリシアを見つめて、ロドニーは誰にも聞き取れない声で小さく呟いた。
「……すごいや……本当だったんだ……」
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