三十五話 降る雨は冷たいけれど
雨は止まず、夕方に近づき更に気温も下がった事で肌寒さを超えて寒くなってきている。
フェリシアは急がせる馬車の中で、自身の濡れた身体を抱いた。
薄手のワンピースが貼りつくくらい濡れた腕と肩がひやりと冷たい。たった数分雨に打たれただけでこれほど冷たくなるのだから、昼頃から雨の中で待ち続けているアルベルトはどれだけ冷たくなっている事だろうか。
待ちぼうけを食わされて腹を立てて欲しかっただけで、ここまでするつもりはなかったとフェリシアは自分の行いを悔いた。
謝らなければ。早くアルベルトの下へ行かなければ。早く早く。
焦っても何も変わらないのに、馬車が走る間その思いがチリチリと胸の奥を焼き続けた。
御者も大分急いでくれたのだろう、雨雲に覆われていて分かりづらいが、劇場近くの街に差し掛かった時にはまだ陽は落ちていなかった。
窓から周囲を見渡してアルベルトを探していると、劇場にほど近い運河沿いの歩道脇で馬車が停まり、御者が車内のフェリシアへ外から声をかけた。
「フェリシア様、アルベルト様をお探しして参りますので、ここを離れお待たせする事をお許しください」
「着いたのね? 探しに行きます」
「そんな、濡れますので……どうかこちらでお待ちを——」
「構いません!」
フェリシアは制止する御者を振り切り馬車から飛び出すと、冷たい雨にしとどに濡れた街路を劇場に向かって走った。
古城を改装している劇場前は、自然に崩れたものか城壁は一部を除いて取り払われ、庭であったであろう部分は広場になっている。運河を往く舟の停留所も間近にあるので、フェリシアはここを待ち合わせ場所に指定した。
陽は落ちていないとはいえ、暗くなってきている上に雨が粒を大きくしてザーッと音を立てて降っている為、遠くまで見通せずアルベルトが見つからない。
「アルベルト様! どちらにおいでですか!」
雨の向こう側へ叫ぶ様に呼びかけるが返事はない。濡れて冷えた身体からはそう大きな声も出せず、すぐに雨音に掻き消される。
それでもフェリシアは何度もアルベルトの名を叫んだ。
「アルベルト様っ!」
広場を移動しながら名前を呼び続けていた時、雨の打ち付けるリズムを乱すバシャバシャという音が聞こえたかと思うと、フェリシアの腕が後ろから掴まれた。
「フェリシア!」
頭上から雨と共に降ってきた息を乱した声に振り向くと、安堵した様な顔をしたアルベルトがそこにいた。
「あ……アルベルト様……私……」
「良かった、無事で。とりあえず屋根の下まで行こう」
そう言うとアルベルトはフェリシアの腕を掴んだまま、肩を抱く様にして劇場のエントランスまで連れて行った。
フェリシアの濡れて冷えた身体が敏感になっているのか、掴まれている左の二の腕とアルベルトの身体に触れている右半身が感じ取る、自分のものでない体温が妙に意識されて熱いと感じる程だった。
その熱いくらいの温かさにアルベルトが凍えていなくて良かったと幾らか安心する。
同時にこんな時に不謹慎かもしれないが、先日抱き寄せられた時に感じた熱の記憶と重なった為、あの心音が左耳に聞こえてきた気がしてフェリシアは顔が熱くなった。
やっと雨を避けられる場所まで来ると、アルベルトはすぐさま上着を脱いで軽く雨粒を払いフェリシアの肩に掛けた。
「濡れていてすまないが無いよりは」
アルベルトがそう謝りながら笑いかける。約束を破って酷いことをしたのに、謝るのはこちらなのに、変わらない優しさにフェリシアは泣きたい気持ちになってくる。
「……ごめんなさい、私、約束を破って……」
「……いや。事故にでもあったかと心配していたから、無事とわかって良かった」
アルベルトはそれ以上理由を追求することは無かった。
フェリシアの服装からして外出着でないと気づいているだろうが、それについても何も尋ねない。
雨の中何時間も経ってから現れたフェリシアに、怒りを向ける事も責める事もせず気遣う言葉だけを口にする。
単純な優しさに収まらないアルベルトの優しすぎる振る舞いに居た堪れなくなって、フェリシアは込み上げて来たものを抑える事が出来ずにぽろっと涙を零した。
そんなフェリシアの頬を伝った雫が涙であるとわかったが、もとよりびしょ濡れだった為、アルベルトは幾分か冷静でいられた。
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