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二十二話 初めましてモブ令嬢

※一部タイプミスを修正しました

 艶やかでサラサラな先の方だけがくるっとカールした黒髪の美しい、フェリシアと同い年くらいの少女。

 整った顔立ちはキリッとした眉と鮮やかな青紫の瞳から意志の強そうな印象を受けるが、垂れ目気味な所が気怠そうでもありどことなく色気がある。

 赤く色付いた唇は綺麗な弓形を描いていて、口許の左端にある小さな黒子もまた色香を漂わす事に一役買っている。


 少女と呼ぶには相応しくない、アルベルトを追って現れたのはそんな妖艶さのある女性だった。


 まるで自分と正反対だ、とフェリシアはその女性の青紫の目を見ながら思った。

 そして、この人がきっとアルベルトが想いを寄せる女性なのだと。


「ガーダ来たのか。彼女は俺の婚約者のフェリシアと彼女の従兄弟のロドニーだ」


 その事を証明する様に、アルベルトが自身を呼称するのに「俺」と言った。フェリシアの前では決して使わないのに。そう思ってまた胸が苦しくなる。これを確認しに来た筈なのに、ここまで胸が痛む事も辛さも想定していなかった。


 ガーダと呼ばれた女性はアルベルトから紹介を受け、にっこりと微笑むとスカートの裾を広げてフェリシアに挨拶した。


「はじめましてフェリシア様。お噂はかねがね。私はガートルードと申します。フロッセル伯領の……今ではその伯爵が兄なんですけどね、その妹です。アルベルト様とは父の代から交流がありまして、幼い頃から良くして頂いてますの。今も兄と共にこちらに滞在させて頂いている最中でして」


 ガートルードは落ち着いた声でそう言うと、ね、とアルベルトを見た。そのアイコンタクトを取る2人の姿が親密に見えて、アルベルトの些細な表情も動作も一つ一つが気になってしまう。

 フェリシアは耐えられず2人から目を逸らした。その間にロドニーがフェリシアに代わって簡単に挨拶を済ませる。


「しかし……何をしていたんだこんな所で」

「あ、その……」


 アルベルトがまた先程と同じ質問をして、ロドニーもまた口籠った。彼女を確認に来たとは言えず、かと言ってわざわざカーライル領まで来る適当な理由も見つからないから当然だった。

 困っていると、ふふっとガートルードが笑った。


「いやですわ、アルベルト様ったら。婚約者のところへ伺うのに特別な理由が必要でして? 理由なんてアルベルト様に会いにいらした以外にありませんわ。それもきっと驚かせる為にお忍びで。ですわよね?」

 

 まるで助け舟を出す様に笑いかけられて、フェリシアはドキッとした。青紫の鮮やかさに、思考や心の内の醜い嫉妬まで覗かれている気がした。


「フェリシア……そうなのか?」


 アルベルトが驚いた様な目でフェリシアを見たので、他に言い訳も浮かばずフェリシアは黙ってコクンと頷いた。


「そうか……そうだったのか」


 するとアルベルトがまたいつもの様に優しく笑ったので、反射的に嬉しくなった反面、嘘を吐いた罪悪感とこれも仮面かもしれないと疑う気持ちでフェリシアの心は複雑だった。


「そうに決まってますわよ。そうだ、きっと昼食をご一緒なさいますよね? 私先に戻ってご来客があったことを伝えて参りますわ。せっかくですから準備が出来る間、皆様で散策でもしていらしたら?」


「あ、でしたら僕はカーライル侯にご挨拶をさせて頂きたいので一緒に館の方へ」


「ではご一緒にロドニー卿。アルベルト様、準備が出来ましたら呼びに参りますから敷地内にいて下さいね」


 そう言ってガーダはロドニーと連れ立って先にカーライル邸へと戻って行った。

 その勝手知ったる立ち振る舞いに、アルベルトとの距離の違いを見せつけられた気がしてフェリシアの胸はますます苦しくなった。


「兄と違って相変わらずしっかりしている」

 ガーダの消えた方角を見てアルベルトが苦笑して言った。この人の口から直接彼女の話を聞きたくないと思ってしまう。


「フェリシア、ああ言われたがどうする? 私は訓練終わりで着替えてもいないし、君もここまでの移動で疲れているだろう? 中で休憩した方が良かったら……」


 アルベルトは彼女と話す時には使った「俺」をやはりフェリシアには使わない。


 とても些細な事だし、単に騎士として父に師事していた身であるが故に、例え婚約者でもその息女である以上礼儀を欠かさないというだけかもしれない。

 そう思いもするが、やはりそこには恋人でも想い人でもないからだ、という理由が根底に横たわっている気がしてならない。


 遠い、と感じた。

 ガートルードとアルベルトの距離感を目にしてしまった今、これまで見ていたアルベルトが本当はとても遠い所にいたのだと思えて、涙が出そうになったフェリシアは頭を振った。


 それを答えと受け取ったのかアルベルトが微笑んだ。


「君が構わないなら、行こうか。こちらへ来るのも数年ぶりだろうし、もうすぐ移って来るのだから少し見ておくと良い。おいでフェリシア」


 断る言葉も発せず、差し出された手を躊躇しつつも取るしかなかったフェリシアは、促されるままアルベルトと共に訓練場を後にした。


 その場を去る際何か見送る儀式でもあるのか、いつの間にか建物外に出て来ていたり、場内から窓に張り付きこちらをジッと見ていたりした兵士達、更には異国の風貌をした可愛らしい顔立ちの少年までもが、皆一様に驚愕と表現するに相応しいほど目を見開いていたのが、フェリシアには印象的だった。


 アルベルトが去ると、フェリシアとのやり取りの一部始終を見ていた兵士達は、無くしていた声を漸く取り戻した。


「……おい、見たか、なんだよあの顔。初めて見たぞ」


「アルベルト様もあんな風に笑う事があるのか……」


『……浮かれてるどころじゃない、ふにゃふにゃだ。あれは人前で見せられないわけだ』


 ✳︎


 カーライル侯への挨拶を済ませたブルネットの髪に眼鏡の男と、黒髪に青紫の瞳をした女は屋敷の廊下を歩いていた。


「……聞いてなかったと思いますけど、今日の事」

「すみません。今朝思い立っての事だったので」


 ふぅん、と黒髪の女が無表情で言った。


「ふわふわした見た目の割に即日即決が多い事ね。意外と意志も強そうだし。もっと弱っちい女の子かと思ってたわ。未だに婚約解消してないんですもの、しぶとくって驚いちゃう」


 ブルネットの男は黙って足下を見ている。


「でも今日ここで会ったのは良い事だったかもしれないわね。あの表情見まして? 完全にアルベルト様の心を見失ってる。このままそう思い込ませれば、私達の目的は近いうちに達成されるわ」


「……そうですね」


「もっと良い顔なさい。何も悪い事してないわ。正式な婚約もまだ。明確な恋愛関係にある恋人でもないんだし、そうであっても心がすれ違って別の道を歩むなんてよくある事よ。今まで通りこのまま上手に誘導して下さいね。私達2人の望む未来の為に」


 妖艶な青紫を光らせて黒髪が楽しそうに笑った。ブルネットは俯いたままで返事はしなかった。

お読みいただきありがとうございます!

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