二十話 知りたいけど知りたくない
目との隙間が無くなるくらいキッと険しく眉を寄せて、鋭い目付きで睨みつける。いつもは笑うと可愛らしく覗く八重歯も、叱咤しているのか大きく開かれた口からは鋭利な牙の様に飛び出して見えた。
そして打ち込まれた剣を払い落としては相手を床に倒し、怒っているのか厳めしく顔を顰めている。
それはフェリシアが初めて見るアルベルトの笑顔以外の表情だった。
「……あんなお顔されるなんて知らなかった」
初めて見るアルベルトの姿に動揺してフェリシアは口許に手をやった。
心音が大きくなるのは怖いと正直少しだけ思ったせいもあるが、知らなかったことのショックが大きかったからだろう。
いつも、いつもいつもフェリシアには笑顔しか見せない。そんなわけないのだが、笑顔しか持たない人なのではと思わせる程、アルベルトはフェリシアの前では常に笑顔だった。
その人が、訓練中とはいえ真剣で怒った様な顔をフェリシア以外には見せている。
「……やっぱりアルベルト様、いつも本当はご無理を……」
あのいつもの優しい笑顔がやはり仮面だったのではないか、との思いが頭を過った時、相手をしていた兵士が倒れて被っていた頭の防具が脱げた。
「——女の子?」
金色に所々黒い毛が斑に混ざった不思議な色合いの長めの髪を、後ろで一つに纏めた褐色の肌の兵士。
黄味の強い大きな瞳とそれを縁取る長い睫毛、ツンと尖った鼻に、不満ありげに尖らせたぷるっとした唇は薄いピンク色をしている。
可愛らしい顔立ちをしたその兵士は少女に見えた。
「まさか。随分可愛らしいけど、男の子じゃないかな?」
「……そ、そうよね」
とは言ったが一度少女に見えてしまうと、対応しているアルベルトの挙動が気になってしまう。
アルベルトは、またあのフェリシアには見せない怖い顔で何事かをその兵士に言うと、言い返されたのか更に顔を顰めて兵士の頭を掴み、それを払い除けようとした兵士と揉み合って戯れていた。そしてたまに、やっぱり見たことのない悪そうな笑みを浮かべる。
どれも見せてもらえた事のないアルベルトの姿だった。
急にズキッと痛みが走った気がしてフェリシアは胸を押さえた。
あの兵士は女顔だが恐らく少年だと、振る舞いや体型からフェリシアも既にはっきり分かっている。分かっているが、アルベルトが自分ではない少女に見える誰かに、フェリシアには決して向けない態度で接していることに胸がざわつく。
怒ったり笑ったり、時に怖いほど真剣な顔をして接するアルベルトが、それこそがごく自然な姿なのだと、不自然なほど笑顔しか見せない記憶の中のアルベルトを思い返すとそう思えてしまった。
やはりフェリシアへの今までの態度は無理をして貼り付けていたものだったのだ。
そう答えを得てしまって、胸をギュッと掴まれた様な痛みが走った。
「どうしたの? フェリシア?」
「……ロドニー、あなたの言った通りよ。私、分かってなかった」
胸が苦しい。
漠然としていたアルベルトの想い人の姿が、フェリシアには向けてもらえないものを享受する誰かの事なのだと、具体性を持ってしまった事で胸が締めつけられた。
「好きな方がいるってこういう事なんだって。私の知らないお顔を、私には向けて下さらない物をその方は受け取れるんだって、理解出来てなかった」
優しい笑顔だけではない、怖いとすら思う真剣な眼差しも、骨ばった手に肩を抱かれてあの大きな身体にギュッと抱き締められる事も、その誰かにはあるのだとはっきり気付いてしまった。
「……こんなに苦しくなると思ってなかった。嫉妬に狂うなんてそんな事あるわけないって何処かで思っていたの。だけど、好きな方がいるって知っていてもこんなに辛いんだから、知らずに婚約式を迎えていたらきっと占い通りの事が起こったと思うわ」
「……フェリシア」
「苦しい……。やっぱりその方が誰かなんて知りたくない。アルベルト様がその方に笑いかけるのを見たく——」
そう言いかけた時、丁度フェリシア達がこっそり覗く窓の、正面に位置する入り口に誰かが立った。遠くてシルエットしか確認出来ないが、風に靡いている長い髪とスカートから女性だと思われた。
その人物を認めたアルベルトが少年との戯れ合いを止め、片手を上げてその人へ向けて合図した。
するとアルベルトの下へその女性がやって来た。
「……だれ?」
現れたのは、長くて艶やかな黒髪を靡かせた青紫の瞳を持つ整った顔立ちをした、フェリシアと同い年くらいの少女だった。
少女はアルベルトの側にやってきて嬉しそうに話している。アルベルトも訓練時よりも幾分かにこやかに、そして時折怖い顔も交えて話していた。
フェリシアにはごく自然に見えるそのアルベルトの姿と、自分にも覚えのある少女の嬉しそうな顔に悟った。
彼女が、アルベルトの想い人なのだと。
お読みいただきありがとうございます!




