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二話 夢の中で見る夢ならばいっそ醒めないで欲しかった

 コンコン、と扉をノックする音でフェリシアは目覚めた。ベッドに横になっている内にいつの間にか眠ってしまっていた様だった。

 ベッドの側の窓から降り注ぐ春の日差しは穏やかで暖かく、心に吹き荒れる氷雪との著しい乖離にそれこそ夢の中にいる気分がした。


 夢なのだそうだ、昨日の占い師によればこの世界は。


 夢であるなら早く醒めてくれれば良いのに、とフェリシアは思わずにいられない。醒めてくれれば、昨日までと変わらない幸せな日々が続いていたのではないかと思う。

 でもそう思ってすぐに考え直す。

 いや、昨日までが夢で、醒めてしまった現実が今なのかも知れない、と。


 コンコン、とまたドアがノックされて、フェリシアは身を起こし漸く返事をした。すぐに扉が開けられて、柔和ではあるが頼りなさげな顔をしている従兄弟のロドニーが顔を出した。


「フェリシア、ごめんね、寝てたかな? 具合はどう?」

「ロドニー、ありがとう。もう平気何ともないの。いい陽気だったからウトウトしてしまって……」


 ブルネットの髪をした2つ年上のロドニーは従兄弟で父の弟の息子だ。

 嫡男のみが資産一切を継ぐ事を許される相続制度を取っている騎士の国グランリッター王国において、フェリシアは一人娘ではあるが子女であるのでレイフォード家を継ぐ事は原則出来ない。その為レイフォード家の資産諸々は親族男子に譲る事になり、継承についての規定と例外と事情の間で紆余曲折あった結果、その次期レイフォード家当主となる予定なのがこのロドニーだった。

 領地財産諸々を継ぐ事になるロドニーは、当主となるべく幼い頃からフェリシアの父より自治や経営などの手解きを受けていて、頻繁に屋敷にやって来ては勉学の合間に歳の近いフェリシアの遊び相手をしてくれた。フェリシアにとっては兄であり親友の様な存在だった。


「驚いたよ。昨日は占いの後、急に倒れたから……ごめんね、僕が連れて行ったせいで」

「驚かせてごめんなさい、でもロドニーのせいじゃないわ。ちょっと……ううん、とてもショックな結果だったから目眩がしちゃって……」


 あの占いの館を出た直後、外で待っていたロドニーの顔を見た瞬間にフェリシアは気を失ってしまった。受け止め難い事を言われて頭がパンクしてしまったのだった。

 この世界がどうこうと言うのは現実感がなさ過ぎて掴み切れていないが、自分がこの先見も知らぬ女性に酷い仕打ちをする悪人になる事、何よりもうすぐ結婚するのだと信じて疑わなかった人から婚約を破棄されるという事は、物凄い衝撃を伴って心の底にズドンと落ちて来た。

 

 確証の無い未来の話でただの占いだ、と捨て置けば良いのだろうが、鳥籠に閉じ込めて大事に大事に育てられて来たフェリシアは純粋無垢な故にそれが出来ない。良く当たる占い師との触れ込みに加え、その情報を齎らした者が他ならぬ信頼するロドニーだった為に、どんなに否定しても、占いの結果が正しいのだという方向にどんどんと思考が傾いてしまっていた。


「どんな占いだったの?」

 沈んだ様子のフェリシアに、ベッドサイドに腰掛けたロドニーが心配そうに尋ねた。


「私、酷い人間になるんですって。自分の願いが叶わないからって、他の誰かを……妬んで……手を。それで婚約を破棄されちゃうって……」

「婚約破棄……」

「そう……。それでね、アルベルト様には他に……他に……想い人が……」


 そこまで言って耐えられなくなって、フェリシアは大きな碧玉からポロポロと涙を溢した。ロドニーは慌ててハンカチを差し出す。


「ごめん、ショックな事だったのに聞いたりして。続きは落ち着いてから、もしも君が話したくなったらにしよう」

「ごめんねロドニー……」

「いいんだよ、お茶を淹れてもらおう。待ってて頼んでくるから」


 ロドニーはそう言って部屋を出て行った。

 一人になって、フェリシアは涙を拭いながら昨日の占いを思い出す。何よりもショックなのは占い師が言っていた、婚約者アルベルトがフェリシアの事を微塵も好きでは無いということ。そして心から愛する人が別にいるということだ。


「……そんなの嘘」

 そう口にしてみるが、純粋故に占いを信じてしまっている自分がいる。それに加えてアルベルトとの歳の差と、大人の余裕からか常に笑顔でいる彼が何を考えているか正直読めない時がある事も、占いの結果に信憑性を持たせてしまっていた。

 彼は、例えばフェリシア自身おかしいなと思う返答や失敗をしてしまっても、いつも笑って受け止めてくれるばかりで、ほんの少しもフェリシアを咎める真似をした事がなかった。常に優しく笑顔でフェリシアに接してくれる、穏やかな彼から向けられる物はとても嬉しかったが、あの占いを聞いてしまった今、それは自分の心を殺す為の仮面だったのではないかと思えて来てしまう。


「そんなこと……」

 一度落ち着いた涙がまた零れそうになって借りたハンカチで目を覆った時、コツコツと窓を叩く音がしてフェリシアはハッと顔をあげた。


「——アルベルト様!」

お読みいただきありがとうございます。

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