十二話 アルベルトの秘めたるは
初めて婚約者と聞かされていた彼女に会ったのは、アルベルトが八歳で彼女が生まれて間もない頃。レイフォード家に待望の子どもが誕生し、そのお祝いに駆け付けた時のことだった。
白いおくるみに包まれた生まれたばかりの赤ん坊は、性別などに関係なくただただ可愛かった。
もっと良く見たい、と覗き込んだ時、それまで大人しかった彼女が盛大に泣いた。
こんな小さな身体でこれほど大きな声が出るのかと驚いていると、周囲の大人達が笑いながらアルベルトに言った。
「可哀想に、フェリシアもびっくりしたんだな。髪の真っ赤なアルベルトが怖い顔して覗くから」
衝撃だった。
何故なら自分ではそんな顔して覗いた覚えが無く、なんなら微笑んでいたつもりだったから。
以降アルベルトは普通にしていただけで泣かれる程怖い顔なのだと自覚すると共に、赤ん坊は笑ったと思ったら5秒後には泣いている生き物だと知るまでは酷く落ち込んで、フェリシアを泣かせたトラウマを抱える事になった。
それから四年後、戦時中の怪我が癒えず足を悪くした父の代わりに、騎士見習い期間に入るアルベルトの預かりをレイフォード家で請け負ってもらえる事になり、あの時泣かせた幼い婚約者と再会する事となった。
トラウマが蘇って来たアルベルトは、泣かせたくない一心でその時までに必死に作り慣れない笑顔を練習した。そして、庭で一人遊ぶフェリシアに改めて出会った。
小鳥の囀りの様な声をして、まだ子供らしい舌足らずな発音で歌う小さなフェリシアに後ろから声をかけた。
ふわふわの癖毛を揺らして見上げる様に振り向いた色白の女の子。
純粋さの象徴の様な碧色の瞳が不思議そうにアルベルトを映していた。
なんと話しかけたかはもう忘れたし、たしかフェリシアもキョトンとして返事をしなかった気がしたが良く覚えている事がある。
今まで練習してきたどの時よりも自然に優しく笑えたこと。そして彼女も泣く事なくとても愛らしく笑ったこと。
以来、怖がらせる事の無いよう彼女の前では常に笑顔でいる程、幼く可愛い年下の婚約者の事をアルベルトは大切に思ってきた。
最初は妹の様に。そして彼女が段々幼女から少女へ、そして大人の顔をしだす頃には一人の女性として。
彼女の成長と共に抱いていた自身の気持ちも変遷していった。愛らしく世話を焼きたくなる小さな存在から、この手で守ろうと強く思う愛しい存在に。
だがそう思い始めた頃に、彼女を深く愛するもう一人の存在に釘を刺された。
「婚約者と言っても正式なものではない。フェリシアもまだ未成年だ。成人するまではお前の婚約者の前に私の娘だ。もしも、お前がフェリシアをお前の意思の下に自由にする事があったら、お前を八つ裂く」
八つ裂きにする、では無かった辺りに瞬時に切り刻まれる印象が強く植え付けられて背筋が冷えた思い出がある。
「成人を迎えるその日まではフェリシアに触れるな。破られたならば婚約の件は無かった事にする。いいな」
将来の義父の厳めしい迫力に圧された事とフェリシアをずっと大切に思っていた事から、アルベルトは今日まで愛する人にキスすることも抱きしめることもなく、手さえまともに握らず律儀なまでに約束を守り通して来た。
親に決められた婚約者ではあったが、それが真に心から愛し結婚するその日を待ち望むほど大切な人になっていたから、一時の衝動で婚約解消などされたくなかった。
ただ不安もあった。
鳥籠の中で育てられた様な人だから、アルベルトがフェリシアを想う様に彼女が自分を想ってくれているものか、逆らう事を知らずただ従っているだけなのか、いつもふわふわしている彼女からは読み切れない所があったからだ。
嫌ではないようだし嫌われてもいないとは思っていた中、先日はっきりとフェリシアの口から会いたかったと慕う気持ちを伝えられた事が、自分でも驚くくらいに嬉しかった。
その喜びに浮かれてうっかり衝動に負けてしまいそうになった自覚があった結果、自分を戒める為に行ったのが今朝の訓練だった。
「本当にお前は真面目だよ。びっくりするね」
「お前が不真面目過ぎるんだ」
着替えて客間に戻ってきたアルベルトはすぐさま本を手にして勉学に勤しんだ。その正面に座ってお茶を啜りながらニコルは暇そうにしている。
「もういいんじゃない? だってあと一月半だよ? もういいでしょ」
「良くない。あと一月半もある」
その一月半がアルベルトにとっては異常に長く感じられている。
「束の間かもしれないけど、戦争も一応は終結して平和になったんだから謳歌したら良いじゃない、今までしてこれなかった事してさ」
アルベルトは視線を本からニコルへ移して顔を顰めた。その一時の平和が訪れた事により、皮肉にもアルベルトの心は平静でいられなくなったのだ。
ずっと改行の正解がわからないの
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