最終話 夢の続きを永遠に
最後です!長くなってごめんなさい!
夏の第一の月中旬。
カランカラーンと鐘の音が鳴り響き、教会で結婚式が執り行われる。親族に見守られる中、神父の前に立った新郎新婦が誓いを立てている。
「この先どのような苦難が降りかかろうとも、愛し守り抜くことを誓います」
「いついかなる時も、心より愛を捧げ添い遂げることを誓います」
誓いを口にし終え、真っ白な婚礼衣装に負けないくらい白く抜ける肌をした新婦のベールを、長身で珍しい赤髪の新郎がゆっくりと持ち上げる。
不器用故かベールの刺繍が装身具や髪に時折引っかかり、その度にハラハラと、纏めた白金の髪に飾りつけられた花を舞わせた。
ようやくベールが全て捲られて、現れた長い睫毛に縁取られた碧色の瞳が、ステンドグラスから差し込む光で赤く見える鳶色の瞳を見つめる。
再度誓いをと促され、二人は少し照れたように微笑みあった。
「愛しているフェリシア」
「愛していますアルベルト様」
神父の祝福を受け、小さく囁き合った二人はゆっくり顔を近づけて、そっと口づけた。
急拵えの為、領主の息子の結婚式としても公爵家の娘の輿入れとしてもささやか過ぎる式を終え、二人が教会から出てきた。
集まっていた領民や友人が二人の為に道を作って花びらを撒きながら祝福を送り、小規模ながら広場でパーティーが開かれる。
皇子との婚約破棄騒動から数日。
事後処理も終わり無事元の関係に戻ったフェリシアとアルベルトは、婚約の諸々を飛ばして今日婚姻した。
ドレスは母の遺した物を手直しして使い、最低限の物だけ揃えての式である。
今日を迎えるまでに色々とあり過ぎた為に、また引き離されることのない内にと早急に婚姻を望む二人を止める者は無かった。
そのため大々的な披露宴や楽隊等も用意出来ず出席者も限られた簡素な式となったが、祝福される二人は何よりも幸せそうに微笑んでいる。
その祝いの場から少し離れた木陰で酒樽に腰掛け、それを眺めていたガートルードは突然背後から声をかけられた。
「行かないの? お祝いを言いに」
祝いの席を抜けて側にやって来たのはロドニーだった。
「……私の分も兄様が祝ってるんだから行かなくても十分でしょ」
ガートルードは不貞腐れたようにそう言ってアルベルトを祝うニコルを眺めた。
執拗にフェリシアに近寄り、その度に間に入って阻止するアルベルトへ、本来振り撒くはずの花びらを拾い集めては力一杯投げつけている。
「あれは……酔っていらっしゃる?」
「平常運転。親友の新妻だろうが隙あらば口説きにいくイカれた兄なの」
ロドニーは、それは命知らず、と呆れた声を出す。
「……君が身持ちの固いアルベルト卿を慕う理由がまた一つわかった気がする」
「ガートルードはそうかもね。私は違うけど」
いつぞや感じた今の自分とは別人であるようなガートルードの発言に、ロドニーは予言の数々を思い出す。
「……君は本当に予言者か何かなのかな。結局あれから君が言ってたとおりになったね。あの婚約破棄の直後に王女が誕生されて、今は帝国の第二皇子との婚約話が進んでる。第一皇子の件で国同士の関係が拗れかかったけど、そのおかげか王国側に有利な条件で講和も結べそうだって」
「……ふぅん」
ガートルードは興味無さそうに、フェリシアと共に挨拶して回るアルベルトを眺め続ける。
「第一皇子のサフィール殿下も、君の言ってた通り地位を剥奪されたって。あの婚約破棄の責任とこれまでの戦争の諸々を全部被らされたみたいで」
「……あいつ、なんで結婚式であんなことしたのかしら……これが予定調和ってやつ?」
「……さぁ、それは……でも、フェリシアから皇子の話しを聞いたんだ。冷酷で傲慢そうだけど、猫みたいに気まぐれでとても優しい人だったって。だから、式での発言が全てじゃないんだろうなとは思うよ」
「……真実の愛ルートならそういう評価も頷けるけど……」
サフィールの本編開始前の早すぎる変貌に、ガートルードは首を傾げる。
「残虐だ戦闘狂だって随分な噂があるから心配してたけど、フェリシアは良くしてもらえてたみたいで、サフィール皇子の地位剥奪と孤島に幽閉されることが決まったって聞いた時は泣いていたよ。とても心配して、自分の為にって……」
「……随分仲良くやってたみたいね。あの夜だって姫の居城を守る騎士みたいだったし。冷たくあしらわれて絶望してると思ってたのに」
「フェリシアは誰とでも上手くやれる子だから。だけど、凄いねあの皇子様。いや、元皇子様? 孤島への移送の最中、食事に使ったナイフ一本で警護の騎士四、五人を伸して失踪したとか」
「げろぉ……どんな戦闘能力よ……やだやだ野蛮なんだから」
ガートルードはしっしっと手を扇いで見せた。
「さすが、噂に聞くだけはあるよね。ただ、逃げたんだから追われる身になるんだろうね。帝国は皇帝の血筋を物凄く尊重してると聞くから、地位を剥奪したとはいえ野放しにはしないだろうし。だけど幽閉からは逃れたって伝えたら、フェリシアが漸く落ち着いてほんの少し嬉しそうにしてた」
「……なんで」
「詳しくは……でも、流浪の民に戻って、きっとヘタクソな歌を運ぶ風を探しに行かれたんだって、笑ってた」
「……ふぅん」
どうでもいいと言った風に生返事をして、ガートルードは独特な色のカミルの髪に花びらを飾るフェリシアを見やった。
「で、なに? そんな話をしに来たの? 求めてませんけど」
「……気になってるかなって思ったんだけど……全部、君が仕組んだことの結末だから」
「気にならないわ。私は失敗したんだから、アルベルト様に笑顔が戻れば他の結末なんてどうでもいい。だって全部知ってるもの」
王女が誕生し和睦が進むことも、サフィールが地位を剥奪されることも、幽閉先から脱走しそのまま旅に出て隠しキャラとしていずれ登場することも。
そしてアルベルトがフェリシアと結ばれ、自身がふられて涙に濡れる結末も。
「全部知ってた。何も変わらず予定どおり。だから余計なお節介よ元共犯者さん。話が済んだならもう戻られたらいかが? それとも、お前のしたことは意味のない愚行だと改めて責めたかったのかしら」
十分わかってるわ、と頬杖を突いて投げやりに言ったガートルードにロドニーは苦笑いする。
「……いや、本題は実はそこじゃなくてさ。フェリシアから伝言を預かったから」
「……伝言? 何? 謝れって?」
いや、と首を振って、ロドニーはガートルードへ微笑みかけた。
「ありがとうって。あの日、式の前夜に君がアルベルト卿を連れて来てくれたから今日があるって。だからありがとうって」
思いがけない言葉にガートルードは目を見開く。
「……ありがとう? あの子が私に? 何……どこまでいい子ちゃんでいる気なの? ここまで大変な目にあったのは全部……」
「さすがに皇子との婚姻のことはわかってないと思うけど、アルベルト卿との行き違いの数々は君のせいだってフェリシアも理解してるはず。それでもありがとう、って。あのすれ違った日々があったから、一緒にいられる今この時をとても大事に思えるんだって」
そう聞いたガートルードは、祝福を受けるフェリシアとアルベルトを見つめた。
「……フェリシアって本当に嫌な女ね。やるせなさをぶつける対象にもなってくれないんだから」
幸せそうな笑顔を満開にして寄り添う二人の姿は、憧れた理想そのものだ。
一度は壊したと思ったものが、変わらぬ姿で今再び目の前に戻った。
しかし今にも届きそうなのに、手に入らない夢であることもまた以前と同様変わらない。
美しく生まれ変わっても望むものは何も手に出来ず、変わらぬ醜さを再認識しただけだった。
けれど。
「……謝ってなんてやらない。どこまで行ってもあの子は私からしたら邪魔者で悪役よ。でも……アルベルト様を幸せにできるのはあの子だけだもの……だから元に戻せて良かった。アルベルト様にあの笑顔が戻って良かった。今この瞬間、あの人の最高に幸せな姿をこの目で生で見られたんだもの、それだけで私……」
報われたわ、とふられる結末に絶望の涙を流すはずだったガートルードは、幸せそうに笑い合う二人へ微笑みを向けながらぽろぽろと涙を零した。
*
窓から注がれる眩しい夏の日差しに揺り起こされて、フェリシアはベッドの上で目覚める。
光の差し込む窓の外には夏の煌めきと青い空が広がっていて、清々しさと開放感に満ちている。
こんな気持ちで夏を迎えられるとは夢のようだと思いながら、背中に感じる微かな寝息と暖かさに、けれど確かに現実なのだと幸せを噛み締める。
フェリシアは、自身を背後から抱きすくめたまま眠っているアルベルトを起こさないよう気をつけて、窓へ向けていた身体をそっとアルベルト側へ向けた。
春を迎える前までは、こうして共に眠る日が当たり前に来ると疑わずその日を夢に見ていた。
けれどいざ迎えた春の間は、そんな日は永遠に来ないのだと悲嘆に暮れ続けた。
そして春が終わり新しい季節を迎えた今、こうして夢に描いていたとおり、アルベルトの隣で目覚める朝を迎えている。
なんと奇跡的なことだろうと、寝顔を見ながらフェリシアは思う。
今日に至るまでに色々なことがありすぎて、やはり本当は全部夢なのではないかと思うくらいだ。
だけど今こうしてアルベルトは目の前にいて、熱いくらいの体温だって確かに感じている。
フェリシアはそっとアルベルトの顔に手を伸ばし、縦に大きく裂けた顔の傷痕をなぞってみた。
初めて見た時はショックで泣いてしまったが、アルベルトの一部になった今は凸凹した縫い目の跡すら愛おしい。
今日までに、別れに涙してこの傷を何度思い浮かべたことだろう。
別れなければと思い込んだ結果、些細なことに振り回されて嫉妬し疑心暗鬼に陥ったこの一月。
ただ一言こちらから伝えてみればいいだけだったのに、お互いの気持ちを確かめるのに随分遠回りしてしまった。
心はずっと重なっていたのを本当は知っていたのに。
でも、そうして何度も離れかけながら同じ気持ちなのだと確かめ合えたから、前よりも強く結びつけたのだ。
何処にいても、もう二度と会えないとわかっても。
ずっと互いを想い続けて、たくさんのものを乗り越えて、そして今またこうして共に生きていける。
フェリシアが感慨深く、すーっと傷痕をなぞっていると、傷の終わり、口の端が持ち上がっているのに気づいた。
顔をあげるとアルベルトはいつの間にか起きていて、日差しが差し込み赤く見える瞳でフェリシアをじっと見ていた。
「ご、めんなさい……起こしてしまって……」
「いや、少し前から起きていたよ。でも、まだこうしていたかったから寝たふりを」
そう言ってアルベルトは柔らかく微笑んだ。
幼い頃から変わらず向け続けてくれた優しい笑み。
これからはこの笑顔をくれるアルベルトの隣を、妻として歩いていける。
もう離れることはない。
長かった春の夢をようやく見終えたフェリシアは、アルベルトに微笑み返すと身体を寄せた。
「まだ訓練には早いですよね? もう少しこうしていても?」
「しばらく行かないよ。仕事も極力しない。散々君との時間を抑えて忙しくしてきたのはこの時の為だ。もう我慢はしない」
アルベルトはそう言ってフェリシアを抱きすくめると華奢な肩口にキスをした。
くすぐったくて身を捩ったフェリシアがクスクスと笑うと、アルベルトはさらに首筋に耳に瞼にと順にキスを落としていき、最後に唇を重ねて長いキスを交わした。
朝食にはまだ随分と早い、夏の煌めきが存在感を増すまでの一時。
二人は互いを抱きしめ合ったまま再び目を閉じる。
きっとこの後目覚めても、なお世界は夢の様に甘いだろう。
夢見たアルベルトと過ごす日々が待っていてくれるのだから。
フェリシアはそう思い、愛する人の腕に抱かれたまま降り注ぐ柔らかな陽射しに微睡む。
いつか来る、お互いともう一人か二人、並んで赤い実を摘むその日を新たに夢に見ながら。
おわり
お読みくださってありがとうございました。ついに完結まで辿り着くことができました。
これも全て、ご感想下さった方、ブックマークしてくださった方、評価してくださった方がいらっしゃったからです。
こんなに長くなってしまったのにお付き合いいただきまして誠にありがとうございました!
そして、うっかりページを開いちゃった方、一瞬ブックマーク汚してくださった方、一文字でも目に入れてくださった方もありがとうございました。
このお話はおしまいとなりますが、また別のお話でお目に留めていただける機会があれば嬉しいです!
今日までありがとうございました!
……この後、ゲーム本編が始まってしまった正ヒロインの後日譚も一応用意があったりしたのですが……結構嫌われて……
うっかり投稿することがあればこちらにお知らせさせていただきます。