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百二話 贖罪


「殺しただなんて……ペタルさんのことは……殿下のせいでは……」


 話しを聞き終えたフェリシアはそう言葉を絞り出した。

 サフィールがペタルを殺したと表現したのは、彼の死にそれだけ責任を感じ重く受け止めていたからだと理解する。


「俺のせいだ。間違いなくな」


「違います。殿下のせいじゃありません。殿下のせいじゃ……決して……」


「俺のせいだ。自分の立場を理解出来ていなかった。幼稚でくだらない嫉妬のせいでペタルは死んだんだ。俺が殺した」


「違います……殿下もペタルさんも巻き込まれてしまっただけです。殿下の置かれたお立場は非常に複雑で……まして慣れない異国で意思疎通もままならない……仕方のないことばかりです。だってまだ子どもだったじゃないですか……」


 不安が覆う世界の中で、あの二人と過ごす日々がどれだけ大切だったか。

 それを失ってしまった悲しみと自責の念が痛いほど伝わって来てフェリシアの目に涙が浮かぶ。


 泣き出しそうなフェリシアに気づいたのか、サフィールがそれをチラと横目で見た。


「……巻き込まれた……そうだな。当時俺の存在を知るものは皇宮に関わる者以外にない。あの日外出していることを知っていた者は更に限られる。そこへ刺客は現れた。誰かのシナリオでは俺はあの日あの場で死ぬように仕組まれていたんだな」


 薄く笑って、サフィールはまた摘み取った実へ目を落とした。


「俺はまだ何もわかっていない無力で愚かな子どもで、どうにも出来なかった。突如現れた黒衣の騎士共に襲撃された時も、ここに軟禁された時も、あの刺客に対峙した時だって何も。そうだ、どれも帝国内の誰かの思惑に巻き込まれた結果で、俺にはどうにも出来なかった。だがその全てはこの金の眼を持って生まれたが故に引き起こされたことだ」


 ここまで淡々と静かに語っていたサフィールの声音が次第に強くなっていく。


「俺のせいだ。俺の存在が何もかもを引き起こす全ての元凶だ。それなのにこの俺自身には決定権がない。次期皇帝として生かされるも、血を汚す異端として抹殺されるも誰かのシナリオの内だ。誰かに利用され誰かに管理され、何処でどう生きてどう死ぬのかも全て誰かに支配される! 自身のみならず周囲の者まで巻き込んでな!」


 金の瞳を煌々と燃やして、サフィールは強い怒りを滲ませた声で語り続ける。


「あの日の襲撃も、ペタルの死も、アイシャの涙も全部俺のせいだ。しかし誰かの思惑に支配されているこの身では、引き起こされる全てをただ見ているしかない! 無力なままでは何一つこの手で決められず守れもしない!」


 だから、とサフィールが睨むようにフェリシアを再び見据えた。


「だから俺は帝位が欲しい。もう誰にも自由にされない、全てを掌握できるだけの地位と権力を手に入れる。その為に腕を磨いて戦地に赴き戦功を重ねた。血統を振りかざすだけの無能と対立する、実力で這い上がってきた下級貴族を取り込み周りも固めた。加えてお前との婚姻で融和派の幾らかは取り込める。次期皇帝に相応しいのはこの俺だ」


 にぃっと裂けた口端を引き伸ばしてサフィールは笑ってみせた。


「生まれて間もない異母弟は、占領国から連れて来た農奴の娘を母に持つ俺と同等の卑しき身。異教徒の血よりはましと飛びついた者もいるがそれは一部だ。皇帝の体調も思わしくない現状で、日和見を続けていた臣下共はいよいよどちらにつくのだろうな。継承権は譲りはしない。必ず俺が次の皇帝になる。この国を支配し、いずれは大陸全土も手中に収めよう。仇なす者を一掃し全てをこの手で支配する。その日が来れば、そうなればもう誰も——」


「もう誰も、大切な人が巻き込まれることはない」



 引き継ぐような言葉で遮られてサフィールは口を閉ざした。

 黙って見つめる先では、フェリシアが瞳からぽろぽろと涙を零している。


「……だから、なのですね。帝位に拘っていらっしゃるのは……だから……」


 大切な人達との辛い別れの数々に己の存在を責め続けてきた。

 それでもここでしか生きることを許されないのなら二度と周囲を傷つけることのないように。


 サフィールはずっとそういった思いを秘めて強硬な姿勢をとり続けて来たのだと理解して、フェリシアの目からは次々と涙が溢れた。


「……違う。俺はただ誰かに支配され続けるのが嫌なだけだ。このままいいようにされたくはない。今まで受けた分の全てを奪った奴らから奪い返してやりたい、これは復讐だ」


 サフィールの言葉にフェリシアは首を振った。

 表面上は傲慢そうに振る舞っているがそんな人ではないとわかる。


 辛く苦しい孤独な境遇でたくさんの後悔を抱えて、愛していた人達への贖罪のように強くならねばと闘ってきた人なのだから。


「……よせ。泣くな。嫌でも思い出す」


 罪の意識を抱え続けてきたサフィールの気持ちを思って泣き声を漏らすフェリシアに、サフィールが低く呟くように言った。


「その声で泣くな……どうせ思い出すなら笑い声の方がいい。思い出したいのは煩いくらいに明るい……あの——」


 そう言われてフェリシアは慌てて涙を拭ったが溢れ出るものは治まらない。

 この声で泣いていては辛い過去を思い出させてしまう。

 泣き止まねばとぎゅっと目を閉じ口も噤むと、不意にサフィールのひやりとした指先が頬に触れて伝う涙を一粒掬った。

お読みいただきありがとうございます。

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