『樹上にて』
ぞわりと鳥肌が立ち、どっと汗がふく。
振り返ったまま言葉にならない口をパクパクさせて、オフェーリアは相手を見上げていた。
「俺と価値観が似た人間には初めて会った……いや、あんたヒトじゃねえな?」
2人が樹上でそんなやりとりをしている間にも、地上ではフォレストベアーの食事が進んでいる。
「ええ……っと、はい。
姿変えしてるけどエルフの端くれです」
「おお、エルフ!初めて見た!」
グイと顔を近づけてきた男に驚いて、思わず後退ったオフェーリアは木から足を踏み外しかけてしまう。
「!?」
それでも落ちないのは彼女が【浮遊】で浮いているからだ。
「なるほど、これが【魔法】か。
いいもの見せてもらったな。
じゃあ俺はお先に失礼するぜ」
それほど強く蹴ったわけでもないのに、男はいとも簡単に隣の木の枝に移っていた。
そして生身とは思えないような身のこなしで遠ざかっていく。
しばらくその姿を目で追っていたオフェーリアは、彼の接近を感知できなかったことを思い出して軽く落ち込む。
そしてその頃にはフォレストベアーの食事はほとんど終わっていたのであった。
森の木の上でオフェーリアが出会った男。
名はマティアスという。
凄腕の冒険者として名を馳せていて、このダンジョン都市には最近移ってきたところだった。
今日は請け負おうとしていた依頼の下見のつもりで森に来たのだが、しょっぱなから嫌な場面に行き当たってしまった。
……本来なら助けるべきなのだろう。
マティアスにはその力がある。
だが彼は過去に受けた理不尽な出来事ゆえ、この手の場合は一切手を出さないことに決めていた。
だがそれは人道的には如何なものか。
どこの町に行っても彼を悩ます、答えのない問題だった。