『雪室の蕪』
「……魔獣花か?」
一瞬の戸惑いののち、ツブネラアロンのもうひとつの名をあげた。
「こちらではそう呼ぶそうね」
「そうか、魔獣花…… それは中々大変だ」
「やっぱりそうなの?」
「ああ」
男が腕を組んで考え始めた。
「あれは北部山脈の極々限られた地に生えるものだ。少なくともこのあたりで見たと言う話は聞かないな」
「ええ、だからその地域を目指しているのよ。
本来なら時期遅れなんでしょうけど、この気候でしょ?
何とか間に合うと思うの」
「アレのある場所は厳しい地だと聞いている。
くれぐれも気をつけてくれ」
頃合いを見計らったように夕食が運ばれてきた。
本来なら春の野菜が並ぶ時期なのだが、今年はまだ収穫できていない。
よしんば収穫できる地域があったとしても運搬の手段がないのだ。
なので目の前の料理にも根菜や保存食が目立っていた。
蕪のスープとじゃがいもと干し肉の戻したものの煮物、ソーセージとザワークラウト、そしてパン。
男はそれにエールを加えて早くも飲み始めている。
「……やっぱり備蓄がきついの?」
こんなメニューはオフェーリアにとっては非常用の備蓄食に他ならない。
料理の美味さが持ち味の宿屋としては最も不本意なことだろう。
「うちはたまたま備蓄を増やしていたから問題ない。まあ確かに肉系は減ってきたが数日中には狩人が森に入る予定だからな」
どうやら最近は、昼間に限っては気温が上がってきているのだという。
冒険者ギルドにも食用の魔獣を討伐する依頼が増えているそうだ。
「この蕪のスープ、絶品ね。
特にこの蕪、今まで食べたことがないくらいまろやかだわ」
「多分雪室に保存しているからじゃないかな。
他の野菜もそうなんだ」
詳しく聞いてみると、裏庭の日陰になる場所に倉庫を作って、その地下に雪を敷き詰めその上に藁で野菜を包んで置き、またその上に雪を置くそうだ。
「へえ、そんな保存方法初めて聞いたわ」
いわゆる生活の知恵なのだが、万事を魔法で片付けてしまうオフェーリアたちには思いもよらないことだった。