『ジルの本家』
自ら乗り込んで行こうとするオフェーリアをようやく思い止まらせて、ジルは這々の体で屋敷に戻ってきた。
すぐに本家の方に顔を出し、未だ怒りの治まらないオフェーリアを宥めすかして、やっと腰を下ろしたのは夕食会の直前だった。
「ご、ごめんなさい、ジル……
顔色が悪いね。
少し休んだ方がいいんじゃない?」
沸騰し続けていた頭がスッと冷えていく。
この頃の人間の平均寿命は40代後半から50代前半で、すでにジルはその域に入りつつある。
さらに、これは今夜アーチボルトと話し合うのだが、ジルの患っている病のこともあった。
「もうすぐ夕食会が始まりますのよ。
……大丈夫です、少し疲れただけですわ」
「では昔のように、2人だけでゆっくり食べましょうよ。ね?」
ジルの眼前には、初めて出会ったときから寸分変わらない容貌の少女がいる。
最近とみに体力が落ちてきたことを自覚しているジルは、昔を思い出して小さく笑った。
「そうですね。
少しぐらいわがままを言ってもよいですわね」
「あとでアーチボルトだけは入れてあげます」
「まあっ、フェリア様ったら」
笑顔と冗談と昔話と。
ふたりともが、このような席を設けるのはこれが最後だと悟っているように、色々な昔話をして時間を費やした。
それはジルに疲れが見えてくるまで続き、頃合いを見計らってきたアーチボルトを見てお開きとなった。
「叔母上、これから先は私にフェリア様をお預け下さいますか?」
「気取った言い方をしなくて結構よ。
もう私は休ませていただくわ」
「ジル、昼のあの件は私から話しておく」
ジルが軽く会釈した。
「あのこと、とは何です?」
ジルのことを侍女に任せたオフェーリアが部屋を出て扉を閉めた瞬間、アーチボルトが聞いてきた。
「あのあと、ここに来るまでの間に由々しき事態が起きたのよ」
「何があったのでしょうか?」
「【デラメントル】が一般に小売りをしているようなの。
あそこは本家の分家筆頭に任せていたのではなくて?」
アーチボルトの、魔法族の血が濃く現れた美しい容貌が醜く歪む。