『最高学府』
乗り合い馬車の職員の男はオフェーリアに別れの挨拶をして馬に飛び乗った。
男はこれからビドーに入るために並んでいて、一時避難している旅人たちが身を寄せている村々を回る予定だ。
どしゃ降りの雨のなか、馬の腹を軽く蹴ると鼻息を荒くした馬が歩み始め、それが徐々に早くなる。
最後にもう一度後ろを振り返ると、今まであったゲルが消えていて、ただただ雨が降るだけだった。
「アグジェントはいるかしら」
【学研都市ビドー】の最高学府エジェントラ大学院。
その豪奢な作りのホールに突然現れたオフェーリアは、研究者の緑色のローブを着た男に声をかけた。
今しがたまで誰もいなかった空間に現れた若い女は、この大学院に所属するものなら誰でも知る高位の教授の名を呼んだ。それも呼び捨てで。
「あ、あなたは……」
「フェリア、と伝えてちょうだい」
そう言って下ろしたフードに隠されていた、先端が尖った長い耳を見て、男は今度こそ腰を抜かして座り込んでしまった。
「なぁに?エルフがそんなに珍しい?
アグジェントだってエルフでしょ?」
座り込んだままの男に合わせてしゃがんだオフェーリアに見つめられて、男の脳はショートしてしまったようだ。
魅入られたようにオフェーリアを見つめている男は口をポカンと開けてアホ面を晒している。
そうこうしているうちに駆けつけてきた警備員に取り囲まれたが、彼らもオフェーリアの容貌を見て固まっていた。
「エルフ……」
「エルフだ」
誰ともなく呟かれた言葉が広がっていく。
さもありなん、この最高学府だけでなくこのビドーの教育機関にとって“エルフ”は特別なのだ。




