『宿屋』
「お帰りなさい。
思ったよりも早かったですね」
宿の入り口を入ったところは食堂になっていて、夜は泊まり客でない者たちにも食事を提供している、一般的な宿屋だ。
「出かけられる時に夕食はいらないと伺ってましたが、もしまだならすぐに用意しますが?」
こちらも時差の関係でまだ宵の口で、食堂にも人は少ない。
まだ外は日が暮れきっていないのだ。
「ありがとう。
ちゃんと済ませてきましたから、もう部屋にいきますね。
それと、私は朝が遅いので朝食はいりませんので。
わがままばかり言ってごめんなさいね」
「いえ、こちらこそお役に立てずに。
もし御用が有ればいつでも言って下さい」
フードに半ば隠された顔に笑みを浮かべ、オフェーリアは階段を上がって自分にあてがわれた3階の部屋に向かった。
その姿を見えなくなるまで見送って、女将は造っていた顔を緩め、熱い吐息を吐いた。
「……お姫様」
そう、彼女は女将が幼い時の憧れの存在だった。
その頃まだ宿の手伝いもろくにできないほど幼かったが、あの“エルフ”の少女の思い出は今も色褪せることなく、女将の大切な思い出となっている。
今日も商業ギルドの紹介状を持って現れた時にすぐにわかったくらい“エルフ”の少女は変わっていなかった。
あの時からもう何十年経っただろう。
女将にはもう孫もいるというのに、彼女は時が止まったままだ。
オフェーリアの部屋は3階にあって、ひとりで使うには広めの部屋だ。
一応ひと月の前払い。
場合によっては部屋に篭って作業するかもしれないと言うと、この部屋を勧められた。
「本当はほとんど居ないんだけどね」
この後も部屋の内側に結界を張り、マティアスと【ぼくちゃん】の元に戻るつもりだ。




