『落ちた皿』
そっと横から皿を押さえる手が動いた。
ダグルのごつい指が【ぼくちゃん】が食べやすいように押さえてやっているのだ。
特に今食べているムースは重量がなく【ぼくちゃん】がちょっと荒くスプーンを使うと皿が動いてしまう。
「誰も奪ったりしないからゆっくり食べよう」
ダグルが耳許で囁いてやっているが【ぼくちゃん】は食べるので夢中だ。
今夜の夕餉の最後のメニュー【いちごのムース】を出して、オフェーリアはようやくひと息ついた。
目の前で無言のままムースを食べ続ける2人はすでに2皿目に手をつけている。
「やっぱり作りごたえがあるわぁ」
まず、品よく食していたオフェーリアが食べ終わり、マティアスも満足そうに食後のお茶を飲んでいる。
最後までムースを味わっていた【ぼくちゃん】がスプーンを置いて、ダグルに口の周りを拭いてもらっていた。
……それは皆でごちそうさまをして、マティアスが従者を呼んで明日からの指図をしているときだった。
オフェーリアが、使用済みの食器を作業台に移そうとしていたところ目の前で起きた事に目を見張った。
「ガチャン、ドン、カチャン」
4人の前で響き渡った音は【ぼくちゃん】の皿とスプーンがテーブル、そして床に落ちた音だった。
そしてそれが【ぼくちゃん】がお手伝いをしようと“両手”で皿を持とうとして落とした音だったのだ。
「【ぼくちゃん】……」
それは以前からお手伝いの時の自然な仕草だった。
両手の指で皿を支えるだけで指で握ったりしない。
オフェーリアが持つトレーに乗せるためのごく自然な仕草、それを【ぼくちゃん】は無意識に行おうとして失敗してしまったのだ。
片方だけ持ち上がった皿は右手から滑り落ち、テーブルに当たってそのまま床に落ちてしまった。
その衝撃的な瞬間を見てしまった3人は凍りつき、【ぼくちゃん】は悲しそうに床に落ちた皿とスプーンを見つめている。