『ソリの男』
翌朝、オフェーリアが恐る恐る外を覗いてみたのは、もう陽も高く昇った昼に近い時間だった。
「【探査】で誰もいないとわかっていてもビビっちゃうわね。
……う〜ん、ソリが一艘、うちを風除けに泊まっていたみたい?」
オフェーリアは結界を解除して、家の周りを一周、異常がないか見て回った。
「ふーむ、トナカイ2頭で結構大型のソリを引いているのね。
……それにしてもこんな時期に山越えしてきたの?死にたいの?」
多少憤慨しながら、オフェーリアは部屋の中に戻っていった。
まさかこの場で人死にが出たとは夢にも思っていない。
太陽が高く昇った昼日中。
そこにやってきたソリの乗り手は、少し離れたところから見ても異様だった。
「おーい!
あんた、どっちの方向からやって来たんだ?!」
村の入り口を守る自衛団のベテランと今年入団したての若者が一組となって警備していた。
こんな真冬の雪の中、村にやってくるものは珍しくはあるが、まったくないわけではない。
門番の前まですごい勢いで走り込んできたソリが急ブレーキをかけたかのように止まり、手綱を持っていた男がポツリと言った。
「山を越えてきた……」
「山?山越えの裏街道はこの季節、閉鎖されているはずだ。
あんた、関所破りをしてきたのか?」
途端に今までのんびりとしていた雰囲気が剣呑となる。
新米の若者が近くの詰所に駆け込み、詰所からまた兵が飛び出して行く。
「とりあえずソリから降りてこっちに来てくれ。
トナカイとソリは俺たちが責任持って預かる」
そう言われたにもかかわらず、男は動こうとしない。
詰所から戻ってきた新米がソリの中を覗き込んで、あっ、と声を上げた。
「もう1人いるんですね。
……寝てる?具合が悪いんですか?」
「やめろ!兄貴に触るな!!」
もの凄い剣幕で怒り始めた男に不審感をもったベテランが、詰所から応援がやって来るのを待ってソリの中を覗き込んだ。
普通、これだけ騒がしくすれば目を覚ますだろうに、ソリの中の人はそんな様子が見られない。
「ちょっと、あんた」
ベテランが揺り起こそうとすると、今までギリギリ理性を保っていた男が豹変した。
「ダメだ!触るな!!」
毛布で何重にも包まれた男はカチコチに硬く、ベテランはすぐにその異常さに気づいた。
「これは……彼は死んでいるのか?」
「ヒィィ、死体?!」
新米は恐怖のあまり飛び退り、ベテランは緊急事態発生の笛を吹く。
途端に詰所から槍や剣を持った自警団の兵たちが飛び出してきて、その武器の先端をソリの男に向けた。
「俺たちはあんたに危害を加えるつもりはない。
ただ事情を知りたいだけなんだ」