『兄弟』
暖かな布団の中でうつらうつらしていたオフェーリアは、結界に干渉する感覚に目を覚ました。
だがこれは何かが“触れている”事がわかるだけでそれが何かわからない。
かなり長い間続いたそれをオフェーリアは無視して、再び眠りについた。
小一時間ほど扉(の前に張られた結界)を相手に奮闘していた弟だが、一旦諦めて山小屋の直接暴風雪が吹き込まない面にソリを寄せ、簡易のテントを張って兄に寄り添った。
「兄貴、ごめん。
俺がこんな道を行こうと言ったばかりに……
それにしても何でこの山小屋にいる奴はおれたちを無視するんだ」
弟は怒りに任せて立ち上がり、また扉に向かった。
「おーい、おーい」
ドンドンと扉を叩き、大声で叫ぶ。
ずっとこれを繰り返していた弟だが思い出したようにソリに戻ると自らの得物バトルアックスを手にした。
そしてやおら振りかぶり、一気に振り下ろした。
“ガキン”
とても木材を相手にした音と感触ではない。
弟は痺れの残る手で触れて、初めてそこに存在する“壁”に気がついた。
「何だ?こりゃあ!?」
バトルアックスを放り出した彼は両手であたりを触りまくってみる。
そして一面が滑らかな壁面になっていることに気づいて唖然とした。
「結界か!?
これじゃあ外からいくら喚こうが叫ぼうが……斧での打撃もなしの礫なわけだ」
弟からはいつの間にか、自分に対する失笑が始まっていて、それが山小屋の持ち主への怒りへと変わっていく。
彼は再び手にしたバトルアックスで、いくら攻撃しても傷ひとつつかないとわかっていて刃を振り下ろした。
「兄貴……」
テントの中で出来る焚火など、その大きさはしれている。
十分に暖のとれない兄は急激に体調が悪化していた。
慌てて粗末な飯盒で湯を沸かし、カチカチの干し肉をナイフで削って入れて簡単なスープを作り、もう自分では身体を起こせない兄にひと匙ずつ飲ませようとするが、そのほとんどが口から溢れてしまう。
「兄貴ぃ〜」
腕の中の兄の目から光が失われていく。
身体の芯から冷え切って元に戻らないまま、兄は雪の中でその命の火を消そうとしている。
「兄貴ダメだ、兄貴、兄貴」
手袋を外した手で兄の胸を、肩をさすっているが、もう反応はない。
「わあーっ、兄貴ー!!」
弟がいくら叫ぼうが、すでに兄には聴こえていない。