『20年後』
人の世で20年の年月が流れたがオフェーリア自身はまったく代わり映えせず、見た目も相変わらずの幼児体型だった。
そんな彼女の周りでは、ジルは結婚を機にギルドを辞めて今では成人した(人族の成人は15歳)息子が2人いる。
商業ギルドの鑑定士は甥が引き継ぎ、オフェーリアが新製品を販売するときなどは彼に値をつけてもらっていた。
大きく変わったのはその本拠地だ。
鑑定とオフェーリア独自の商品を扱うために、ジルの実家の一画に小さな家を構えていたが、彼女がそこにいるのは月に2日もないだろう。
では、どこにいるのか。
オフェーリアは今、この大陸の北の端にある小国、その国境に近い山奥にウッドハウスを据えて、ほとんどそこで暮らしている。
たまに麓の村に降りて薬などを売ったり、病人や怪我人の治療をしている彼女のことを村人は“森の魔女”と呼んで親しんでいた。
ある冬の夜。
その日は前日から吹雪が途絶えず、ずっと暴風雪が続いていた。
オフェーリアはウッドハウスを二重の結界で包み、早々に拡張空間にある寝室に引き揚げてしまっていたが、外では想像もつかない事が起きようとしていた。
オフェーリアの住む山は冬季以外は隣国からの近道として重宝されている裏街道だった。
この道には関所もなく、馬鹿にならない通行料も払う必要がないため抜けてくるものも多いのだが、冬季にそれをするのは自殺志望者とみなされてもしょうがないだろう。
「兄貴!
もうすぐ話に聞いた山小屋がある!
あと少し、あと少し辛抱したら暖かい場所で一服出来る」
寒さに強い大トナカイの引いたソリには禁制の品を積み、隣国から逃げてきた兄弟が乗っていた。
彼らはこの道を通るのは初めてで、人伝に、それも又聞きでの何とも頼りない山越えだ。
それに山小屋などはなく、それはオフェーリアの個人宅なのだがそれも知らなかった。
「兄貴!
あそこだ!あそこに明かりが見える!」
「……うぅ」
弟がしきりに話しかけている兄はいわゆる低体温状態に陥っていて、かなり衰弱していた。
だがそれも、あの山小屋につけば好転する。そう思って弟はトナカイに鞭を入れた。
目の前の山小屋が何かおかしい事を、たとえ闇の中でもよく見ればわかるはずだ。
まず見た目、雪の積もり方が不自然、いや異常だった。それは結界の四角の外に雪が積もっていて、屋根と結界の間に隙間があるのだ。
弟はソリから飛び降りると扉にかじりつくようにして叩く、叩く、そして叩く。
「頼む!連れが大変なんだ!
開けてくれ!!」
ドン、ドン、ドン。ドン、ドン、ドンドン。
思い切り叩く、手袋の中の拳からは血が滲みはじめていた。
それでも扉が開く事を疑う事なく、叩き続けて、そして叫んでいた。
「くそーっ!
開けろ!開けろ!兄貴が死んじまうじゃないか!くそったれ!」
とうとう足で扉を蹴り始めた弟だが、彼は自分が蹴っている扉に違和感を感じる事が出来なかった。