『【ぼくちゃん】』
明日は第三層に上がるという前夜。
深夜にオフェーリアはゲルを抜け出し、結界の出入り口に来ていた。
「んふ、今夜も来てるんだね」
今オフェーリアの前にはまるで犬のようにお座りした、件の魔獣がいる。
「ふ、フェリア様……」
見張りの兵士が声を震わせている。
「しっ、手出し無用よ」
彼に向けられる視線はそれなりに冷たい。
「心配も無用よ。
ちゃんと防御の魔法を纏っているからね。
どちらかと言うと、あなたの方が拙いんじゃない?」
思わず腰の引けた兵士を尻目に、オフェーリアは魔獣に向き合った。
そして結界の出入り口を開ける。これでオフェーリアの声も聞こえるようになったはずだ。
「こんばんわ。今夜も来てくれたんだね」
魔獣は弾むように頷いている。
オフェーリアはそんな魔獣をしみじみと観察して、やはりそれは猿系の魔獣だと判断していた。
ついでに、ブラブラとぶら下がる双球からオスだと断定する。
「【ぼくちゃん】これからあなたのことを【ぼくちゃん】と呼ぶわね」
【ぼくちゃん】は大きく頷いた。
現時点では彼が言葉を理解していると仮定して……対話するしかない。
「あのね、私たち明日にはこのダンジョンからいなくなるの。
だからね、最初のときにあげたでしょう?
このクッキーとか色々あげるね」
異空間収納から取り出したのはクッキーの入った袋が8個。
そのほかには冒険者御用達の焼き固められたパン。
これはかなりの日持ちがする。
「どちらもすぐに食べなくても大丈夫だから、どこかに隠しておいたらいいわ。
今夜の分は、これをあげる」
オフェーリアの手のひら大のそれは、オーク肉のトンカツだった。




