『テスト』
都経由で3日後の朝、ラバナラの家に戻ってきたオフェーリアは、まるで張っていたかのようなジルに突撃されて目を点にしていた。
だがすぐにその理由に思い至り、ジルの顔を繁々と見つめた。
「……お化粧で隠れているし、ちょっと時間も経っているけど、うん、いいみたいね。
ジル、ちょっと中に入って」
言いたい事はたくさんあるジルだが、彼女が口を開く前に店内に連れ込まれてしまう。
「ちょうどいいからお茶にしましょう。
……あなた、いつからあそこにいたの?
冷え切ってるんじゃない?」
そんな事をしなくても、昼からでも使いをやって呼び出すつもりだったと言われて、ジルは脱力する。
そしてポットに熱湯を注ぐオフェーリアをジッと睨んでいた。
「フェリア様、あの液体は何なのですか?」
ジルの前にティーカップを置いたオフェーリアの手を、しっかりと掴んで質問する、その目が怖い。
「何って美容液よ?
その様子なら効果があったようね。
本当はあと2〜3人テストしたかったのだけど、あまり噂を広げたくないのよね……」
テストが終わったあと殺してもいいのがいれば良いのだけど、と冗談か本気かわからないような事を言ってくる。
ジルは懸命に首を横に振りながら、やはり感覚が人とは違うのだと思い知った。
「フェリア様、たった一晩で肌が、肌が……
これは魔法ですか?」
「魔法は使ってないけど魔力は練り込んであるわ。
この美容液は魔法族の方々が使っているの。もちろん私もね」
ジルは何度も口を開こうとしているが、言葉が出ない。
だがその手は己の頬に触れていて、その指は震えている。
「フ、フェリア様、あなたはその美容液をどうなさるおつもりですか?」
「どうって?
もちろん売るのよ。
まずは侯爵夫人たちにね」
これは王侯貴族の女社会がひっくり返る、そんな品物だ。
ジルの背中は冷や汗でじっとりと濡れていた。
「ようこそいらっしゃいました、侯爵夫人、伯爵夫人、子爵夫人。
この度は急な招待に応じて下さり、ありがとうございます」
馬車から降りてきた貴婦人たちに、優雅なカーテシーで挨拶するオフェーリア。
「あなたが特にお勧めして下さる商品ですもの、何をおいても駆けつけますわ」
前回と同じようにもてなして、ようやく本題に入ったところ、オフェーリアは1本の瓶を取り出した。
「誠にご無礼なのですが、今回の商品をお勧めする前にテストさせていただきたいのです」
侯爵夫人は訝しげだ。
そこにラーベンタール子爵夫人パメラが小さく手をあげた。
「あの、まずは私が試してみます」
どうすればよいのでしょう、と首を傾げる様はとても可憐だ。
彼女はこの3人の中で一番若く、まだ20才をいくつか越えたくらいの歳なのだが惜しむらく肌の傷みが激しい。
これは裕福な女性ほど多いのだが、化粧が原因なのではないかと思っていた。
「では、申し訳ないのですが袖をまくってこのあたりまで、はい、それで結構です」
オフェーリアはスポイドで美容液を吸い上げ、パメラの手首の少し上のあたりに1滴、2滴と落とした。
「このまま、暫くお待ち下さい」
30分後、赤みや湿疹などない事を確認したオフェーリアは、今度はパメラの手の甲に美容液を塗り込んだ。
そしてそれはすぐに効果をあらわした。