『ジルの訪問』
「フェリアさんっ、フェリアさん!!」
オフェーリアの店がオープンした翌日の早朝、その扉を叩くジルの姿があった。
「フェリアさん、開けてください!」
血相を変えて飛んできたジルが何度扉を叩いても、一切返事が返ってこずなしの礫だ。
じつはオフェーリア、現在転移で森にお出かけ中だ。なのでジルがいくら喚いても無駄なのだが……
一体何故ジルがこういう状況に至っているのか、それは昨日の出来事が起因していた。
侯爵夫人たちが帰ったあとオフェーリアと話をした。
その後、いきなり化粧を落とされて液体を塗りたくられた。
実は人族の女性たちには化粧の前に素肌を整えるという概念がない。
なので素肌が荒れているのが当たり前で、それは貴賎に関係なく、クリーム状の練り白粉を塗ってから粉白粉をはたいてカバーしていた。
ジルもご多分に漏れず肌荒れと吹き出物に悩まされていたのだが、今朝起きて見て我が目を疑ったのだ。
そう、オフェーリアが塗った美容液は魔力がたっぷりと練り込まれた、魔法族秘伝のものである。
エルフの艶っ艶な肌を支えるそれが、人族の肌をも劇的に変化させたのだが、この結果を一番知りたかっただろうオフェーリアは暢気に森で採取を励んでいた。
「冬の朝は気持ちいいわね〜
空気が澄んでいる気がするわ」
と、言いながら彼女の手からはウィンドカッターが放たれ、目の前の大蜘蛛を屠っていた。
この大蜘蛛はオフェーリアが仕掛けていた罠に巣を作っていたようで、糸を回収しようとしていたオフェーリアに襲いかかってきたのだ。
だが見事に返り討ちにされ、腹を上にして転がっている。
「上手いことお腹は無事ね。
これも糸繰り工房に持っていけばそれなりの値で引き取ってもらえそう」
蜘蛛の腹から取り出した糸は、柔らかくて貴重だ。
ファーストシルクとかヴァージンシルクなどと呼ばれ、特別な衣装を仕立てるときに重宝されている。
「冬糸は純度が高いと言うわ。
私も何かひとつ、仕立ててもいいわね」
春物の、よそ行きのローブを思い浮かべたオフェーリアは、やはり年頃の女の子だった。