『違和感』
新たに仕立てられた馬車から2日遅れて、オフェーリアの乗った乗り合い馬車は出発した。
十分に休養を取った馬たちは元気で御者が手綱を操るだけで速度を重ねていく。
そんな風を切る屋根の上にはブランデルグのかわりにパンナがいて警戒していた。
オフェーリアはと言うとかぎ針でレース編みをしている。前回はマリーに邪魔されたが今は編み図も出して複雑なものに挑戦していた。
「な〜フェリアちゃん。
そんな細かいことして肩凝らない?」
「ん?大丈夫よ。
これはあくまでも趣味だし。
魔導具作りの方が大変だよ」
「……フェリアちゃんってすごいんだな」
今、乗り合い馬車の客室で待機しているのはファントである。
彼は同じ空間にいてもオフェーリアが望まない限り干渉してこない、とても勝手の良い相手だ。
「まあ、ちょっとだけ長く生きてるからね」
ファントの里ならオフェーリアの本来の年齢であればそろそろ長老職を賜る頃だ。
「エルフって凄いよなー」
ファントは憧れの眼差しでオフェーリアを見ていた。
「うふふ、私を産んで下さった母上様は推定ですけど3000才は越えてらっしゃって、兄や姉も数えきれないほどいるのですけど、皆さま私よりずっと優秀でいらしてね」
ファントはエルフの長命さに改めて驚いていた。
旅を再開して2日目、すっかり乾いた道を乗り合い馬車は進んでいく。
そこは2日前の惨劇を匂わすものなど残っているはずもなく、乗り合い馬車は通り過ぎていった。
「おかしいな……」
今夜の野営地に到着した一行は、それぞれの仕事をこなしながら夕食を待っていた。
そこでワランがあたりを見廻し、地面を舐めるようにみて首を捻っていた。
「どうしたの?」
屋外に置いた魔導コンロで大鍋のシチューを煮込んでいたオフェーリアが、不思議そうに尋ねた。
「いや、2日前にブランデルグたちの乗った馬車が来ているはずなんだが、その形跡がないんだ」
「へえ?」
「あっちは急いでいたから進めるだけ進んで、街道沿いで野営したんじゃないか?」
ジニーも地面の荒れ具合などをみていたが綺麗なものだ。
彼らも意識していなかったが、昨夜の野営地も似たようなものだった。
「そうだな。
護衛が3人では少しキツいかもしれないが、出来ないことでもないわな」
そこでこのちょっとした違和感は霧散し、男たちの意識は大鍋の中のシチューに向いた。




