『ご都合主義』
「このようなこと、聞いておりませんわ!」
異空間にあるという“アトリエ”へと籠もってしまった主を見送って、ドーソンは思わず声を荒げてしまった。
そして同時に背筋が寒くなる。
「もし、このまま……」
戻ってこなかったらどうしよう。
悲鳴が漏れそうになる口に、拳に握られた手を当てて必死で堪えていると、ひょっこりとオフェーリアが上半身だけ姿を現した。
「これ、渡すのを忘れていたの。
私の故郷のお菓子よ。
それから夕食はアトリエで食べるから用意しなくていいわ。
……とりあえず、明朝朝食の後に戻ってきます」
そしてまた姿を消した、その場を見つめていたドーソンは、へなへなと座り込んでしまった。
一方オフェーリアは、秘密のひとつを暴露したが、これで選択肢が増えるとワクワクしていた。
公賓として公爵家へ輿入れするのは決定だが、大人しくあちらの言うことを聞いてばかりではつまらない。
自分自身に薬師としての付加価値を付けて、多少の無理は通せるようにしたい。
そして公爵家にはどちらが上位なのか、しっかりと思い知らせなければいけないのだ。
「アムリタでも調薬しておこうかしらね。
あ〜あ、どこかに死にかけの王族でもいないかしら」
今、この時、広大なルバングル王国の国土では、騎士団によって常時行われている魔獣討伐で第2騎士団が壊滅の憂き目に遭おうとしていた。
勇猛果敢と言われている騎士団長(現国王の第4王子)が亜竜のブレスによって重傷を負ったのだ。
何と、オフェーリアにとってはお誂え向きの状況だ。
「撤退だ!早く退けーっ!!
殿下を王都までお連れするのだ!
殿は俺が勤める。
疾く行けーーっ!」
第2騎士団の副長が応急処置だけを施した団長(第4王子)を馬に乗せ、手綱を取る団員に頷いた。