『憂鬱』
部屋に入ったオフェーリアは、大きなため息とともにソファーに腰を下ろし、繊細な細工の施されたヒールの靴を大きく足を振って蹴り脱いだ。
「はぁ〜」
気の抜けた声は脱力の証だ。
今着ている最高級のアラクネ絹とレースとリボンで形取られた最新のデザインのドレスが皺になるのも構わずに背もたれにもたれたオフェーリアは暫し裸足のままでいた。
「まあ……
悪い待遇ではないのだろうけど」
今日はこの国の国王との公式な謁見があり、オフェーリアは正式な大使としての待遇を得て公爵家との婚約者となった。
そして一年の婚約期間を経ての輿入れとなったのだが、後から思えばこの時すでに暗雲が立ち込めていたのだ。
「まあ!まあ、まあ、まあ!!
フェリア様、なんてお行儀の悪い!
ちゃんと姿勢を正して下さいまし。
きゃあ、お靴が!」
お茶を用意させていたドーソンが部屋に入ってきて、そして悲鳴を上げた。
それに続くお小言は耳を塞ぎたくなるものだ。
「フェリア様。
明日は講師方々との顔合わせがございます」
貴族家のしきたりやマナーなど、おそらくドーソンの倍は生きているオフェーリアにとっては呼吸をするが如く簡単なものだ。
だが今は苦行でしかない。
だが今回は大陸が違うので何か新たに学ぶこともあるだろうと、自分を鼓舞するしか耐えられそうにない。
そして息抜きも必要だ。
「ドーソン、お話があるの。
あなたもそこに座ってちょうだい」
急に雰囲気の変わったオフェーリアに、ドーソンは訝しげだ。
「あなたは私が魔法士だということは知っているわよね?」
「はい、もちろんです」
「その他にもうひとつ職種を持っているのよ。
それは【薬師】なの」
もちろんこの大陸の国々にも薬師はいる。
だがオフェーリアの言う【薬師】とは魔力を練り込む魔法薬師のことだった。
「フェリア様は薬師様なのですか?」
ドーソンは王都に来る道すがら魔獣に襲われて大怪我を負った騎士のことは知っていたが、その治療などは恐ろしくて見ていない。
なのでフェリアがポーションを使ったことを知らなかったのだ。