『春なのに』
本来ならとっくに死んでいるほど血を失ったのだ。
マティアスは3日経ってもベッドから出ることができなかった。
小用などで立ち上がろうとしても目眩がし、体が動かない。
情けないことだが、オフェーリアの手を借りてトイレに向かっていた。
「血なんかそうそう増えたりしないの。
だからゆっくり養生しましょう。
ところで一体、何にやられたの?」
「それが……
一切視認出来なかったんだ。
まるで透明の魔獣にやられたみたいだった」
「透明?気配は?」
「恥ずかしながら感じられなかった」
獣人の血が濃いマティアスが感じなかったとすれば、それはかなりの脅威だ。
「わかったわ。何か考えておく」
結局、マティアス自身が納得できる体調に戻るまで半月近くかかった。
ダンジョンの外ではもうそろそろ春になる。
ダンジョンの中で冬を越した冒険者たちも続々と外の世界へと戻っていった。
そんななか、オフェーリアとマティアスの2人はさらに下層を目指し降りていく。
そして2人は新兵器ともいえる魔導具を装備していた。
「これは私の先生の最新作で、この魔結晶を作動させておくと、その個人への物理攻撃、魔法攻撃とも第三段位まで防げるの。
ドラゴンブレスの直撃を受けるようなことにならなければ、これで防ぎ切れるはず。
もちろん警戒は怠らないけどね」
あとはオフェーリアの【探査】が通用するかどうかだ。
「ここでやられたんだ」
そう言ったマティアスが拾い上げたのは、あの日以来そのままになっていた彼のバスターソードだ。
「うん、血痕も残っているね。
こういう無機物が単体の時はダンジョンも吸収しないのかな」
そう言えば16階層の吹雪にやられた元傭兵団の現場も、テントなどは残されていたように思う。
オフェーリアはこの階層に来てからずっと探査を続けているが、その網にかかったのは“普通”のオークジェネラルや魔狼の上位種ファイアーウルフなどだ。
この階層はかなりの数の魔獣が生息しているようで、腕に自信のあるものなら腰を落ち着けて狩りをするのも良いだろう。だが問題はマティアスを襲った“見えない”奴だ。
「エアカッターでの斬り傷じゃないのよね。
こう、突いたような……
エアランスならああいう傷になるのかしら。
なんとなくだけど、物理的な傷に思えるんだけど」
オフェーリアはずっとブツブツ呟き続けている。