『交渉』
しばらく走って次第に近づいてきたそれを見て皆、絶句していた。
「どうしてこんなところにあんなものが……」
彼らの目に飛び込んできたのは小綺麗な天幕だ。
それが雪も積もらず、そこに佇んでいる。
見るからに面妖だが今の彼らにそのことを感じる余裕はなかった。
「おーい!助けてく……」
どこにそんな力が残っていたのか、全速力で天幕に向かっていた若手の男が、次の瞬間ものすごい音を立てて何かに激突した。
それを見た連中が慌てて止まろうとするが、何人かは軽めではあるが衝突している。
「おい、これはおそらく結界だ。
見ろ、この周りだけ雪が積もっていない」
本来なら対象物を囲むように設置されたものの上には雪が積もる筈だ。
だがこの結界の場合は雪さえも弾いてしまうらしい。
「じゃあ、この中には魔法士がいるってわけか?!」
「もしくは魔導具を使っているかだな」
後の方の場合、とんでもなく高価な魔導具なはずだ。
「お前ら行儀よくしろよ。
何とか助けてもらえるよう、頼んでみるからな」
だがまずは何とかしてこの天幕の持ち主と接触しなければならない。
「おい、誰かいないのかー!
中に入れてくれー」
リーダーの思いも知らず、若手の連中が騒ぎ始めた。
彼らの中には結界を蹴ったり、剣を抜いて斬りつけたりするものもいる。
「やめろ!お前ら!!」
ベテラン傭兵たちが慌てて引き剥がしたその時、ドアが空いて中から大男が現れた。
「騒がしくして申し訳ない。
我々はこの吹雪で難儀しているものだ。
申し訳ないが一夜の宿をお願いできないだろうか?」
大男が大股で近づいてきて、リーダーの直前で少し屈むと、途端に声が聞こえるようになった。
「何だ?あんたたち。
そんな格好でよくここまできたな。
……とりあえず主に聞いてみるが、あまり期待しないでくれ」
踵を返したマティアスを追って、続いて行こうとした若者がまた激突した。
「これが“期待しないでくれ”と言った理由だ。
高度な魔力が込められた魔導具は、使用者制限がされていて、あんたたちはここを通れないんだ」
そう言い残してマティアスは天幕の中に入っていった。