ラウズ・アンド・ホーリー
ゴリラとワシを発動させたものの、やはりきれいな女性を相手にどう動いたらいいか迷ってしまう。するとそんな鈍さを見抜いたのか、ミントの方から殴りかかって来たのでとりあえずそれを捌いた時、ミントはすでに高い打点の蹴りへと動きを繋げていた。脇を締めて何とか蹴りを凌いだ直後、ミントは片足しか体の支点がない状態から跳び上がり、僕の胸元を蹴って宙返りした。
くぅ、速い・・・。攻められない。いや、でも鳥目のお陰で動きが追えない訳じゃない。
それから本当に武道家ばりに激しく殴って蹴ってくるミントの攻撃を尽く受け流せている自分にふと笑いが込み上げてきた時、明らかにジャンプではなく、まるで引っ張られるように飛び退いたミントは瞬時に黒い閃光を放った。
ぎゃふっ・・・。
眩しさ、そして水圧という名の鈍器に殴られたような重々しい衝撃が顔面を襲い、思わずひっくり返ってしまうが、手加減されていたのかそれほどダメージはなく、すぐに立ち上がるとミントは依然として柔らかい表情をしていた。
人って、本当にぎゃふんって言うんだな。びっくりだ。
「どうしたの?守ってばかりだよ?」
「それが、能力者になってから格闘の経験が無い事に気付いて。なので今は攻めるより格闘の経験がある人の動きを体で感じる方が先なのかなって」
「え!?格闘の経験が無いって、ちゃんと動けてるよ?」
「動体視力がこの姿のお陰ですごく良くなったので、動きにはついていけてるんですけど、僕、武道なんてちゃんと習った事ないから、攻め方が分からなくて」
体育の授業で柔道はやったけど、たかが授業だし。
すると感心するポイントなんてどこにあったのかと思うほど、何故かミントは感心するように笑みを深めた。
「そっか、すごいね、格闘経験が無いのにそんな冷静に判断出来るなんて、センスあるんじゃない?」
「そ、そんな・・・」
「私の動きについて来れるって聞いたらきっと皆すごいって言うよ?ここの組織の仲間にミサって子が居るんだけど、ミサは空手が得意で、私この前、ミサと一緒にミサが通ってたっていう空手教室に行って先生の人に私の腕前を見て貰ったら、師範の腕前って言われちゃったから」
「師範!?」
うわぁ、そりゃすごい。
「だから自信持っていいんだよ?」
「・・・あは、はい」
確かに、この鳥目は自信に繋がる。
「それじゃ、今度はちょっと本気出して、遠距離攻撃もやってくからね?」
え、本気、出してなかっ・・・いやそりゃそうか。
「はい」
短く深呼吸し、そして両手で顔を軽く叩く。
つまりミントさんは、変身系と魔法系のハイブリッドって事だな。
「お願いします」
しばらくして闘技場を出た直後、何故か目の前に出来ていた人だかりに思わず足を止めてしまう。同時に闘技場から人が戻ってきたという状況を確認したからこそその場を離れていくといったような人達もちらほら見える中、1番近くのテーブルに居た究が何やら囃すようなニヤつきを見せた。
「やるじゃん、やっぱ動物の遺伝子があるとそもそもの身体能力も上がるって事だろうな」
「え?何で分かるの?」
すると究はおもむろに僕の頭上辺りを指差したので、振り返って目線を上げてみると、闘技場への扉の上にある大きなテレビっぽいものには、闘技場が映し出されていた。
「闘技場の戦いってホールから見れるんだって」
なんじゃそりゃ・・・。
「いくら鉱石持ってても、覚醒はそんなに簡単じゃないって事だな。でもまぁまだ3日あるし、それに怪我や疲労もいくらでも治せるからな、落ち込む事はない」
・・・落ち込んで・・・ないけど、まあいいか。むしろちょっといい汗かいたって感じだし。
「疲労って、マナミさんが?」
「いやそれはまた別の仲間だ。つっても、30分くらいで音を上げてちゃ覚醒なんて出来ないんじゃねぇか?シンジなんて最高6時間は闘技場に籠ってたからな?」
半笑いでノブがそう言うも、シンジは自慢げな笑みも照れるような笑みも浮かべず、至って落ち着いた表情で頷いた。
げっ・・・。
「それで、レベルは?」
「レベルで言うなら、4だな」
「それって、合計で?」
「いや、主戦力だけで。合計したら、7かな」
「なっ、な・・・」
でもシンジ君、ナンバー2なんだよな、うわぁ。
すると直後、究はすっと立ち上がった。
「俺、まだ全然いける。シンジ君、特訓手伝ってよ」
「あぁ」
ふう、なら僕も。ちょっといい汗かいたなんて、恥ずかしい。まだまだ全然だめなんだ、これじゃ。もっとやらなきゃ。
「ミントさん」
するとミントも僕を見ながら立ち上がり、しかも笑顔で歩き出したので後についていくが、ミントは何やら闘技場への扉ではなく、闘技場への各扉の間にあるドリンクバーで立ち止まった。
「聖、一杯くらい何か飲んだ方がいいよ?」
「あ、はい」
すごい、紅茶にコーヒー、数種類入ってる混ぜ放題のドリンクサーバー。コーラにメロンソーダ、ホットミルク。これも、無料か。
混ぜ放題のドリンクサーバーから野菜ジュースをコップに注ぎ、景気づけに一気に飲み干してからそして再び闘技場でミントと向かい合う。
「今度は聖が攻める番にしよっか。大丈夫、型なんて意識しなくていいからね?」
「・・・はい」
「大事なのは勝つ事より生き残る事なの。でも相手の動きを捌ける聖ならもう立派に戦えるはずだから、自信持って?」
「はい。あの、これだけは意識した方がいいみたいな事あったら、教えて欲しいんですけど」
「えっとね、私が教わったのは、常に自分自身の重心を真っ直ぐ保つって事かな。重心が保っていられると、攻めてる時ならより速く次に繋げられて、守ってる時ならより速い反撃に繋げられるから」
「はい」
型より重心、か。なるほど。やっぱり師範の腕前なんだなぁ。これからもミントさんを先生にしちゃおうかな。
ゴリラとワシを発動して変身するとミントも変身し、そしてミントと同じようにファイティングポーズを取ってみる。しかしゴツゴツした鎧は着ているもののふとまたミントの胸元に目が留まってしまうが、先程まで組み合っていた感覚を思い出すと恥ずかしさは消え、その微かに芽生えている信頼は軽やかに拳を振るわせた。直後に拳は受け流され、僕の腹には素早い蹴りの反撃が叩き込まれたがとっさに腰を据え、背中と脚全体で踏ん張ると、衝撃はまるで電流のように体外へ抜けていった。
ぬおっ、多分、こんな感じか。保たれた重心って。
間髪入れず、ミントは跳躍ではない跳び上がりで再び蹴りつけてきたが、崩れていない体勢の中では素早く対応出来、蹴りを受け流すと同時にそのままタックルを返した。それでもミントは滞空しながら黒い閃光を放ってきたが、まるでマントを翻すように翼を振り払って黒い閃光を防ぎ、ミントに向かって飛び掛かる。
うん、確かに動きやすい・・・。
直後、ミントの両手は黒い光を纏い、一瞬にしてまるで手袋を着けたかのように分厚く変化した。
・・・なっ。
しかし急にブレーキなど掛けられる訳もなく、そのまま突撃していくと、嫌な予感しかないその黒い光を纏ったいびつな籠手は、先程のよりもより強力な閃光を放った。顔面だけでなく全身をも覆うその衝撃は正に現実離れした魔法らしさを痛感させ、そして背中が勢いよく地面を擦るとその体の重たさは一気に闘志を削いだ。
やっぱり・・・魔法、ずるい。究もそうだしなぁ。
羨ましさやら怒りやら無力感やら、変な感情が湧き上がりながら見たミントの表情は、一瞬冷たかった。
「倒したい敵を想像して、その悔しい気持ちをぶつけるの。目標をしっかり見据えて、気持ちを強く作らなきゃ、力も強くならないよ?」
・・・気持ちを、強く・・・。そうだ、ただただ特訓してる訳じゃないんだ。
ふっと脳裏に浮かんだのは、コクエンの冷ややかな薄ら笑いだった。全くもって相手にしてない、雑魚を見るような目。しかし同時に湧いてきたのは恐怖ではなく、怒りだった。
究と鳥井さんはもう力を3つ持ってるし、何より、ミントさんやシンジ君達が居る。そういえばもう怖くない。そうだ、後はもう、あいつを、倒すだけだ。・・・・・もっと、強く。
「やったね、聖」
・・・・ん?
立ち上がりながらふと何となく疲れが吹き飛んでいる事に気がついた時、ミントは途端に嬉しそうにそう言った。
「え?」
「あれ?今聖、光ったよね?」
光った?・・・。
思わず自分の体を見下ろしてみるが、特に目立った変化はまるで無い。その時ふと感じたのは、頭の中の違和感だった。
「ほんのりと体が光ると覚醒した合図なんだけど、立った時光ったよ?気付かなかった?」
「・・・はい。目瞑ってたんで」
「・・・そっか」
そう言ってミントは優しく微笑んだ。しかしその優しい微笑みがむしろ、胸の中で変に突っ掛かった。
何だ、この、妙に変なやっちゃった感・・・。
「どんな風に変わったか、分かる?」
どんな風に・・・。あ・・・。何だこの変な感じ。まるで勝手に頭が理解してる感じ。
「はい」
「じゃあ実際にやってみて?早く慣れた方がいいからね」
「はい」
ゴリラとワシを発動してる中で、すっと意識すると、体はカメレオンを発動した。ふと驚いたのは、ストックしたDNA情報を同時に3つも発動しても驚かない自分自身の冷静さだった。
「・・・もしかして聖、透明になったの?」
「はい」
ほんとに、力が、グレードアップしてる・・・。うわ、やった・・・。これが、覚醒。
「あ、あの、ミントさん、ありがとうございました、覚醒手伝ってくれて」
「うん、どういたしまして、良かったね。きっとお守りにしてた鉱石が気持ちに応えてくれたんだよ」
ふう、全っ然実感が湧かない。もっと、パーッとかドバーッとかなるもんだと思ってた。光ったの見逃すとか何だよ。
それからお互い変身を解き、ホールへと歩き始める。
「あの、ミントさん、これからも、ミントさんを先生にしていいですか?」
「えっ、私でいいの?」
するとミントはこっちまで変に恥ずかしくなるほど、まるで告白でもされたかのように照れるように笑顔を浮かべた。
「だって師範の腕前なんですよね?」
「あ、うん。うふふ、じゃあ、こちらこそよろしくね?」
うわぁ、ピュアだなー。
「あの、ミントさんの力のレベルはどれくらいなんですか?」
「んー、どうなんだろ。はっきり分からないけど、みんなには3か4の間くらいって言われるよ」
「はっきり分からない力もあるんですか」
まぁ、便宜上、だし。
「ううん、私の力は、この世界のものじゃないから」
「・・・・ん。え?それは・・・」
「実は私、異世界から来たの」
そう言ってミントは若干恥ずかしそうに笑顔を見せる。
異世界・・・って。
「えへ、驚くよね。でも全く分からなくはないでしょ?特に聖みたいな年代の人達はゲームとか映画とかでよく見てるだろうし」
何だ何だ!?ピュアかと思ったら不思議ちゃん系なのか?どこかの星からやって来た的な。
「でも、ゲームは、ゲームだし」
現実じゃありえない、だからゲームなのに。
「組織に居れば自由に異世界への扉を使えるし、気が向いたら聖も異世界に行ってみるといいよ」
「え・・・」
何だこの、全く冗談っぽさのない空気。・・・いやだって異世界なんて・・・。てか組織に居れば自由に異世界に行けるって、なんじゃそりゃ。
「あ、ユウジ」
ホールに戻った時、親しげにミントはそう呼びながらとあるテーブルに歩み寄っていく。
「珍しいね、ミントさんが特訓を手伝うなんて」
「テロリストにやられちゃったっていうから、何か力になれればと思って。聖、紹介するね?この組織のリーダーのユウジだよ」
えっリーダー。
「どうも」
明らかに僕と同年代に見えるユウジはそう言って、少し気の抜けたような穏やかな笑みを浮かべたが、しかしそれがまた実力の一端を垣間見せたような気がした。
「覚醒したとこ見てたよ。面白い力だね」
「そう?動物のDNA情報をラーニングして体を強化するんだ」
「なるほど。1つの力なのに、まるで複数の力を持ってるみたいだ。それに、もし巨大生物のDNAをラーニングしたらもっと面白いかもね」
うわ・・・。すごいな、見掛けに依らずに、鋭い。
「実はね、最初から、巨大生物が目当てなんだ。ゴリラとかはあくまで護身用でね。巨大生物のDNA情報をラーニングして、しかもそれを複数同時に発動したらどんなに強くなるんだろうって思って。僕そういう育成ゲームとか好きでさ」
するとユウジはリーダーらしい威厳もない、気の抜けたような穏やかさを見せたまま、感心するように笑みを深めた。
「じゃあお目当ての巨大生物はもう決めてるのかい?」
「それはまだ。ストック出来る数は限られてるから。ニュース見たりしていいなって思うのはいるけど」
1つの能力で大きな可能性のある力、それが聖の特徴ですね。
ありがとうございました