魔王の目覚め
・・・ふぅ。うん。何となく分かる。心の中なのか頭の中なのかは分からないけど、“ストックされてるという感覚”。
「お?今何かやったよな?何したんだ?」
「まだ終わってないよ?次はあっちだね」
満員ではないからこその風通しのいい居心地の中、何となく親子連れやカップル、そして遠くの3人組の不良っぽい高校生くらいの男性達に目を留めていく。
「でもさすがに1度も協力しないのはアレだしさ、初心者向けのテロリストをさっさと倒したらやっぱり戦うのは怖いからとか何とか言ってチームを抜ければいい」
「でも凶悪犯なら普通に賞金って付けられてるんじゃないかな」
「ああ、それもそうか。じゃあ南原さんお金貰ってんのかな。んー、それならまぁ、モチベーションになるか」
次に足を止めたワシの前で、何となくワシと見つめ合う。
「さあ聖選手、手を伸ばすのか、見過ごすのか。手を伸ばすのか、見過ごすのか。手を伸ば」
「いや伸ばすわっ」
きっと、ワシには僕が何してるのかなんて分からないんだろうな。
ワシが可愛らしく首を傾げる中、そして手に伝わる振動を噛み締める。
「俺が推測するに、コピーだろ?後で変身するんだろ?」
「べ」
「ふっ図星だな。・・・てか今、“え”を噛んだよな?」
「あと1つだからさ、まぁ待っててよ」
「いかにも強そうなゴリラだろ?そんでいかにもスピードって感じのワシだからなぁ、次はじゃあ・・・海系だな。そうすれば陸海空揃うし」
「いやいや、実際さ、海で戦うシーンってそう無くない?」
「ああそうか・・・」
いつものように他愛ない話をしながら、そしていよいよ両生爬虫類館に足を踏み入れる。いよいよセットアップが完了する、そのわくわくは他の展示動物など忘れさせ、まるで買うと決めたものが目の前に置いてあるかのように真っ先にその動物へと足を向かわせた。
「ははーん。なるほど」
ニヤつく究に自信を見せつけるように微笑み返し、カメレオンに手を伸ばす。
よし。これで一応、スタートラインだな。
「とりあえず早く試そうぜ?俺も昨日寝る前にちょっとやっただけだし。もっと試したい」
「うん──」
外に出たとき、ふと先程見た不良っぽい3人組に再び目が留まる。
「──とりあえずここから出ようよ」
「あ?ぶっ飛ばされたいのか?」
・・・ん?
気が付けば3人組は1人増えていたが3人と1人の間には明らかに重たい空気が流れていて、それでもただの喧嘩みたいなので気にしないで行こうと思ったその時、3人の方の声を上げた男性が突如その右腕を燃え上がらせた。
おや・・・能力者・・・。
「聖」
すると今度は1人の方の男性の背中から雷光のように光るヘビのようなものが出てきて、3人に威嚇した。
おやおや、こっちも能力者・・・。
「聖、面白そうだな」
「こらこら、普通の喧嘩でしょ」
「ふふっ、普通の喧嘩ね。でも物より人の方が試しがいがあるだろ。・・・おーい」
え!?ちょっと、いきなり・・・。
すでに究は走り出して4人に話し掛けてしまっていて、4人はすでに究に顔を向けてしまっているので、仕方がないので究についていく。
「能力者ならあんまり暴れない方がいいんじゃないか?」
「あ?何だよお前」
「ちょうどいい、全員まとめてかかってこいよ」
腕を燃やす男性に応える間もなく、雷光のヘビを従える男性がそう口を挟む。
「ムシャクシャしてんだこっちは。お前らみたいな不良ならサンドバッグになっても誰も気にしないもんなぁ?」
「はぁ?んだとコラ。それお前の方がよっぽどクズだぞ」
腕を燃やす男性がそう言い返すと、雷光のヘビを従える男性はバカにするような笑い声を上げた。
「お前らなんかロクな社会人にならねぇだろうが。そんで嫌な事とかあったら能力使ってストレス発散すんだろ?」
「か、勝手に決めすぎだろ。てかそれ、お前じゃん」
何だろう、不良っぽい3人組よりもそっちの人の方が悪く見える。
「ハッそうだな、お前らはどうせオレみたいになるんだ。なら尚更文句言えねぇよな?不良な奴はもっと不良な奴にボコられる。それが世の中ってもんだ」
「相手してやってもいいけど、俺達、テ、テロ鎮圧専門の能力者だぜ?な、仲間だって居る」
究、見切り発車感半端ないんだけど・・・。若干声震えてるし。
すると3人組は驚くような表情で究を見つめ、雷光のヘビを従える男性は好戦的で若干ヤバイ薄ら笑いを浮かべた。
「例えば!」
「えっ・・・そ、あの・・・この前ニュースでインタビュー受けてた、南原さん」
顔を見合わせた3人組が「あ~」と頷き合う中、すると雷光のヘビを従える男性の薄ら笑いが驚きと怒りに染まった。
「マジでちょうどいいじゃねぇか、知り合いの知り合いがそいつにやられてこっちはムシャクシャしてんだ。ガキだろうと関係ねぇ、ぶっ潰してやるよ」
知り合いの知り合いって、遠い・・・。
「いいのか?5対1だぞ?」
「・・・・・・・えぇえっちょ俺ら能力者じゃないんだ。能力者はコウタロウだけ」
「えっ、そ、まいっか、3対1でも十分だ」
「な、何だよ。俺、戦わねぇぞ。俺ら、絡まれただけだもん」
「えちょ──」
「い、行くぞ」
全力疾走で逃げていく3人組から、究がゆっくり僕に目線を流してくる。
行っちゃった・・・。
「何よそ見してんだ!」
飛び掛かってきた雷光のヘビが究にぶつかるその直前、その勢いは突如として生じた“氷の壁”によって打ち消され、更にまた直後に正に氷が砕けるような音と共に突如として空中で氷が弾け、雷光のヘビは跳ね返される。
「いいぞスランバー」
「何それ、まさかそれが魔王の?」
気が付けば究の目の前には野球のボールほどのクリスタルのような青白い物体が浮いていて、そう聞くと究はまるでそれが答えだと言わんばかりの笑みを見せた。
「これが俺の『戦闘魔晶』のスランバーだ。見ての通り氷属性のね」
おお!あの戦闘魔晶が、リアルに。でも名前は究のオリジナルだよな。
「要はお前、こいつと同じだな。自分は戦わずに攻撃も防御も相棒に任せる能力。でもそれ、人間の方は生身で弱点丸出しって事だろ」
「お前、『セランベル・ファンタジー』やった事ないのか?」
「ゲーム?しねぇよ」
「だったら見せてやる、来いよ」
自信に満ちたような笑みで究がそう言うと直後、雷光のヘビは瞬時に3倍ほど太くなり、輝きも増した。
うわぁ、究、大丈夫かな。
「ガキが」
「スランバー、シールドに徹しろ」
再び雷光のヘビが飛び掛かってきたもののスランバーは氷の壁を作り出し、衝突点の空中からは音と共に砕けた氷が散らばる。続けて雷光のヘビが胴体から連続的に電気を飛ばすも、それらも尽く空中の散氷と化していく。
「守るだけじゃ意味ねぇぞ?オラオラ!」
「スランバー!」
するとロケット花火のようにスランバーは雷光のヘビへと体当たりし、衝突点では盛大に氷片が散らばる。その氷片はまるで割れた窓ガラスの破片が2階から降ってくるかのように雷光のヘビを従える男性に降りかかり、その瞬間、究は走り出した。
「ナックルブリザード!」
拳自体は男性の手前で空を切るのだが、同時にその拳は横殴りの吹雪を一瞬だけ生み出し、その衝撃音が轟くほどの風速に男性は思いっきり吹き飛ばされる。
うわ、すごい、しかも技の名前までコピーしてるし。
「俺の力はセランベル・ファンタジーに出てくる『魔王』だ。“相棒に任せるんじゃなくて相棒と共に戦う”んだ」
「くそ・・・」
ふらふらと立ち上がる男性の疲弊感にリンクするように、心なしか雷光のヘビも元気が無いように見える中、ふとそこに妙な沈黙が訪れる。
「ん?」
「南原の野郎仲間作ったのか。覚えてろ、こっちだってまだまだ仲間居んだ」
それから動物園を後にした時、まるでアトラクションを乗り終えた達成感でも噛み締めるように、途端に究は笑顔を溢した。
「いやぁー、はは・・・いいね、魔王、最高だ。ほんと能力者っていいな。魔王でヒーローになるってのも面白いし」
「さっきまでモチベーションとか言ってたのに」
「いやそれはさ、実際に悪い奴を倒せた経験が無かったから言ってただけだから」
「ふーん」
「聖も見せてよ。セットアップ終わったんだろ?」
「うん」
何となく周りを見渡し、人気の無い場所に移動してからそして、体に力を込めた。息を吸いながらとか吐きながらとかじゃなく、意識すればスイッチの切り替えみたいに体が変わっていく。ふと自分の腕を見れば、それはもう人間のものではない。黒い毛並み、パンパンに太い指、それは正にゴリラだ。
「あれだな、何か骨格は人間で見た目だけゴリラって感じだな」
「そりゃそうだよ。僕の力はコピーじゃなくて『DNAラーニング』だからね」
変身を解くと洋服も元通りになってる事がふと気になった。
「ラーニングって、同じだろ?」
「違うよー。コピーになると“そのものになる”けど、僕のは人間というベースの上に“DNA情報を重ねる”んだ。だから骨格は変わらないんだよ。ドラゴンか竜人族かみたいな感じ」
「ふーん」
初めて力を使ったその感覚は、家に帰った後でも何となく残っていた。自分の部屋のベッドに寝っころがり、我ながらベタな感じで天井に向かって手を伸ばす。
動物園じゃ何も出来なかったなぁ。魔王が強すぎたってのもあるけど、やっぱりそもそも経験が無いから動けなかったのかな。
いつものような朝食卓、いつも見てるチャンネル、いつもと同じ6枚切りのパン。歯磨きを終えればパンをトースターに入れ、牛乳を一口。この日常さはふと能力者である事を少し不安にさせる。でもそれはきっと、まだ能力者としての場数が足りないだけなんだろう、そう思いながらトースターから飛び出たパンを取り出し、マーガリンをパンに塗る。
「今日友達と遊びに行くから」
「うん、行ってらっしゃい」
マーガリンを渡しながらそう言うと、母さんはマーガリンを受け取りながらそう応える。そんな時に誰かが2階から下りてきた。週末の朝食卓に早くつくのは大抵僕と母さん。次に兄ちゃんか姉ちゃん、そして最後に父さん。
「今日帰り遅くなるかも、終電逃したら朝には帰るから」
姉ちゃんか・・・。
ダイニングに下りてきた矢先にそう言うと姉ちゃんは足早に、しかしいつものように食器棚の中にある箱からコーヒーのドリップバッグを取り出す。
「何するの?」
「普通に友達と遊ぶだけだよ。ボーリング行ったりカラオケ行ったり」
「無理して夜中出歩くくらいなら朝帰ってきた方がいいんじゃない?この前だって瑠歌ちゃん職務質問受けたんでしょ?」
「うん。まあそうね」
家の近くのいつもの場所で究と待ち合わせ、それから共にプラタナス公園に向かうと、決められた時間にはまだ少し早いがすでにそこには凉蘭の姿があった。
「よう、早いね」
究が話しかけるが、初めて話すからか究だからなのか、凉蘭は笑みも浮かべず頷く。
「・・・地元だし、近いから」
「へー、俺らと同じだな。まさか同じ学校じゃないよな」
「それはない、女子校だから」
「え、そっか。あのさ、その女子校にも能力者多いの?」
「多く、はない。何人か居るけど」
「もうどこの学校にも能力者って居るんだろうなぁ」
若干の人見知り感が漂う微妙な空気の中、やがて遠くに春隆が見えてくると何となく気が楽になり、同時に何となく名残惜しくもなった。それからみんなが揃うと、特訓へのわくわくは初めて集まった時のお腹のチクチクもまた一緒に連れてきた。
「特訓を始める前に、それぞれ能力の自己紹介をして欲しいんだけど、その前に能力について、結構大事な話をする」
結構大事なのか・・・。
「おーい」
明らかに僕達に声をかけたので振り返るが、そのどこか印象の悪い男性には全く心当たりが無く、しかし空気が止まったこの場でふと見た春隆の顔は、明らかに知ってる人を見る表情だった。
「南原春隆、懲りねぇ奴だな」
「何だよ・・・センゴク」
顔見知りっぽいみたいだけど。
「こっちだって、お前の事は多少はリサーチしてんだ。だからこうやって待ち伏せてやったんだ」
「待ち伏せだ?はは、なら何故、わざわざ俺が1人じゃなくなった時を狙ってきたんだ」
「また、チームごっこをぶち壊しに来た、と言えば分かるか?」
春隆の強気な笑みにも勝るくらいのセンゴクの敵意溢れる笑みとその言葉に、春隆の笑みは途端に消えた。
「言っとくが、先に始めたのはそこの高校生共だって聞いたぜ?」
指を差された僕と究に、春隆達が目を向けてくる。半信半疑や驚きといった表情と共に伺えるその刺さるような眼差しは、もしかしたらやってはいけない事をしたのかも知れないという罪悪感を覚えさせたと同時に、ふと雷光のヘビを従える男性の最後の言葉を思い出させた。
「セランベル・ファンタジー」
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ありがとうございました