愛は降り注いで
右京たちは、さっそく列の最後尾に並んだ。
「実は拙者、ここの放課後レストランで、演奏のバイトをしてるでござる」
右京は源次郎の方へ驚きの顔を向けた。
「おう、すげぇじゃんか!」
「地球で生きてる時から、音楽は好きでござったよ」
源次郎は背中に背をっているものを見せて、
「この竪琴も、向こうの世界から持ち込んだものでござる」
「やりてぇこと、見つかってたんだな」
感心した右京を前にして。
源次郎は遠い目をし、昔話を始める。
「拙者が生きていた時代は、戦争ばかりでござった。音楽なんていう、芸術を突き詰めることは難しかったでござる」
右京は傾いてゆく夕日を眺めながら、
「いつ、生きてたんだ?」
「アレクサンダー大王時代でござるよ」
「あぁっ!?」
右京はびっくりして、夕日から源次郎へ視線を戻した。
「すげぇ昔っからいんだな」
「さようでござるか?」
源次郎は別に驚いた様子もなく、
「安斎先生の生きている時間に比べれば、大したことはござらん」
天使の笑みをたたえた悪魔を、ふと思い出して。
右京は複雑な顔をした。
「そう……だな」
その時。
長蛇の列の隣りを、大きな箱を抱えながら。
大きな耳をフサフサ揺らし、入口に向かって進んでゆく、ゴールデンレトリバーが通りかかった。
二足歩行で、首には赤い三角巾を巻いている。
箱からは、ネギや大根の葉が飛び出していて。
右京は、通り過ぎたゴールデンレトリバーの大きな背中を眺め、
あいつが料理作んだな。
どんなのが出てくんだろうな?
想像しようとすると、自分の何人か前で。
ゴールデンレトリバーを引き止めた生徒がいた。
「これ、緑君に渡して欲しいんだけど……」
小さなタッパーを差し出し、フタを開けて見せた。
右京からは何が入っているのか見えないが。
ゴールデンレトリバーは目を輝かせた。
「これ、ホッポリー産じゃないか!?」
「今日のために手に入れてきたんだ」
「何かあるの?」
「今日は特別な日になると思うんだ」
意味深な言葉が聞えたが、ゴールデンレトリバーは特に聞き返すこともなく。
自信たっぷりに、大きくうなずき返した。
「わかった! 最高のものを作るよ」
タッパーは箱の中に入れられ。
尻尾を振りながら、遠ざかってゆく犬族の生徒を見送りつつ。
右京はなぜか、声をかけた生徒が気になった。
列から少しはみ出して、うかがう。
そこには、金色がかった銀髪の少年の後ろ姿が。
制服など存在しない、この学園で。
学ランを着ている。
地球からきたばかりの右京は、生前通っていた学校の制服が学ラン。
そのため、今でも学ランを着ているのだが。
自分以外に着ている生徒に会ったのは、初めてだった。
「ーー実は……」
源次郎の声で現実に引き戻された右京は、列に戻りながら、
「おう?」
「神崎殿にうかがいたいことがあったでござる」
「おう、何だ?」
「日本語のことでござるが」
「おう」
「候とは、どのような時に使うのでござるか?」
「あぁ?」
現代語ではなく、古典。
右京は首を傾げ、考え出した。
勉強しただろ?
あぁ~っと、あぁ~っと……?
確か……。
「丁寧な……言い方する時じゃねぇか?」
「ござるとは、どう違うのでござるか?」
「あぁ~っと……?」
右京は素直に頭を下げた。
「すまねぇ。オレが使ってた言葉より、古ぃから、よくわかんねぇんだ」
「さようでござるか。やはり、日本語は難しいのでござるな」
源次郎が納得すると、良い匂いが漂ってきた。
右京は鼻をひくひくさせながら、ある食べ物を思い浮かべる。
丸くて。
ところどころ真っ赤で。
ふんだんに使われたハーブ。
濃厚で、香ばしい香りーーピザ。
食べ物の輪郭がはっきりすると同時に、右京のお腹がググーッと鳴った。
「腹減った……」
「もう少しでござるよ」
源次郎がそう言うと、列が動き始めた。
ーー中に入った途端。
右京はどこにいるのかわからなくなった。
学校の教室。
そのはずなのに。
どこかの高級レストランにいるようで。
温かいオレンジの光を放つ、たくさんのシャンデリア。
中世ヨーロッパ風の、上品な装飾品の数々。
綺麗に飾られた花々。
清潔な白いテーブルクロス。
ピカピカに磨かれた銀の食器類。
おまけに、優雅なクラシック音楽まで。
中央奥のステージで、生演奏されていた。
右京が見とれていると、
「ーー今日もよろしくね」
不意に聞こえた声に気づいて、振り返ると。
コック帽をかぶった少年と。
廊下で呼び止められていたゴールデンレトリバーがいた。
彼らに声をかけられた源次郎は、にっこり微笑んで、
「神崎殿。こちらは、藤沢 緑殿でござる」
人族の方を指し示した。
水色のサラサラの髪がコック帽から少しだけはみ出ていて。
瑠璃色の瞳には、揺るぎのない自信が感じられた。
次いで、源次郎はゴールデンレトリバーの方を向いて、
「こちらが、シャッシャ スカンディリア ガルデアーノ ルクトゥル アンダンソ ピリヤーノ2世殿でござる」
右京が素早く動いた!
「いやいや、長すぎだって!」
ゴールデンレトリバーはくすっと笑って、こんなことを言う。
「だから、みんな、僕のことを渚って呼ぶんだ」
「いやいや、どこもかぶってねぇじゃねぇかっ!」
ゲラゲラ笑い出した右京の耳に、源次郎の声が。
「このレストランを切り盛りしているメンバーのうちのふたりでござる」
「おう、初めまして」
右京が気さくに右手を差し出すと。
緑はコック帽を取って、その手をしっかりと握った。
「初めまして」
そして、こんなことを言う。
「ピザだね」
「あぁ?」
不思議そうな顔をした右京をじっと見据えたまま。
緑は自信満々で、
「君の食べたいものは、ピザだろう?」
「な、何でわかんだよ!?」
ズバリ言い当てられた右京は、びっくりして大声を上げた。
緑はコック帽をかぶり直して、
「シェフだからね、これくらいは当然だよ」
得意げな緑を前にして、右京の期待は大きく膨らんだ。
「すげぇな……」
「それじゃ」
緑たちは仕事に戻るため、足早に去っていった。
源次郎は右京の方へ向き直り、
「さて、拙者も仕事でござる」
「おう、楽しみにしてるぜ」
「ありがとう。では、行って参る」
ステージの方へ向かってゆく源次郎の後ろ姿を見送り。
一人残された右京は、列に並びながら。
シェフたちの働きぶりに見入っていた。
テキパキと無駄なく動き。
お互いの作業をカバーし合う。
さまざまな料理が次々と仕上げられてゆく。
何よりも、右京の心を引きつけたのは。
そこで働く、みんなの笑顔だった。
マジで好きでやってんだな……。
すげぇな。
オレも早く、自分の好きなこと見つけてぇな。
そう思って、視線を手前へ下ろすと。
出来上がった料理がずらりと並べられていた。
右京はフロアの方へ振り返り、あちこち見渡す。
忙しそうに、料理を運んでいるウェイターやウェイトレス。
まだかまだかと、料理を待っている生徒たち。
そして、何も運ばれていないテーブル。
右京は再び、料理へ顔を戻して。
料理を作るスピードと、運ぶスピードのバランスがとれていない状態。
それは明らかだった。
右京は小さな声で、
「いいのかよ? これで……」
湯気の上がっている料理をじっと見つめ、彼は決心する。
「手伝うかっ!」
学ランをさっと脱いで。
忙しそうに動いている緑に、右京は、
「これ、どこ、持ってけばいいんだ?」
緑はふと手を止めて、少し驚いた顔をした。
「……手伝ってくれるの?」
右京はフロアの方をちらっと見て、
「待ってるやつがいんの、黙って見てられねぇからな」
「ありがとう!」
緑はとびきりの笑顔で応え。
急に、厳しい目つきに変わった。
「まず着替えて。きちんとした格好で、おもてなししないとね」
プロ意識を見せた緑に、右京は大きくうなずいた。
「おう!」
手早く着替える。
黒のベストを羽織り。
同じく黒のロングエプロンを、きっちり腰に巻き付けた。
動かしていた手を不意に止め、軽く目を閉じる。
呼吸を調え、気持ちを引き締める。
再び目を開け、右京は銀のトレイをさっとつかんだ。
「よし! やるぜっ!」
そして、忙しそうに働いている緑達に聞こうとする。
どの料理を、どのテーブルへ運ぶべきなのかを。
だが。
右京は声をかけなかった。
視界の端に、テーブルのひとつが印象的に映った。
彼の中で、何かがピントを合わせ始める。
「これか……」
右から3番目に置いてあった、太陽のように赤いミネストローネをトレイに載せる。
フロアの客を一人一人見ていきながら、次々に料理を載せてゆく。
あっちはクラブサンドだろ?
そっちは点心だ。
で、ストロベリーサンデー……と。
「よしっ!」
右京は背筋を伸ばし、銀のトレイを片手で器用に持ち上げた。
歩き出そうとする彼の脳裏に、数字が浮かぶ。
あっちが最初だな。
フロアの間を、滑るように進んでゆく。
初めてなのに、トレイの上の料理は横滑りすることもなく。
鮮やかなトレイさばきで、右京は働き始める。
フロアの端で、ぼんやりしている人物を見つけた。
ルームメイトのミハイル ハインリッヒ。
料理に手を付けずに、ぼうっと宙を見つめている。
どこか、別世界へ行っているようだ。
おう?
絵のことでも考えてんのか?
うかがいつつ、右京は最初のテーブルへ到着。
自然な動きで、ミネストローネを差し出し、
「お待たせしました」
普段の彼とは思えない、丁寧な言葉で言った。
「ありがとう」
狼が毛深い手で、皿を受け取ると。
赤いフード付きの服を着ていた少女が顔を上げた。
「あら? 神崎君」
「おう、坂口」
右京は理奈の服装を見て、隣りの狼を横目で追って。
「赤ずきんちゃんか? それ」
「そうよ~」
『赤すきんちゃん』のコスプレをしている理奈は、頬杖をつきながら微笑んだ。
「似合ってるわね、ウェイター姿」
「おう、サンキュウな」
右京はさわやかに笑って、
「クリームソーダ、追加でお願いね」
「おう」
注文をひとつ受けて、右京はテーブルを離れる。
次に、ストロベリーサンデーを待っている人のところへ。
近づいてゆくと、そのテーブルには異様な雰囲気が漂っていた。
迷彩服を着た数人が腰かけーー乗っ取られ。
まるで、戦場のようだった。
それぞれ、武器の手入れをしている。
「お待たせしました」
右京がストロベリーサンデーを差し出すと。
右手前にいたきゃしゃな体つきの人ーー艶矢が顔を上げた。
「ありがーーあぁ、神崎」
そこまで言って、艶矢は右京の服装をまじまじと見つめた。
「バイトか?」
「まぁ、そんなところだ」
照れたように笑った右京へ、さっそく注文が。
「僕も雁来さんと同じもの」
「あたしも」
「俺も」
「おう! ストロベリーサンデー3つ追加な」
元気よく注文を受けて、右京は次のテーブルーー熱々の湯気が上がる、点心を食べたがっている人の元へ。
近づいてゆくと。
むせ返すような、アルコールの匂いが広がった。
「お待たせーー」
右京が点心を差し出そうとすると。
しゃがれた女の声で、
「神崎! 酒だ、酒っ!」
大量の空のグラスに囲まれた校長ーーステファンがいた。
「それに、肉、早く持ってこい!」
グラスのまわりには、積み重ねられた皿が、これまた大量に置いてあった。
ステファンの左隣では、ボルグががつがつと、怪獣みたいにステーキを豪快に食べていた。
右隣にいるニコライザは、何も話さずに、ただただモクモクと口を動かし続けていた。
食い散らかされているテーブルを見て、右京は言葉を失った。
「……」
「点心、ありがとうございます」
右京は我に返って、
「お、おう……」
安斎は点心を受け取りながら、
「いつものことですよ。うふふふふっ……」
天使のような悪魔の彼が、今はとてもまともに見えた。
骨付き肉にがぶりと噛みついて、ステファンが大声で、
「ニコライザ、注文取りにきたぞ!」
無心で食べていたニコライザは、口の中のものをごくりと飲み込んで。
とびきりの笑顔で、こんなことを言った。
「フライドチキンっ!?」
辺りをキョロキョロ見回し、首を傾げた。
「ん? ステーキだけだね……??」
右京はゲラゲラ笑って、
「いやいや、取りにだって。何、聞き間違えてんだよ!」
「ダック?」
ニコライザはますます不思議そうな顔をした。
さらに、右京がツッコミを入れようとすると。
ステファンが、
「いいから、オーダー」
「おう」
右京は一瞬にして、ウェイターの顔に戻った。
ステファンは気だるく、
「ステーキ50皿、ラムチョップ30個」
「いやいや、どんだけ食うんだって。っつうか、そんなに在庫ねぇだろ!」
ガツガツ食べていたボルグが、顔をさっと上げ、きっぱりと。
「いや、ある」
「あぁ?」
自信満々で答えたボルグの方へ、右京はぱっと振り返った。
「牛3頭、羊10頭。俺がさっき買い付けてきた」
「それ、何人で食う気だよ?」
「3人だ」
「いやいや、多すぎだって!」
きょろきょろしていたニコライザが、言葉を挟んだ。
「それ、葉っぱだよね? 食べられるの?」
「いやいや、杉じゃねぇって!」
右京がそう言って、またボケとツッコミがリピートし始める。
「え? 根っこ?」
「いやいや、どんな聞こえ方してんだって!」
「あぁ~、天ぷらだね?」
「いやいやーー」
さらに突っ込もうとする右京に、ステファンのしゃがれた声がぴしゃり。
「神崎、ビール、4つ」
「お、おう……」
右京とニコライザのやり取りを、さっきから黙って見守っていた、安斎は天使の笑みで見送る。
「うふふふっ。神崎君、頑張って下さいね」
「おう!」
右京は力強くうなずくと、再び仕事にとりかかった。
フロアを移動し始め。
視界の端に移った、ミハイルをうかがう。
すると、さっきと同じ格好で、まだぼうっと遠くを見つめていた。
あいつ、どんだけ考えてんだ?
料理冷めちまうーー
そこで、現実にふと引き戻されたように。
ミハイルはベーグルサンドを手に持って、一口かじった。
そのまま食べ続けるのかと思いきや。
ベーグルサンドを再び皿に置いて、また遠くを見つめた。
「あいつらしいな……」
優しい表情に変わった右京に、気取った声がかけられた。
「やぁ、神崎君」
「おう?」
右京が視線を落とすと。
優雅に足を組み、貴族服を着たスプラッタが歯をキランと輝かせていた。
右京はニヤニヤする。
他のテーブルにはないものが、そこにはあったからだ。
真紅のテーブルクロス。
燭台。
ワインクーラー。
真っ赤なバラでいっぱいの花瓶。
持ち込み品で、溢れていた。
右京は突っ込みたい気持ちを、ぐっと堪え、
「お待たせしました」
そう言って、クラブサンドを差し出した。
「ありがとう」
スプラッタはそう言うと。
手元に綺麗に畳んでであったナプキンを、ぱっと広げ。
胸元に端を差し込み、よだれ掛けのようにした。
クラブサンドを小指を立てつつ、掴み。
一口、上品に食べた。
「う~~ん、絶秒なバランスだね。この、ディルとキュウリを合わせるところなんて。さすが、緑シェフだ」
口元をナプキンで綺麗にふき取り。
スプラッタはワイングラスを高々と掲げ、
「君の輝かしい未来に乾杯っ!」
「何の脈絡もねぇじゃねぇか!」
右京はゲラゲラ笑い出した。
スプラッタは真顔で、
「そうかい? ミハイル君に聞いてみると、いいんじゃないかな?」
「ミハイル……?」
右京が天才画家を見ると。
ちょうど顔を上げた、ミハイルと目が合った。
のんびりと右手を挙げ、手招きしている。
すぐに聞きに行こうと、右京は思ったが。
スプラッタが引き止めた。
「神崎君、生ハムとチーズの盛り合わせを頼むよ」
「……お、おう」
右京は我に返って。
ミハイルへ向かいながら、空いた皿やグラスを下げてゆく。
そうして、壁際の席に座っているミハイルのところまでやって来た。
テーブルの上のベーグルサンドは、一口かじられたままで。
のんびり、にっこり微笑んだミハイルは、
「神崎君、これあげる」
「おう?」
手元に広がっていた紙を、ミハイルはすくい上げて、
「君のこと考えて、描いた」
「あぁ?」
A4程の大きさの紙を受け取り、右京はその絵を見つめる。
そこには、自分を中心として、楽しそうに微笑む、4人の姿が映っていた。
若い男女ふたりと。
その前の左側には自分。
そして、その右隣には……。
「こいつって……!?」
右京は学ラン姿の生徒を必死になって探そうとしたが。
突如、ライトが消え。
ステージから、美しい竪琴の音色が聞こえてきた。
引きつけられるようにそちらを見ると、源次郎が古代ギリシャの服に着替え、弦を滑らかにはじいていた。会場中は静まり返り、みんな、その音色に聴き入った。
右京もしばらく聴いていたが、ふと思い出し、
おっと、注文もらってんだろ。
伝えに、一端戻らねぇと。
右京は素早く、緑シェフたちがいる厨房へ戻ってゆく。
ステージの演奏を邪魔しないように、かつ足取りは軽やかに。
右京はなぜか、上機嫌だった。
厨房へ着いた彼は、食器を所定の場所へ片付け。
今まで聞いたオーダーを正確に。
しかも、順番を間違えずに伝えてゆく。
クリームソーダひとつ。
ストロベリーサンデー3つ。
ステーキ50皿、ラムチョップ30皿。
ビール4つ。
生ハムとチーズの盛り合わせ。
そこまで言うと。
厨房にいたシェフたちから、歓声が巻き起こった。
「すごいね」
「神崎君、やるね」
「天職だな」
「おう?」
何を言われているのかわからない右京の前に、渚が耳をふさふささせながら歩み出てきた。
「初めてなのに、ここまで出来るなんて。しかも、オーダーを間違えずに言えてる。感動したよ」
茶色の毛の手を差し出し、右京に握手を求めた。
「……おう、そうか」
右京が手を握り返すと。
背後から、緑が顔を出して、
「神崎君、ウェイターの資質あるんじゃない?」
「おう……?」
思っても見ないことを言われて、右京はさっきまでの自分を思い返した。
フロアの方へ振り返り。
なぜか、どのテーブルに何を運べばいいのかわかった。
注文を何一つ忘れずに伝えられた。
フロアを移動する時も、空いた食器を片付けながら移動していた。
そして、何よりも楽しい気持ちがあった。
右京は再び厨房へ顔を戻し。
シェフたちを見渡す、全員大きく、力強くうなずいた。
右京の顔が見る見る輝いてゆく。
「……おう、そうか。オレ、見つけたんだな。やりてぇこと」
緑は身を乗り出して、
「ここでアルバイトしてみる? 僕たちは歓迎するよ」
「おう、頼むぜっ!」
シェフたちは拍手をして、再び仕事へ戻る。
次々と出来上がった料理を、右京は嬉しそうに運んでゆく。
「お待たせしました。ナポリタンでございます」
「ありがとう、神崎君」
普段、隣の席から聞こえてくるーーガンダーラの声が返ってきた。
右京が蛇少年の前へ皿を置くと。
あらかじめ置かれていた、フォークとスプーンが宙に浮いた。
手足のないガンダーラ少年は、念力で全てを行う。
パスタを巻こうと、フォークとスプーンが動き始めたが、不意に止まった。
ちょうど、両手があるかと思われる位置まで戻り。
右京に向けられた、その視線の意味を感じ取ったカリスマウェイターは。
「粉チーズを、是非どうぞ」
「ありがとう」
ガンダーラがそう言うと、宙に粉チーズの容器が浮いた。
パパッと、白い雪が。
鮮やかな赤いパスタの上を白く染めてゆく。
存分にかけ終えたガンダーラは、ふと顔を上げ。
何か思い出したように、
「そういえば、そろそろ来るんじゃないかな? カンブラ君」
「あぁ? 菫か?」
確かに、フロア中を歩いたが、占い師見習いは何処にもいなかった。
「少し先の未来のことは、誰にでもわかるよ」
ガンダーラが悪戯っぽくウインクすると。
右京のすぐ側に、突如人が現れた。
「おう?」
そちらを見ると。
水晶を抱えた、占い見習いーー菫が立っていた。
「右京君! ミドルネームがいいよ」
「はぁ?」
まったく意味のわからない言葉を突然言われて、右京は思いっきり聞き返した。
ナポリタンで口をいっぱいにしていたガンダーラが、くすくす笑い出した。
「カンブラ君、ずいぶん慌ててるね」
「あ……そうか」
気まずそうな顔をした占い師見習いに、
「菫、ミドルネームってーー」
右京が聞き返そうとすると。
にわかに、辺りが暗くなった。
「おう?」
一筋の光が差し込んでくる。
そちらへ振り返ると。
ステージ上で、シベリアンハスキーが華麗なスティックさばきで。
乗りの良いドラムを叩き始めた。
会場から拍手が巻き起こる。
次いで、重低音が混じってきて。
スポットライトがもうひとつ加わった。
「ピュ~ッ、ピュ~ッ!!」
口笛が、客席のあちらこちらから飛んでくる。
そこへ、鮮やかなメロディーが奏で始められた。
またひとつ、スポットライトが現れ。
鎧兜に着替えた源次郎が、キーボードを弾いている。
右京は感心する。
「何でも出来んだな……」
歓声がさらに大きくなり。
それを待っていたかのように、キュイ~~ンとエレキギターが鳴り出した。
スポットライトがぱっと差し込むと。
ホワイトタイガーがノリノリで、ギターをかき鳴らしていた。
次第に、客席から、ある名前が揚がり始める。
「タンブル!」
「タンブル!」
拍手が最高潮になると。
ステージの中央に、一瞬にして、少年が現れたーー瞬間移動だ。
その子を見て、右京は思わず、
「あっ! あいつ……!」
レインボーカラーの衣装を着ている少年ーータンブルは。
さっき、廊下で並んでいる時に、渚に何かを渡している生徒だった。
リズムに合わせ、華麗なステップを踏み始める。
さらに、会場は盛り上がり。
口笛が、あちこちから飛んでくる。
右京は仕事も忘れ、自然と体でリズムを刻んでいた。
その様子を、キーボードを弾きながら、源次郎は満足げに眺めていた。
まるで、これから起こることを知っているかのように。
ステージ上で踊っていたタンブルが、突如フロアに下りて。
客席を歩き出した。
真っ直ぐ、右京のところへやって来て。
カリスマウェイターの手を取り、ステージの方へ引っ張り出した。
「あぁ? 何すんだって!」
抵抗する右京の方へちらっと振り返り、ダンブルは強くうなずいた。
「Let's dance!」
右京は引っ張られるまま、ステージに上げられ。
ウェイター姿で、所在なさ気に立っていた。
客席から、
「神崎~~!!」
「神崎君!」
「踊れ、踊れ!」
右京は客席に戸惑い顔を向け、
「あぁ? 踊れって……どうやってだよ?」
すると、トントンと肩を叩かれた。
「おう?」
振り返ると、タンブルが突然踊り出した。
自分の動きを真似しろと言わんばかりに。
右京が突っ立ったまま、それを見ていると。
客席からの拍手が一層強くなった。
何だか、右京もノリノリな気分になってきて。
とうとう、タンブルと同じダンスを、慣れないながらも始めた。
「いいぞ! 神崎」
「神崎君!」
右京は自然と笑顔になった。
タンブルがステップを変えると、右京もすぐに変え。
2人は息の合ったところを見せ始めた。
なぜか、ふたりの動きはぴったりで。
まるで、あたかじめ練習したかのようだった。
右京は心の中で、
すげぇな……。
こんなに気の合うやついんだな。
親近感を抱きつつ、右京は楽しく踊っていた。
ーー「すげぇ踊った……」
どさっと腰掛けた右京の側へ。
クリーム色のローブを着た菫が、ジュースを持ってやってきた。
「お疲れさま」
「おう、サンキュウな」
右京は一気飲みをして、プハ~~ッと大きく息を吐いた。
中途半端になっていた話を、再開しようとして。
「そういや、ミドルネームってーー」
言葉の途中で。
右京の目の前に、熱々のピザが差し出された。
「ーーお疲れさま、神崎君」
視線を上げると。
緑と渚を始めとする、シェフ全員が集まっていた。
渚が代表して、
「ありがとう。神崎君のお陰で、とても助かったよ」
「おう、よかった」
緑がピザを、右京へさらに近づけて、
「これは、僕たちからのお礼だよ」
右京は飛び上がって、喜んだ。
「うほっ! サンキュー!!」
そして、すぐさまキョロキョロし出した。
「ハラペーニョソースあるか?」
それを聞くと、なぜかみんな、意味あり気に微笑み合った。
「あぁ?」
右京が不思議な顔をしても、誰も答えることはなく。
親友である菫の方へ視線を向けた。
すると、占い師見習いは、にっこり微笑んで、
「ミドルネームの話だよ」
「だから、何だって?」
「ふふふっ……」
菫の代わりに緑が声をかけた。
「サンシェスタ君に言えば、分けてもらえるんじゃない?」
「サンシェスタ?」
右京が聞き返すと、菫が、
「さっき、一緒に踊ってた子だよ」
「おう、あいつか!」
ステージ近くのテーブルで、今まさにピザを食べようとしているタンブルを見つけた。
「カンブラ君、いつもの」
緑はそう言って、
熱々のマカロニグラタンを、菫に差し出した。
「ありがとう!」
右京と菫は、ハラペーニョソースを目指して。
客席という大海原を進んでゆく。
あと一歩というところで。
急に辺りが暗くなった。
「おう?」
そして、すぐさま。
ステージ上に一筋の光ーースポットライトが降り注いだ。
視線が集中した先には。
ロングドレスを身にまとった、お姫様が突如登場。
どう見ても、生徒ではない、大人だ。
髪は縦巻きカール。
銀のティアラを載せ。
水色のふんわりとしたドレスを着ている。
まるで、ディズニー映画に出てくるお姫様のようだった。
そして、突然。
両手を前へ広げ、
「出逢い、それは~~♪」
歌い出した。
「あぁ!?」
右京はぽかんと口を開け。
その隣りで、菫は何だか嬉しそうな顔をしていた。
「ふふふっ……」
女はくるっと回って。
ドレスの裾を、お姫様風に広げ。
とびきりの笑顔で、歌い続ける。
「幸せの出逢う場所~~♪」
そして、ステージから降りて、それぞれの客席を回り始めた。
「あなたとあなた~~♪」
ふたつのテーブルについている生徒ふたりを、それぞれ指差して、
「笑顔と幸せ~~♪」
一方の生徒の手を掴んで、女はもう一人の生徒へと近づいた。
「出逢いは出逢いを呼び寄せる~~♪」
生徒同士の手を握らせ、優しい笑みで、
「初めまして、こんにちはっ!」
そのセリフにつられるように、生徒と生徒は挨拶をし。
その場で、仲良く話し始めた。
女の歌はまだ続く。
「心躍る~~♪ そんな時~~♪」
そして、右京の目の前にやって来た。
「出逢いはすぐ側まで来てるわ~~♪」
女は右京のアッシュグレーの瞳をじっと見つめ、
「初めまして、こんにちはっ!」
なぜか、逆らえないものを、右京は感じて、
戸惑い、照れながらも、歩く頭を下げた。
「お、おう……初めまして…」
女は天使のように微笑んで、右京の持っていたピザの皿を。
彼の手からさっと取り、タンブルの座っているテーブルへ置いた。
そして、右京の両手を掴んで。
歌い声とは違う声で、こんなことを言った。
「さぁ、私が今日からママよ」
「はぁ!?」
思いっきり、右京は聞き返したが。
女は気にする様子もなく。
視線を下へ下ろし、右手でタンブルの手を取り、右京の手の上に乗せた。
右京とタンブルに向けられる優しい眼差しは、まるで自分の子供を見つめる母親のようで。
「あなたたちは、今日から兄弟よ」
「神崎君だったのか……」
タンブルは別に驚いた顔をしなかったが。
右京はびっくりして、大声で叫んだ!
「あぁっ!? 何、納得してんだって!」
そこで、突如、男の歌声が会場中に響いた。
「パパはここにいるよ~~♪」
ステージにスポットライトが当てられた。
銀の長いサラサラの髪の男が。
これまた、生徒ではない。
両腕を胸の前でしっかりと組み、腰を少し下ろした状態で。
右足と左足を交互に、器用に前後させていた。
右京はゲラゲラ笑いながら、
「いやいや、何で、コサックダンス踊ってんだって!!」
隣にいた菫は、思わず吹き出した。
「ぷぷっ! 面白い」
会場からも笑いが巻き起こる。
がしかし、男は気にした様子もなく。
さっと立ち上がって、さわやかに両手を広げた。
「さぁ、パパの胸に飛び込んでおいで!」
右京は目を大きく見開き、
「いやいや、意味わかんねぇって!!」
男は一瞬にして、右京のすぐ側に瞬間移動して。
「我が息子!」
そう言って、右京をぎゅっと抱きしめた。
「あぁっっっっ!? 何、抱きついてんだって!!」
さらに、女が抱きついてきて。
「さぁ、今日から、サンシェスタ家の一員よ」
「いやいや、何でーー」
右京はそこまで言って、菫の方へ首だけ向けた。
「ミドルネームって、このことか?」
「そう。右京 サンシェスタ 神崎がいいんじゃないかな? かっこいいと思うよ」
「いやいや、何で、勝手に決めてんだって」
タンブラは握っていた手を離し、首を横に振った。
「勝手にじゃない。これは運命だ」
「あぁ?」
今度は、タンブラの方へ、右京は顔を向けた。
「母さんが……」
そう言って、タンブラはお姫様ーーカトリーヌの方を見て、
「今朝、急に言い出したんだ。新しい家族ができるって」
「さすが、ママだね」
カトリーヌの肩を抱き寄せたのは、タンブルの父ーージルダだった。
右京ははっとした。
「っ!?」
ステージ上でやり取りを見守っている源次郎の姿を探した。
そして、夕暮れの中で、彼から聞いた言葉を思い返す。
『向こうの世界で生きている時とは違うことがいくつかあるでござる』
『これからすぐ起こることは、誰にでもわかるのでござるよ』
すぐ近くのテーブルにいたスプラッタへ顔を向け、
『君の輝かしい未来に乾杯っ!』
そして、ポケットから、ミハイルにもらった絵を取り出し、広げた。
そこには、確かに目の前にいる女と男。
そして、タンブルと仲良く4人で笑っている絵だった。
さらに、厨房の方へ振り返って。
緑、渚を初めとするシェフたちを見渡した。
「さっきの妙な間……」
右京の表情は急に優しくなった。
「みんな知ってたんだな……」
そして、源次郎のもうひとつの言葉が不意に蘇った。
『カンブラ殿は、特別でござる』
右京は今初めて、菫が最初に会った時ーー1週間前の。
あの意味不明な言葉の意味を理解した。
『とても良いことあるよ』
『君の望むことが叶うよ』
右京は親友ーー菫の方へ顔を向けた。
「あの時、菫が言ってたことって、これか?」
「そう」
「オレに家族が出来るって、あの時から知ってたってことか?」
菫はゆっくりと首を横に振った。
「違うよ」
「おう?」
「その時、右京君のとても嬉しそうな顔が……」
そこで、水晶を取り出した。
「……映ってたんだ。だから、とてもいいことが右京君に起こるってわかったんだ」
右京はタンブルの方へ再び顔を戻し、感慨深げに、
「運命……か」
そう言って、椅子にどかっと座った。
「ハラペーニョ、どんだけ好きなんだよ?」
「これがないと、食べた気になれないね」
タンブルはドバッとピザの上にハラペーニョソースをかけた。
辛くツーンとした香りが辺りに広がった。
それは、さっき廊下で話していたホッポリー産のハラベーニョだった。
右京は口の端を少し歪め、
「ふっ……」
と笑ったかと思うと。
タンブルと同じように、ドバッとピザの上へソース。
「オレもそうなんだよ。これがねぇと食った気になんねぇんだ」
タンブルと右京は同時に、ピザをがぱっとつかみ。
大きな口を開けて、半分ほどガブッと食いついた。
ふたりそろって、至福の時というように、
「うめぇ~~!!!!」
手に残っていたは半分をふたつに折りたたんで。
口の中へ押し込んだ。
どこまでも、同時に同じ行動をする、タンブルと右京。
タンブルはピザをごくりと飲み込んで、
「ダンスの息もぴったりだったね」
「おう!」
右京は勢いよく言って、少し照れた顔に変わった。
カトリーヌとジルダを交互に見て、
「これから……頼むわ」
カトリーヌとジルダは、子供を想う親の面持ちで、温かく微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくね」
「よろしく」
タンブルと右京はピザを一切れ、高く掲げて。
「ハラペーニョ兄弟誕生だ!」
「おう!」
右京が元気よくうなずくと、レストラン中から拍手が巻き起こった。
「おめでとう!」
「神崎君、よかったね」
右京は取りきりの笑顔でみんなに応え、最後に菫を見た。
菫は力強くうなずき。
右京は再びみんなの方へ顔を向け、大声で、
「今日から、オレの名前は、右京 サンシェスタ 神崎だ。よろしくな!」
クラッカーがパパーンとあちこちから鳴り響き。
菫が珍しく大きな声で、
「右京君の新しい家族に、乾杯っ!」
こうして、神崎 右京ーーいや、右京 サンシェスタ 神崎は。
新しい世界で。
新しい友達と。
新しい家族と。
やるべきことを見つけ。
新しい生活をスタートさせた
おわり




