登校風景
右京はベッドのすぐ側にあった、目覚まし時計を見て、
「……7時45分」
ぼんやりした頭の中で、担任教師ーーハウゼンの言葉がよぎる。
『登校時刻は、8時10分だから』
眠気は一気に覚め、慌てて飛び起きた。
「やべっ!」
ハンガーにきちんとかけられていた学ランを、手早く取って、着替え始める。
「やべぇ、やべぇっ! バスで20分かかっただろ? あと5分で、バス停に行かねぇと」
神業のごとく、猛スピードで着替え終えた右京は。
部屋のドアをバッと開け、右往左往する。
「あぁ~っと、出口どっちだって?」
「ーー神崎君、起きた?」
声のしてきた方へ、右京は歩いていき。
突如、目の前に広がった光景に思わず、
「すげぇ…………」
感動している右京の眼前には、綺麗な街並みが広がっていた。
朝の日ざしがキラキラと降り注ぎ、今まで見たこともない美しい風景に見とれていると。
「おはよう、神崎君」
「……お、おはよう」
右京が部屋へ視線を戻すと。
コーヒーカップを手にしたミハイルが、ソファーへのんびり腰を下ろし、
「ここは、創造意欲をかき立ててくれるから、僕も好き」
そこで、右京は昨夜、記憶が途切れる寸前の言葉を思い出した。
『ハインリッヒ君、神崎君を部屋にーー』
右京は申し訳なさそうに、
「昨日は、すまねぇな。運んでくれたんだろ?」
「普段、体験出来ないことが出来て、楽しかった」
「おう、そうか……」
和やかな雰囲気に包まれて、右京はソファーに腰を下ろそうとして。
重大な事実に気づいた。
「遅刻、遅刻っ! ミハイル、何、のんびりコーヒー飲んでんだよ?」
「それはね……?」
カップを口に当てたまま、ミハイルはぼんやり考え出した。
焦っている右京は、髪の毛をかきむしり、
「あぁ~っ!! 考えんな、行くぞっ!」
「えっ?」
ミハイルはカップをテーブルへ置いたが、ソファーに座ったままだった。
右京は真剣な眼差しで、
「早く、学校行かねぇと!」
「あぁ~、神崎君は、今すぐ学校に行きたい?」
のんびり聞き返してきたミハイルとは対照的に、右京は素早く、そして短く。
「おうっ!」
「わかった、はい」
ミハイルはそう言って、右京の手をつかむと。
ふたりはぱっと部屋から姿を消した。
真っ白な光に、一瞬包まれたかと思うと。
右京は風を感じた。
「おう?」
光が消え去ると、そこはーー学校の正門前だった。
「着いた」
「あ、あぁ……」
右京は何が起こったのかを知り、気まずそうな顔で、
「……瞬間移動で、登校してんのか? いつも」
「うん」
まだ誰も登校してきていない、静かな光景に。
右京のお腹の音が鳴り響いた。
「食ってくりゃ、よかった……」
「もしかして……?」
また考え出したミハイルを前にして、右京はぱっとひらめいた。
「バスで来ようと思ってたぞ」
「あぁ~、だから、急いでた?」
にっこり微笑み返したミハイルの金髪が、朝日にきらめいていた。
「おう……」
照れたようにうなずいた右京へ、ミハイルは手を差し出して、
「1回、戻る?」
「……すまねぇな」
右京がミハイルの手をつかむと、ふたりはまた姿を消した。
そして、8時ちょうど。
登校時刻、10分前。
右京はミハイルの瞬間移動で、正門前に再び立っていた。
「サンキュウな」
「うん、それじゃ」
ミハイルは正門には入らず、道を歩き出そうとして。
おかしな行動をするルームメイトの手をつかみ、右京は、
「あぁ? どこ行くんだよ?」
「え~っとね……?」
のんびり考え出したミハイルの背後に、突如人が現れた。
「あ、おはよう! 右京君」
「おう、菫、はよっ!」
軽く挨拶を返してきた親友の隣りの人を見て、菫は少し驚いた顔をした。
「あれ? ミハイル君、今日、大学じゃなかった?」
「大学?」
右京はそう言って、菫とミハイルを交互に見た。
「うん」
ただうなずき返したミハイルの代わりに、菫が説明する。
「ミハイル君は小さい頃から絵の才能があってね。小学生の頃から、美術の授業だけは、大学で受けてるんだよ。だから、今日の美術の授業、ミハイル君は大学で受けるんだよ」
「すげぇ、飛び級かっ!」
感激している右京とは対象的に。
落ち着いた様子で、ミハイルはゆっくりとうなずく。
「うん」
そして。
さっきまでとは違って、ミハイルはテキパキ話を始めた。
「でも、大学に通ってるだけじゃわからないことがあるって気づいた。神崎君に会って、僕の知らないことはたくさんあるんだって気づいた」
「あぁ?」
右京は不思議そうに聞き返した。
天才絵描きは、幸せそうな顔で、
「バスに乗って、学校に来るのもいいのかも知れない。いつもと違った景色を、いつもと違ったスピードで見て、そこから、良い絵の構想が浮かぶ気がする。ありがとう、神崎君」
「お、おう……こっちこそ、サンキュウな」
右京は思いっきり照れた。
「それじゃ、また」
ミハイルの姿が消えると、右京と菫は学園の敷地内に入った。
その時。
右京の右隣を、ビューッという強風を伴って、巨大な龍が通り抜けていった。
「うわっっ!」
正門をすり抜け、校庭にふんわり下り立つ。
まるで、神の降臨のように。
龍の背中から、人や虎、ペンギン、蛇などが。
続々と地面に降りた。
「ありがとう」
「いいってことよ」
龍がそう答えると、何事もなかったように。
校舎へ向かって、みんな歩き出した。
右京は目を激しくぱちぱちさせ、
「な、何だ!?」
「一緒に登校してきたんだよ」
当たり前のように返してきた菫に、右京はぼそっと、
「登校っつかーー」
「ーーおはよう!」
クラスメイトの猫が、自転車で勢い良く追い越してゆく。
「はよ」
「おはよう」
菫は途切れた会話を再開する。
「龍族は体が大きいし、力も強いから、みんなのこと乗せてくるんだ」
「スクールバスじゃなくてスクールドラゴン……」
右京がニヤニヤし始めると。
突如、強風が吹き荒れた。
ゴォーッと、地面を揺らすほどの爆音が響く。
「な、何だっ!?」
あたりをキョロキョロ見渡すが。
強風と轟音をまき散らすようなものは見当たらなく。
いたって、平和な登校風景。
しかも、驚いているのは右京だけで。
菫は慣れた感じで、
「ステルス戦闘機だよ」
「あぁっ!? 何で、学校に戦闘機ーー」
轟音にかき消されないように、右京が叫ぶと同時に。
空から、ガシャーンと、釣りハシゴが降りてきた。
「あぁ?」
上を見上げると、慣れた感じで人が滑るように降りてくる。
迷彩服を着て、腰にはサバイバルナイフ。
背中には、グレネードランチャーを背負い。
思いっきり完全武装。
だが、きゃしゃな体つきで。
ハシゴの途中から、ストンと軽やかに飛び降りた。
錆びたような、くすんだ赤い短髪が。
戦闘機から発生する強風にあおられている。
背中から、グレネードランチャーを素早く取ったかと思うと。
「ゴーッ、ゴーッ、ゴーッッッ!!!」
そう言いながら、警戒体制ーー腰を低くし。
足早に校舎へ向かっていった。
右京は呆気にとられ、
「何だ? あれ……」
「安斎先生のクラスの子だよ」
右京はそこで、昨日、塔の上で体験したことを思い出した。
「あいつかっ!? 昨日、校舎、破壊したの」




