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こいキャラ学園  作者: 明智 倫礼
3/9

天使の誘《いざな》い

 右京はがっくりと肩を落とし、屋根に両膝をついた。


「金に目がくらんだばっかりに……」


 悔しそうにこぶしを、屋根に叩きつけたところで。

 菫の冷静なツッコミが。


「チップね」

「おう?」


 はっとし、右京は親友を見上げた。

 気持ちを入れ替え。

 悔しそうに、もう一度こぶしで屋根を叩く。


「チップに目がくらんだばっかりに……」


 今度は別の意味で、落胆した。


「……やっぱ、調子でねぇな、これじゃ」


 右京はさっと立ち上がって、


「つかっ!」


 非道な安斎を指差し、猛抗議。


「お前、さっき、落ちるなって注意したじゃねぇか! 何で、飛び降りろとか言ってんだよ?」


 安斎は涼しい顔で、


「あれは、社交辞令ですよ」


 堂々と、嘘だと認めた教師に。

 生徒である、右京は一瞬言葉につまった。


「んっ!」


 数秒、妙な間が流れる。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ぷるぷると頭を振り、右京は自分自身に言い聞かせた。


「いやいや、めげんなって。ちゃんと突っ込まねぇと……」


 気持ちを奮い立たせ、右京は。

 空中に優雅に浮かんでいる、安斎に詰め寄る。


「生徒に自殺強要する先生が、どこにいんだよっ!!」


 安斎は動じることなく、にっこりと微笑み返した。


「自殺ではありませんよ」

「いやいや、自分から飛び降りんだから、自殺だろう」

「死ぬことはありませんよ」


 安斎の言葉に、右京はぽかんと口を開けた。


「あぁ?」


 安斎は適確に答える。


「神崎君は一度死んでるんです。ですから、もうこれ以上死ぬことはありませんよ。肉体には限りがありますが、魂は永遠です。うふふふっ」

「……おう、そうかーー!!」


 納得しかけた右京は、安斎の最後の笑い声に引っ掛かりを覚えた。

 菫の方へぱっと振り返って、


「……菫、ちょっと」

「どうしたの?」


 呼び寄せられた菫と一緒に、安斎に背を向け。

 生徒ふたりでコソコソ話を始める。


「こいつの言ってること、マジか?」

「うん、本当だよ」

「けどよーー」


 しびれを切らした、人でなしの教師ーー安斎は軽く嘆息し、


「仕方がありませんね。この話はなかったことにーー」


 そう言って、帰るような素振りを見せた。

 右京は慌てて止める。


「まっ、待った! やるやるっ!」


 安斎はにっこり微笑んで、


「そうですか。それでは、飛び降りて下さい」


 悪魔のような天使にいざなわれて、


「お、おう……」


 右京は返事をしたものの。

 目がくらむほどの高さを改めて感じると、自然と手をきつく握りしめた。


「…………」


 どんな感じすんだろうな?

 高いとこから落ちんのって。

 面白おもしれぇかもーー



 ドゴゴゴゴゴゴ~~~~~ッッッッッ!!!!



 突如、爆音が響き、爆風が吹き荒れた。

 塔がガタガタと揺れる。


「あぁっ!? な、何だっ!!」


 思わず目を閉じていた右京は、薄目を開け。

 音が聞こえてきた地上をうかがうと。

 さっきまでいた校舎が、砂煙をあげて、崩れていくのが見えた。

 背後から、菫のため息が、


「また、壊れてる……」

「また?」


 右京が振り返ると、安斎もため息をついた。

 こっちは、さほど気にした様子はない。


「あぁ~、また、ウチの生徒がやってしまいましたか……」

「どういうことだよ?」


 真剣な眼差しの右京に、菫が答える。


「この学校には、爆弾を作るのが好きな子がいるんだよ」

「どんだけふざけてんだよ!」


 ゲラゲラ笑っている右京の視界の端で。

 壊れてしまった校舎が、猛スピードで。

 まるで、時間が巻戻るかのように。

 散らばった破片が、ひとつも間違えることなく、元へ戻ってゆく。


「壊れても、戻んーー!!!!」


 そこで、天の助けか。

 右京の野生の勘か。

 きわめて重要なことに気づき、安斎の方へぱっと振り返った。


「あぁっっ!! 死なねぇとしても、怪我ぐらいはすんだろ。校舎、ぶっ壊れてんじゃねぇか。魂も壊れんだろ」


 安斎は澄まし顔で、こんなことを言う。


「おやおや、気づかれてしまいましたか」


 本当に人でなしである。


「いやいや……」


 右京は突っ込もうとしたが、

 先手を打って、安斎は、


「うふふっ……」


 と不敵に笑い、


「怪我はしませんよ」


 平然と嘘をつき、人をだましても、何の罪悪感も感じない教師を。

 右京はさすがに、すぐには信じなくなり、菫の方を見た。


「マジか?」

「怪我はしないけど……」


 菫は下を見下ろして、


「地面にぶつかったら、痛いと思うよ」


 親友の言葉を聞き、

 右京は教師に恨めしげな視線を送る。


「あ~ん~ざ~い~~っ!! お前、どんだけ嘘つけば、気が済むんだって」


 射殺されそうな、鋭い視線をモロともせず、安斎天使はしらっと。


「心配いりませんよ。地面に落ちる頃には、気絶してますから。少し、記憶がなくなるだけですよ」

「おう、そうだなーー」


 一瞬、納得しかけて、右京ははっとした。


「ーーってっ! いやいや、痛みは残ってんだろ! 気ぃ取り戻した時、いてぇだろ、それじゃ」


 反論してきた生徒を、大人の余裕で、教師はかわす。


「向こうの世界に比べたら、大した痛みではありませんよ」


 右京はすっと真顔に戻って、


「あぁ? 安斎も死んでこっちにきたのか? オレと一緒か?」


 ちょっと親近感を覚えた生徒に、安斎は無慈悲な言葉を浴びせる。


「いいえ、私はこちらで生まれ、育ちましたよ。あちらの世界へ行ったことはありませんよ」


 死というものが存在しない世界で育ったからこそ、安斎は残酷なほど、純粋であった。

 右京は目を大きく見開き、


「あぁっ!? お前、何、適当言ってーー」


 抗議しようとした生徒を遮って、安斎は真摯な眼差しで、


「ですから、知りたいんです。こちらの世界でも、人が気絶するのかどうかを」

「……そういう……ことか」


 右京は心を打たれ、素直に納得した。

 屋根の端に立って、元に戻った、ミニチュアの校舎を見つめる。


「…………」


 死なねぇって、わかっててもよ。

 落ちたら、痛ぇんだろ?

 けどよ……?


 沈んでゆく夕日の輝きを受けて。

 遠く地平線が、綺麗なオレンジ色に染まっているのを眺め。

 新しい世界の広さを感じる。


 金がいんだろ? この世界だって。

 誰にも頼れねぇんだ。

 再び、はるか下にある、校舎を見下ろして。

 これ、やったら……チップもらえんだ……。

 けどよ……。


 迷っている右京の背中に、安斎の無責任な発言が。


「それではこうしましょうか? 神崎君が地面にぶつかる寸前に、カンブラ君が助ける」

「えっ、僕?」


 いきなり振られた菫は、珍しく驚いた顔をした。


「よし、菫、頼むぜ」

「えっ? 右京君まで……」


 悪乗りしている教師と親友を交互に見つめ。

 菫は戸惑った。

 そんな、まともな生徒ーー菫に安斎はにっこり微笑む。


「出来ますよ、カンブラ君なら。たとえ、素早い行動が得意でなくても」


 とてもーーいや、かなり引っかかる言葉を聞いた右京は、安斎の方へぱっと顔を向け、


「あぁっ!? ちょっと、待てーー」


 安斎はそれを無視して、


「それでは、カンブラ君は地上近くで待機して下さい」

「……え~っと……」


 躊躇する菫に、安斎は怖いくらいの笑顔で、


「先生からの指示です。生徒であるあなたは、速やかに従って下さい」

「……わかりました」


 そう言うと、菫はぱっと姿を消した。

 安斎に聞こえないよう、右京はぼそっと、


「パワハラだろ」

「何か言いましたか~?」


 表情は満面の笑みだが、恐ろしいほどの殺気を右京は感じた。

 それは、人の常識を超えた、すごみがあり。

 右京は思わず、


「安斎、お前、幾つだよ?」

「うふふふっ……23歳という設定ですよ~」

「あぁ? 設定って何だよ?」

「この世界では、18歳以降は、自分の好きな年齢で止めることが出来るんです」

「……ってことは……本当は、何年生きてんだよ?」


 安斎は空を見上げ、頭に人さし指を当てた。


「そうですね~~? ……もうずいぶん長いこと生きていますからね~~? ……ざっと、300億年ほどでしょうか?」


 にっこり微笑んだ歴史の教師に、右京は、


「お前自身が、歴史なんじゃねぇか……」

「うふふふっ……」


 安斎は微笑みを絶やさず、


「さぁ、お喋りはこの辺にして、そろそろ飛び降りていただきましょうか」


 右京は手に汗を握りしめ、


「ちっと、心の準備すっから、待っててくれ」

「えぇ、構いませんよ」


 安斎の返事を聞くと、右京は天を仰いで。

 クリスチャンでもないのに、なぜか胸の前で十字を切った。


「…………」


 大丈夫だって。

 下には菫がいるって。

 ちょっと、心配だけどーー


「うふふふっ……」


 その時、少し離れた場所で浮かんでいたはずの。

 安斎の声が、すぐ背後で聞こえた。


「……!?」


 右京は振り向く間もなく、背中を押される感覚を覚え。


「うわっ!?」


 気がつくと、足元には何もなく。

 これから落ちてゆく寸前の、宙に浮いている状態。

 そこへ、安斎の人でなしな言葉が浴びせられる。


「心の準備をされては困るんです。気絶する可能性が減ってしまいますからね」


 右京は重力に引かれながら、ゆっくりと天使の顔をした悪魔の方へ振り返り、


「安斎、お前、今、オレのこと押しただろ?」

「えぇ」


 教師は短く肯定し、さわやかな笑顔で、


「それでは、報告楽しみにしてますよ~~、アジュー《さよなら》~~」


 安斎の笑顔が上へずれ。

 ザーッと、右京は真っ逆さまに落ち出した。


「うわぁぁぁぁ~~~っ!」


 自分から離れてゆく生徒を眺めながら、安斎は小さな声で、


「これで、出来るようになればよいのですが……」



 恐怖のあまり、右京は固く目を閉じていた。

 頭から落ちているのを感じる。

 両耳には、ビューッと風を切る音だけが響く。

 高い塔から落ちたためか。

 なかなか、体は止まらず。

 そのうち、恐怖心が少しずつ薄れていった。

 そして、右京はそっと目を開け、気づくのだ。


「……あぁ? 遅くねぇか、落ちんの」


 生きていた時とは違って。

 右京の体は、ゆっくりと。

 まるで、各階止まりのエレベーターのように、遅いスピードで落ちてゆく。


「……重力が少ねぇのか?」


 下へ視線を向けると、少し離れたところで。

 心配そうな顔をこちらへ向けている、菫を見つけた。

 親友が浮かんでいる姿を思い浮かべ、右京は少しだけ微笑む。


「……飛べたら、気持ちいいんだろうなぁ」


 そうしている間にも、みるみる地面が迫ってきて。

 右京は頼みの綱の親友の名を呼んだ。


「菫っ!!」


 占い師見習いは大きくうなずき、


「うんっ!」


 かなり厳しい顔をして、

 地面すれすれの位置で、右京の体を止めた。

 逆さまになっている親友を、薫はくるっと反転させ。

 地面にふんわり、ゆっくり下ろした。

 地に足がついた安心感で、右京は大きく息を吐く。


「ふぅ~~、サンキュウな」

「……うん、よかった」


 菫がほっとした顔を見せると。

 右京は今感じた、新しい感覚を口にした。


「浮くって、こういうことなんだな……」


 その言葉に、菫ははっとし。

 何か考えがあるような教師がいる、塔のてっぺんを見上げた。


「もしかして……!」

「あぁ? 何だ? 菫」


 右京に瞳をのぞきこまれ、


「えっ?」


 安斎の意図に気づいた菫は、首を横に振り、


「……ううん、何でもないよ」


 明らかに違和感を感じたが、右京はそれを見逃した。


「……おう、そうか」

「それじゃ、安斎先生のところへ戻ろう?」

「おう」


 そして、親友ふたりは、夕暮れの中庭から姿を消した。



 報告を聞かされた安斎は、残念そうな顔で、


「そうですか……。やはり、気絶はしないのかも知れませんね」

「なぁ? 安斎、ここって、地球と重力違ちげぇのか?」


 右京からの質問に、安斎教師は、


「えぇ。15分の1ですよ」

「だからか」


 合点がいった生徒に、安斎は訊く。


「他に何か感じたことはありましたか?」


 屋根の縁で、階下を見下ろし。

 菫に助けてもらった時のことを、右京は思い浮かべて、


「あ~っと……浮くって感覚がわかった気ぃすんぞ」

「そうですか」


 相づちを打った安斎に、右京は戸惑い気味に、


「……で、チップはもらえんのか? あんまし、役に立たなかったけどよ」


 心配している生徒を安心させるように、安斎天使はにっこり微笑み。


「えぇ、約束は約束です。結果はどうであれ」


 ポケットから1枚のカードを取り出した。

 なぜか、生徒ふたりに見せつけるように、顔の前に掲げる。

 右京は不思議なそうな顔で、


「あぁ? チップって、コインじゃねぇのか?」

「えぇ、チャージ式のカードなんですよ」

「ふーん」


 すんなり納得した右京の隣りで。

 菫は首を傾げていた。


「あれ、それって……?」

「何だよ? 菫」


 右京は菫を見るために、安斎から視線をそらした。

 それを待っていましたとばかりに、安斎は言葉を発し、


「神崎君、こちらが報酬です。是非、受け取って下さいねぇ~」


 人さし指と中指に挟んだ状態で、シュッと水平に投げた。


「あぁっ!?」


 不意をつかれた右京が、安斎の方へ振り返ると。

 自分に向かって、1枚のカードが手裏剣のように飛んでくるところだった。

 手渡せばいいものを、投げてくる。

 明らかにおかしい行動をする、300億年以上生きている教師ーー安斎は。

 右京の手がギリギリに届くところをわざと狙って、カードを放っていた。

 16歳の若者ーー右京はカードを取ろうとして、素早くジャンプ。


「よしっ!」


 ぱしっとキャッチしたが。

 体が後ろに傾いていることに気づいた。


「あぁっっ!?」

「うふふふっ……」


 安斎が怪しく微笑んで、右京はやっと気づいた。

 天使の仮面をかぶった悪魔の、策であったことを。


「安斎、お前っ!! わざとーー」

「これが最後のチャンスです」


 右京は自分の足が、屋根の縁でツルッと滑ったのを感じた。


「うわっ! ……チャンスって、何のだよ?」


 それには答えず、安斎はさわやかに、右手を振った。


「アジュ~~!」

「右京君っ!?」


 菫が手を伸ばし、


「菫っ!」


 右京は親友の手をつかもうとしたが。

 指先が触れただけで、無残にもつかめなかった。

 誰も助けてくれない地面へ向かって、落ちてゆく。


「うわぁぁぁぁ~~~~っ!!!!」

「右京君~~~っ!!!!」


 菫の悲鳴にも似た声が、夕暮れの風景に響き渡った。

 飛べる者同士ーーふたりきりになった、塔のてっぺんで。

 安斎は静かに口を開く。


「これでダメなら、彼は一生、出来ないかも知れませんね」


 オレンジ色に染まる、安斎の端正な顔を。

 菫はじっと見つめた。


「……やっぱり、そういうことたっだんですね?」

「えぇ」


 静かに肯定した安斎の表情は、人を導く教師のものだった。



 いくら不意をつかれたとはいえ。

 落ちてゆくのは2回目。

 目を閉じることなく。

 右京は風のビューッという音を楽しんでいた。


 飛びてぇな、オレも。

 浮くって、気持ちいいんだな。


 そう思った時、落ちる速度が少しだけ遅くなった。


「あぁ? もしかして……」


 何かに気づいた右京は、迫ってくる地面を凝視して。

 心の中で、唱えるように言う。


 浮きてぇんだ。

 オレ、飛びてぇんだ。


 落ちてゆく速度は、相変わらず変わらない。

 綺麗に染まる夕暮れの空を見上げ、


「あ~っと……これじゃねぇんだな」


 再び、地面を見つめて。

 気持ちを入れ替え、違う視点で考える。


 飛べる。

 オレも飛べるんだ。


 ふっと、まるで背中に大きな羽が生えたように。

 空中で制止した。


「おうっ! やった、飛べたじゃんか、オレ!!」


 ガッツポーズをして。

 高速で、上空へ上がってゆく。


「うほっ! すげぇ、オレ、飛んでんぞっ!」


 体中で喜びながら、右京はぐんぐん塔を登ってゆく。


「すげぇ~、マジで飛んでるっ!」


 あっという間に、塔のてっぺんへ戻ってきた右京を見つけて。

 菫と安斎は、笑顔を見せた。


「おかえり、右京君」

「うふふふっ……」


 彼らと同じ高さでぴたっと止まった右京は、ふたりの意図を一瞬にして読み取り、


「サンキュウな、安斎、菫。お前らのお陰で、飛べるようになったぜ」


 菫はすうっと右京の方へ、近寄り、


「よかったね」

「おうっ!」


 喜び合っている生徒ふたりを見つめ。

 安斎は珍しく、教師らしいことを口にした。


「うふふっ、きっと出来ると思っていましたよ、神崎君なら」


 そう言って、もう1枚カードを取り出し、


「こちらが、チップです」


 右京は受け取りながら、既にもらっていたカードを見つめた。


「あぁ、チップ?」

「うふふふっ。そちらは、先ほど、ハウゼン先生から、拝借してきたもので、寮のカードキーです」


 次から次へと策を仕掛けてくる安斎に。

 右京はいぶかしげな視線を送った。


「あぁ? 拝借って、お前、勝手に持ってきただろ?」


 安斎はゆっくりと首を横に振り、


「いいえ、きちんと断ってきましたよ。少々、勘違いされていたみたいですが……」

「……だろうな、ボケてっからなぁ」


 ボケボケなウェスタンガールを思い浮かべ、右京はニヤニヤした。

 どんなやり取りが行われたのか、気になって、


「で、安斎は、何つって借りたんだよ?」

「私は『神崎君の寮のカードキーを貸していただけませんか?』と訊きましたよ」

「で、ハウゼン、何つった?」


 歴史教師は、上品に微笑んで、


「うふふ。『あぁ~、髪飾りですね』とおしゃって。カードキーを渡して下さいましたよ」


 ここにいない、担任教師ーーハウゼンに向かって、右京はきっちり突っ込んだ。


「いやいや、オレの名前、『かんざし』に聞き間違えんなって! つかっ、何で、渡してんだよっ!! 言ってることとやってること、めちゃくちゃじゃねぇか」


 用の済んだ安斎は、


「それでは、私は先に戻りますよ。まだ、仕事が残っていますから」


 そう言って、ぱっと姿を消した。


「じゃあ、僕たちも帰ろうか」


 菫は右手を差し出したが。

 右京はその手をつかまずに、


「このまま下に降りてぇんだ」


 飛べるようになった親友の心を察して、菫は手を引っ込めた。


「じゃあ、一緒に降りよう」


 ふたりはゆっくりと、地上へ降り始める。

 右京は両腕を頭の後ろへ回して。

 寝転がった状態で、降りてゆく。

 オレンジ色に染まる、綺麗な空を視界いっぱいに映して。

 ぽつりと言う。


「……綺麗だな」


 真っ直ぐ立ったままの格好の菫も、空を見上げ、


「僕も、この時間帯は好きだよ」

「あっちとは全然違ちげぇ。こんな綺麗な世界があんだな」


 右京の瞳は少しだけ潤んでいた。

 それは、悲しみや淋しさから来るものではなく。

 本当に美しいもの、尊きものに出会った時の感動の涙だった。

 小さい頃から見慣れた空に、感動を覚えている親友。

 自分とは違う感覚を持っている右京を、菫は素直に受け入れ、


「……そうなんだね」


 ただ、相づちを打った。

 こんなシリアスなシーンで、右京のお腹はまたグーッと鳴る。


「なぁ? 菫、飯食いにいかねぇか? おごるからよ」


 菫のブルーグレーの瞳は、なぜか落ちつきなく、あちこち泳ぎ始めた。


「……えっと~……」


 右京はぱっと起き上がって、


「おう? デートかっ!?」

「……今日は違うけど……」


 明後日の方向を見ながら答えた菫を気にしつつ。

 右京は話しを続ける。


「彼女いんのかよ?」

「うん、いるよ」


 そこでやっと、菫は右京の目を見た。


「すげぇな」

「えっ? いる人がほとんどだけど……」


 右京は少しだけ、ビュッと上へ飛び上がり。


「あぁっ!? マジかっ!? どんだけ、ラブラブなんだよ」

「向こうじゃ違ったの?」


 菫に顔をのぞきこまれて、右京は戸惑い顔を見せた。


「……あ~っと、違ぇな……。いねぇやつの方が、はるかに多かった」

「不思議なところだね」


 価値観の違いを、菫が口にすると。

 ふたりはぴたっと地面へ到着した。


「それじゃ、寮までのバス停に案内するね」

「おう、サンキュウ」



 夕日に照らし出された、細い影がふたつ。

 とうに下校時刻を過ぎているためか。

 正門近くのバス停には、右京と菫以外。

 生徒は誰もいなかった。

 バスが坂道を上ってくるのが見えると。

 菫はなぜか、ソワソワし始めた。

 右京の瞳をじっと見つめ、こんなことを言う。


「右京君、ご飯食べるなら、寮に行ってからの方がいいよ」

「あぁ?」


 どっからどう見ても、不自然な言動をする菫。

 右京は不思議そうな顔で、見つめ返した。

 菫は難しい顔で、


「えっと……あっ、そうだ!」


 一生懸命、言葉を探した占い師見習いは、


「寮には色んなメニューがあるから、右京君が食べたいものもきっとあると思うよ。だから、真っ直ぐ寮にーー」


 必死な様子の親友に、右京は優しく微笑んだ。


「真っ直ぐ寮に帰るって、だから、心配すんなって」

「……あぁ、うん。よかった……」


 菫がほっと胸をなで下ろすと、バスのドアがパタンと開いた。

 右京はさっと乗り込んで、右手を挙げる。


「じゃあ、明日な」

「うん、またね」


 菫がそう言うと、ドアは閉まり。

 滑るようにバスは、走り出した。

 運転手のトラ以外誰もいない。

 貸し切り状態の車内を移動しようとして、後ろへ振り返り。

 遠ざかってゆくバス停を見ると、菫の姿はもうそこにはなかった。

 右京はつり革を次々に変え、移動しながら、首を傾げる。


「あいつ、何、急いでんだ?」


 最後部の座席、その中央にどさっと腰を下ろした。



 バスは小高い丘を、快適に登ってゆく。

 右京は背もたれにもたれかかり、木々の間に見え隠れする夕日を眺めていた。


 色々あったな、今日は。

 死んじまったのは、驚いたけどよ。


 幸福感に浸りながら、軽く目を閉じた。


 友達も出来たし。

 空も飛べるようにもなったし。

 いいことばっかだな、この世界って。


 20分ほどバスに揺られていたが、不意に停車した。

 運転手が振り返る。


「神崎君、到着だよ」


 ぱっと立ち上がって、右京は、


「おう、サンキュウな」


 開かれたドアから、一歩地面へ足を降ろした新入生は。

 建物を見て、驚きの声を上げた。


「あぁっ!?」


 運転手の方へ振り返って、


「ここ、ホテルだろ!」

「この道5千年、道は間違えないよ」


 ベテラン運転手から、右京は再び建物の方へ顔を戻した。

 彼の目の前には、高級ホテル顔負けの、立派な建物があった。

 バスはブーッと音を立てて、走り去ってゆく。

 右京はしばらく、建物に圧倒されていた。

 空へ向かって、巨大な円柱の、シャンデリアが輝いていた。

 星が瞬き始めた夜空をバックに。


「すげぇ~」


 本物のプラネタリュームを。

 右京は上空を見上げたまま、ぐるーっと360度見渡す。


「……マジで綺麗だな」


 そこで、右京は親友ーー菫の言葉を思い出した。


「おっと! 真っ直ぐ帰るって約束したかんな」


 大きなガラス張りの扉の中からは、穏やかな光が漏れている。

 ホテルの正面玄関と間違えるような、入り口に向かって右京は歩き出した。

 もう少しで、到着というところで。

 すうっと、扉の前に突如誰かが姿を現した。

 その人の格好を見て、


 あぁ?

 あれって、ベルボーイか?


 タキシードに身を包み、背筋をピンと伸ばし。

 こちらに向かって、微笑んでいる、その人の顔を見て。

 右京は少し笑った。


「っつか、ベルドッグだろ」


 なぜ、彼がそう言ったのかというと。

 白地に茶色と黒のぶち模様が付いた、犬族いぬぞくだったから。

 その犬が、丁寧に頭を下げる。


「神崎 右京様ですね? お待ちしておりました」

「おう」


 犬は胸に手を当て、


「わたくしは、ここの管理を任されております。ジュリアーナ プルミエと申します。以後、お見知り置きを」


 礼儀正しく頭を下げられたため、右京も居住まいを正して。


「お、おう……よろしく」


 ペコリと頭を下げた。

 プルミエは上品に微笑んで、


「お荷物はござませんね?」

「おう、身ぃひとつで来たっ!」


 右京が調子よく答えると。

 プルミエは自動ドアを開け、手で軽く止め、


「さぁ、どうぞ」

「おう、サンキュウな」


 二重張りになっている、正面玄関を抜け。

 突如、目の前に広がった光景に、右京は思わず立ち止まった。


「これって……」


 建物の中のはずなのに。

 桜並木がどこまでも続いており。

 穏やかな春風に、桜の花びらが舞っていた。

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