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こいキャラ学園  作者: 明智 倫礼
1/9

入学生


 あの時。

 オレは、こんなことになるなんて思ってなかった。


 ーーーー2月15日、火曜。

 学年末のテスト、真っ最中。

 地下鉄のプラットホーム。

 数学の参考書片手に、電車待ちの最前列。

 参考書から視線を揚げて、軽くため息。

 

 8:41。


 テスト期間中は、2限目からスタート。

 ってなわけで、しっかり朝のラッシュに巻き込まれてる。

 オレ、神崎 右京、16歳。

 誕生日は、2月1日。

 16歳になって、まだホヤホヤだ。

 ダチは......まぁ、いる。

 親とも、まぁうまくやってる。

 女子にモテねぇわけじゃねぇけど。

 彼女いねぇ歴、16年。

 趣味は……サーフィン……だな。

 夢は……。


 右京は少しだけ、口元を歪めた。


 ……何もねぇ。

 しがねぇ高校生だ。


 右京が何かを吹っ切るように、軽く息を吐くと。

 もう少しで到着する電車の勢いで、ホームに風が吹いてきた。

 隣に立つサラリーマンの読む、新聞紙が揺れる。

 右京は、ちらっと視線だけ動かして。


 オレも、こんなふうになんのか?

 結婚して、家族のために働いて。

 ……そうなんのかも知れねぇな。

 何のために、生きてんだ? オレ。

 つって、別に自殺する気はねぇ。

 けど……ただ、生きてくだけ。

 何だか……。


 空しさを感じ、線路に視線を落とすと。

 電車の到着を知らせる音楽が、ホームに鳴り響いた。

 白線の内側に入るよう、注意を促すアナウンスが流れる。

 手に持っていた参考書を、右京はカバンにしまおうとして。

 挟んでいたプリントが、風に舞った。ホームの端に落ちて。


 おっと。

 そいつは、今日のヤマなんだよ。


 誰かが急いで近寄ってくるのを視界の端に映しながら、右京は前かがみになって、手を伸ばした。


 どっかいかれちゃ困んだーー背中に何かがぶつかり、右京はバランスを崩した。


「っ!?」


 落としたプリントは、ホームに入ってきた電車の強風で舞い上がる。

 そして、全てがスローモーションになった。

 目の前に、二本の鉄の線が迫ってきて。

 くるりと視界が回転し、腰に衝撃が走る。


「いてっ!」


 冷たい何かーーコンクリートに手が触れる。

 次いで、耳をつんざくような警告音と。

 車輪の軋む音が聞こえてきた。

 爆音のする方へ、右京は顔をゆっくり向けた。

 そこには、自分を飲み込もうとする電車が。


 うわぁぁぁ〜〜っ!


 そこで、意識は途切れたーーーー


 ーーーー 一瞬の静寂のあと。

 音が再び戻ってきた。

 すぐ近くで、女の声がする。


「神崎君?」

「……?」


 右京は身体の感覚がさっきまでと違うことに気づいた。


 オレ……どうなった?


 肩をトントンと叩かれる感触がする。


「神崎君? 目開けて」

「……あぁ?」


 言われた通り目を開けると、自分と同じくらいの歳の女の子が立っていた。

 彼女の服装を眺める。

 カウボーイハット。

 なめし皮のベスト。

 ショートパンツ。

 ウェスタンブーツ。

 クリクリした純粋な瞳で、自分を見つめているウェスタンガールに、右京は一言。


「その格好、コスプレか?」


 その人はにっこり微笑んで、こんなことを言う。


「今は、ウグイスだね」


 右京はあまりのことに、返す言葉が見つからなかった。


「…………」

 カッコウに聞き間違えやがって。


 彼は重要なことに気づいて、


「ってか、オレ、さっきまでホームにいたのに、ここどこだよ?」


 質問された女の子は、


「ダンス楽しいよね、先生も好きだよ」


 意味不明な言葉を返されて、右京は思わず、


「いやいや、それはホールだってーー」


 そこで、女の子の言った最後の言葉に、右京はびっくりした。


「先生っ!?」


 はっと気づき、あたりを見渡すと。

 長い廊下に自分は立っていて、目の前には引き戸。

 中からは、話し声が。

 先生だと名乗った女の子は、


「中に入ろう、授業始まってるから」

「……おう」


 ガラガラと引き戸が開けられ、ぴたっと話し声は止んだ。

 何気なく顔を上げた右京は、目を大きく見開いた。

 手前の席から、一人(?)ずつ見ていく。

 パンダ、キリン、クマ……蛇…….イっ、イルカ!?

 教壇のところに立った女の子に視線を移して、右京は一言。


「ここ、動物園か!?」

「学校だよ、高等学校」


 女の子の代わりに応えた声の方へ顔を向けた。

 そこには、眼鏡をかけた、頭の良さそうなシマウマがいて。

 右京は思わず、声が裏返った。


「しゃっ、しゃべったっっっ!?!?!?!?」


 そこへ、女の子の声が響く。


「はい、新入生の、神崎 右京君です。今日からこのクラスになりました」


 女の子の方にぱっと顔を素早く向けて、右京はすかさず、


「何、勝手に話、進めてんだよ?」


 きょとんとした瞳が向けられ、


「優しい?」

「いやいや、日本語だって。誰が、英語しゃべったんだよ!」

 『てんだよ』を『tender』に聞き間違えやがって。


 的確に突っ込んだ右京に対し、クラスメイトから拍手が巻き起こった。


「神崎君、すごい!」

「面白い!」

「もっとやって!」

「救世主だ」


 最後の言葉に、右京は呆気にとられた。

「救世主? 何、大げさなこと言ってーー」


 言葉の途中で、一番前にいた角を生やした鹿が、両手で降参のポーズを取った。


「ハウゼン先生のボケには、正直みんなお手上げでね。君が来てくれて嬉しいよ」

「ハウゼン?」


 右京が女の子を見ると。

 彼女は居住まいを正して、


「自己紹介がまだだったね。私は、ニコライザ ハウゼン。このクラスの担当です。よろしくね」

 右手を差し出され、つられて右京も差し出した。


「……おう、よろしく」


 ハウゼンは、生徒たちの方を見て、

「神崎君の席は……一番後ろ、カンブラ君の隣ね」


 担任教師の視線の先をたどってみるが。

 天井に頭がつくほどの、巨大なドラゴンが教室の真ん中に座っていて。

 カンブラが誰なのか、自分の席がどこなのかまったくわからなかった。


 とりあえず、後ろに行きゃいいんだろ。


 そう思って、右京は机の間を歩き出した。

 右から、ヒョウの女の子が、少しからかい気味に手を振って見せる。

 左からは、貴族服を着た上品な猫が、ちらっとこちらへ目を向ける。

 色々な動物の目に見つめられながら、右京にある考えが浮かんだ。


 夢……なんだな、これ。

 オレ、夢見てんだ。

 なんでだかわかんねぇけど。

 でなきゃ、説明つかねぇよな。


 結論が出ると、最後尾の列であろう場所にたどり着いた。

 足元に何かが横たわっているのを見つける。


 おう?

 何だ、これ?


 正体を確かめようとすると、声が響いた。


「ごめん。僕、足が長いんだ」


 声の方へ顔を向けると、舌が口からペロッと出た。

 だが、その先端は2本に分かれているもので。

 右京は的確にツッコミ。


「いや、足じゃなくて、しっぽだろ」

 お前、蛇じゃんか。


「あははっ! やっぱり、神崎君、面白いね」


 右京は空いている席を見つけて、


「お前がカンブラ?」


 蛇はゆっくりと首を横に振り、


「違うよ。僕は、ガンダーラ マンダーラ。ガンダーラ種の蛇だよ」

「ふーん。そんな蛇いんだな」


 ガンダーラはにやりと笑って。


「いないよ、僕だけ」

「勝手に種類、増やすなって!」

 どいつもこいつも、笑い取ってきやがって。


 ガンダーラは視線を少し遠くへ向けて、


「カンブラ君は、彼だよ」


 反対側へ振り返ると、黒いフードをかぶった人が座っていた。

 右京は見たまんまの印象を口にする


「今度は、魔法使いかっ!?」

 何、召喚する気だ!?


 フードごしで、よく顔の見えない人は首をゆっくり横に振って、真っ直ぐ返事を返してきた。

「僕は魔法は使えないよ」


 右京が考えを巡らせていると。

 無理やり低くした声で。


「とても良いことがあるよ。君の望むことが叶うよ」

「はぁ?」

 

 突然のことに、右京はカンブラに聞き返したが。

 相手から返事は返ってこない。 

 右京は椅子に腰掛けながら、カンブラの机の上に鎮座しているものを見つけた。


 水晶……?


 そこで、彼ははっとした。


「……占い師?」


 カンブラはフードをさっと下ろして、右目をウインクしてみせた。


「正解、見習いだけどね」


 さっきとは違う陽気な声だった。

 自分に似た顔形を見つけ、右京はほっと胸をなで下ろす。


「……人もちゃんといんだな」


「僕は、菫 カンブラ。このクラスで、唯一の人族ひとぞくだよ」


 差し出された右手を握って、右京は聞き慣れない言葉を呟いた。


「人族?」


 菫は手を離して、教室を見渡す。


「見ての通り、このクラスは僕以外、人間はいないんだ。だから……」


 右京の方へ顔を向けて、菫は本当に嬉しそうに微笑んだ。


「君が来るってわかった時、とっても嬉しかったんだ。人間の友達が増えると思ってね」


 嘘偽りのない、素直で正直な言葉に、右京は照れ笑いをした。


「…………」

 ガキみてぇだ。

 けど……いいな、こういうのも。


 日常で感じたことのないものに触れ。

 なぜか、右京は涙がこぼれそうになった。

 感動している彼の耳に、ハウゼンの声が響いた。


「あ、そうだ! 神崎君に伝えるの忘れてた」

「あぁ?」


 声の聞こえてきた方に顔を向けるが。

 巨大なドラゴンの背中が見えるだけで、声の主は見えない。


「放課後、校長室に行ってね。入学手続きがあるから」

「校長室?」

 いくら夢でも、場所わからねぇって。


 右京の心が伝わったのか、ハウゼンは、


「カンブラ君、案内してあげてね」

「はい、わかりました」


 菫はそう言うと、またフードをかぶった。


 そして、放課後。

 菫の案内の元、右京はとある部屋の前に来ていた。

 木で出来た、かわいいクマが書いてある表札がかかっている。


「ステファン校長室……」


 夕日に照らし出された菫の方に、右京は振り返って、


 校長って、クマか?


 と訊こうとする前に、菫は言葉を発した。


「校長先生、夕方にならないと学校に来ないんだ」

「あぁ? 昼間、何してんだよ?」


 菫は首をかしげて、


「うーん、寝てるのかな?」

「どんだけ、サボってんだよ」


 右京は軽くツッコミ、ドアを見つめた。


 校長がサボってるぐれぇじゃ、もう驚かねぇぞ。

 この夢、すげぇ常識外れだかんな。


 右京は学校へ来てから、今まで体験したことを思い返した。


 ガンダーラのシャーペンは宙に浮いてるし。

 何で、そうなってんだよって訊きゃ。

 念力だって、答えやがって。

 動物はみんな二足歩行だし。

 イルカは空中泳いでるし。

 背中に羽生えた妖精みてぇなやつは、オレたちとでかさ一緒だし。

 それによ、昼休み。

 生肉、持ってるライオンがいて。

 弱肉強食、食物連鎖かっ!?

 って、誰か殺しちまったのかって、ビビってるとよ。

 火吐くドラゴンが、その肉焼いちまって。

 ライオンのやつ、かぶりついて。


『やっぱり、孔雀印の肉は焼き立てがおいしいね』とか言って。


 食用の肉があるみてぇなんだよな。


 右京は少しだけ笑って、


 おかしな夢だな、マジで。


 グーッと鳴ったお腹をさすって。


 腹まで減んだからな。


 ドアをノックすると、中から気だるい女の声が返ってきた。


「……あぁ?」


 入ろうが、入るまいがどうでもいいというようなニュアンスの返事を聞き。

 右京はドアノブを回して、中に足を一歩踏み入れた。

 そして、固まる。


「あぁっ!?」


 心地よい、ジャズピアノが響き。

 薄暗い照明。

 アルコールの匂いが充満しており。

 胸元の大きく開いた、セクシーなドレスを着た美女が一人、椅子に腰掛けていた。

 その奥では、サングラスをかけた、図体のでかい黒人が、カクテルをシェイクしている。

 女は銀の長い髪を掻き上げながら。

 気だるく、グラスを傾けていた。

 右京は足を引っ込めて、


「っと、間違った」

 校長室じゃねぇだろ、ここ。

 バーじゃねぇか。

 どこだよ? 校長室ーー


 出て行こうとしている彼に、しゃがれた声がかかった。


「違ってねぇ、早くドア閉めろよ」


 右京はビクッと動きを止め、菫をじっと見つめた。


「あれ、誰だよ?」


 菫はにっこり微笑んで、


「ステファン校長先生だよ」


 ぎーっと軋む首で、右京は恐る恐る振り返った。


「……どんだけ、ふざけてんだよ、この学校」


 彼はぼそっと呟くと、再び中に入り、ドアを閉めた。

 ステファンはあごを使って、


「そこ、座れ」


 有無を言わせない強い口調にビビって、右京は所在なさ気に座った。

 グラスがすうっと目の前に滑ってきて。

 ステファンが妖艶な笑みを浮かべる。


「まぁ、飲め」

「あぁっ!? 16だって、オレは飲めねぇだろ」


 きっぱりと断った右京を前にして、ステファンは鼻で笑った。


「まだ、こだわってんのか?」

「?」


 彼女の言った意味がわからず、右京はじっと見つめ返した。

 ステファンは持っていたグラスを置いて、あごで、


「入学書だ、サインしろ」


 テーブルの上に視線を落とすと。

 さっきまでなかった紙が、いつの間にか置いてあった。

 不思議に思いながらも、右京は、


「オレ、書くもん持ってーー」

「そんなもんはいらねぇ。お前の気持ちだけでいい」

「気持ち?」


 右京は紙面から、ステファンの方へ視線を上げた。

 彼女は目を細めて、にやりとする。


「駅のホームにいた。線路に落ちた。そのあと、どうした?」


 心の片隅に残っていた疑問を突きつけられ、右京はソワソワし出した。

「……どうなったんだ……?」


 ステファンはグラスをクイッと空けて、鼻で少し笑う。


「事実は事実だ。受け入れろ」

「受け入れる?」


 ステファンは真っ直ぐ、生徒の目を見つめた。


「どうなった?」


 ステファンのドレスに付けられたクマのブローチを凝視しながら、右京の脳裏に鮮明な記憶が甦った。

 腰を打った痛み。

 冷たいコンクリート。

 耳鳴りがするほどの警告音。

 そして、自分に迫ってくる、車輪の軋む音。

 右京の心臓は大きく波打った。


「もしかして……」


 そして、ステファンは静かに告げる。


「そう。死んだんだ、お前は」

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