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君と過ごしたあの日へ  作者: imperial
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1 日常の転換

 強い西日が眩しくて思わず瞳きつく閉じた。

「ここは……?」

 無意識につぶやきを漏らして、初めて自分が地面に倒れこんでいることに気が付いた。

「あれ……俺、何してたんだっけ?」

 クリスマスの夜ではなかったか?

 しかし今は、なぜか地面に倒れこんでいる。

「…………ぶ……か?」

 頭上から声が聞こえる。

「うあぁ?」

 少年は力を振り絞って顔を上げた。

 髪の長い女性がいた。

「あの、大丈夫ですか?」

 心配そうに少年の顔を覗き込み、手を差し伸べた女性がいた。

「あ、ありがとうございます」

 痛む体に鞭を打って女性の好意に甘えて立ち上がった。

「どうしてあんな場所に倒れていたんですか?」

 心配したのか女性、いや、学生服を着ているので少女か。

 少女は尋ねる。

「え、いや……屋上から飛び降りたとか?」

 記憶が曖昧らしい少年は疑問符を浮かべながら答える。

「屋上って……ここは公園ですよ? 屋上なんて、この辺りはビルもないですし。

 ジャングルジムから落ちたりでもしたんですか?」

 少年は辺りを見渡し、ここが公園であることに初めて気が付いた。

「あれは……夢? 俺はジャングルジムから落ちて気を失ってただけ?」

 記憶が大きく食い違い、戸惑いを隠せない。

「あの、頭を打っているようなら病院までご一緒しましょうか?」

「い、いえ、お構いなく!」

 少年は慌てて断った。

 今はそんなことよりも記憶の整理をしたかった。

「そんなに他人行儀にされるとさすがに傷つきます。私、同じクラスの木下(きのした)澄玲(すみれ)ですよ?

 元気みたいなので私は帰りますね。また、明日学校で」

 少女は、踵を返すと公園を去っていった。

「木下……澄玲? あれ、どういう……」

 頭が痛む。物理的ではなく、記憶がかき混ぜられるように。

「クリスマス……ビルの屋上……木下香澄……

 頭が……」

 少年はくらくらする頭を押さえる。

「俺は今まで一体何を……くっ⁉」

 ふと、頭痛がスッと引いた。

「あれ、何してたんだっけ?

 確か夕日がきれいだったからもっと近くで見ようとジャングルジムに上って……

 落ちたのか……カッコわりぃ」

 さっきまでの頭痛は嘘のように消えているようだった。

「なんで屋上なんて口走ったんだろう……あ、明日木下さんにはお礼を言わないと」

 少年、日向(ひなた)裕一(ゆういち)は先ほどまでの出来事を全て忘れ、日常へと戻っていった。


   ***


「ただいま~」

 裕一は、間延びした掛け声と共にいつも通りの見慣れた玄関を通って帰宅する。

 両親は共働きの為、家には誰もいない。

「いつもと変わらないか」

 静まり返る室内に音を響かせながら自室へ向かう。

「あ、制服汚れてる。

 はぁ、洗濯するか。明日休みでよかった……」

 裕一は、サラサラと制服から零れ落ちる砂を見てため息をついた。

 着替えて散らばった砂を片づけてベッドへとダイブ。

「今日は少し疲れた気がする。夕飯まで寝るか」

 裕一は、そう独り呟き意識を手放した。


「……いち!」

 名前を呼ばれたような気がした。

「あぁ、もう夜か」

 中途半端な睡眠で重い(まぶた)(こす)って起き上がる。

「裕一、夕飯できたよ!」

 もう一度呼ばれる。

 裕一は軽いまどろみ程度だと思っていたが、どうやら母親が帰ってきて夕飯を作り終えるまでぐっすりだったようだ。

「ごめん母さん。寝てた、今行くよ」

 返事をしてすぐに食卓へと向かう。

「学校で何かあったの?」

 すぐに返事がなかったのを心配してか、裕一の母親は問いかける。

「いや、何もないよ。ちょっと疲れててベッドに横になってたら寝てたみたいだ」

「それならいいけど、何かあったらすぐに言ってね?」

「できるだけ話すようにするよ」

 裕一は、母親とは不仲ではなく関係としては良好だった。特に隠し事もなく、学校でのことも今時の高校生にしては珍しく、話をしていた。

(月曜日にまた木下さんにちゃんとお礼を言っておこう)

 そのまま親子共に口数も少なく食事を終え、入浴して布団に入る。

「なんだろう、すごく疲れる一日だった。何もなかったのに不思議だ。

 全身打撲が効いてるのか?」

 裕一は布団の中で脱力して目をつむる。

「まぁ、もう寝るだけだし別にいいか……」

 人生の転換期の訪れを知る(よし)もなく、裕一は静かに寝息を立て始めた。


   ***


 完全に閉じられたカーテン越しに薄く差し込む朝日に目を細め、裕一は起床する。

「今日からまた学校か……」

 あの日から土日を経て月曜日。月曜日とはなぜこうも気だるいのか。

 裕一は、土日共に何もしなかった。何もする気が起きなかった。なぜだか、前日までは全く感じなかった体のだるさがあったからだ。

「金曜から疲れが取れてない……俺も年を取ったか? まだ学生なのに?」

 答えの出ない自問を繰り返す。

「まぁ、日ごろの運動不足が祟ったか。言い訳してないで学校行こ」

 布団から出たくない体を鞭打って、身支度を整えて家を出た。

「う、うぅ―ん」

 狭い家から広い外に出て、気分的に伸びをしたくなった裕一は両腕を天に伸ばして体を思い切り伸ばした。

「少し体を動かしたらだるさは無くなったな」

 体の疲れが抜けたことにより、裕一はいつも通りの足取りで学校へと向かった。


 ちらほらとまばらに歩いている生徒に紛れて裕一も教室までたどり着く。

 話しかける友人の姿は一人もないが、裕一のとってはいつも通りの変わらな――

「あの」

 話しかける変わった生徒もいたようだ。

 しかし、普段から話しかけられることのない裕一は自席でもくもくとカバンの中身を机の中に移す作業をしている。

「あ、あの!」

「え、俺……?」

 話しかける少女が二度目に大きな声で呼びかけたことでようやく反応を示す。

「席の隣で話しかけているのに自分じゃないと思うんですか?」

「ごめん、俺の席の隣で俺の机を椅子代わりにしながら雑談する奴もいるから気付かなかった」

「えっと……逆にごめんなさい」

 裕一の教室での普段の境遇が祟って、お互いに気まずい雰囲気となってしまった。

 何とか会話を続けようと裕一は昨日の少女、木下(きのした)澄玲(すみれ)に話しかける。

「き、木下(きのした)さん、で合ってるよね?」

「あ、覚えていてくれたんですね。

 金曜日の怪我というか、事故? の後遺症とかないか心配だったので声をかけたんです」

 その件に関しては裕一から澄玲にお礼を言うつもりだったが、彼女の方が一足早かった。

「昨日はありがとう。おかげで、というわけでもないけど怪我もないし、後遺症もなかったよ」

 心配させるのも気が引けたので、裕一は体のだるさに関しては伏せて話した。

「というか、俺みたいなボッチと話してると変な目で見られるんじゃないか?」

「いつも見ていて思うんですけど、日向(ひなた)君ってやっぱり他人に興味ないんですね。

 私、別に眼鏡もかけてないし、根暗ではないですけど、じ、自慢ではないですがクラスで仲の良い人なんていませんよ⁉」

 澄玲は後半に至っては、半分涙目で錯乱(さくらん)したようにまくしたてた。

「そ、そうなんだ……俺とは仲間? なのかな?」

「ソ、ソウデスネ! この機会に仲良くしてくださいな‼」

 なんだかやけくそな気もするが、微塵(みじん)もそんなことを思っていなかったわけでも無いようで、恐らく、裕一と仲良くしたい、という部分に関しては本音でもあるのだろう。

「お、落ちついて。まだ人が少ないから声がかなり響いてるよ⁉」

 澄玲は、ハッとして教室を見渡し、登校しているクラスメイトほぼ全員からの視線を受けていることに気が付き、顔を一瞬で()でダコのように染め上げた。

「えっと、あの、その……」

「木下さん? 大丈夫」

 裕一が気遣って声をかけるも、聞こえていないようだ。

「ご……ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!」

 澄玲は、羞恥心が限界点を超えたのか、教室を飛び出して行ってしまった。

 クラスメイトほぼ全員の視線が、裕一に向き、何かを物語っている。

「え、何? 俺のせいなの?」

 数人が無言のままうなずいた。

 普段から同年代と会話をしない裕一は、わけがわからなかった。

「どうすりゃいいんだよ……」

 裕一は、クラスメイト達の無言の圧力に負けて仕方なく澄玲の後を追いかけた。

「追いかけるって言っても、なんで教室飛び出したかわからないし、どこに行ったかもわからないしな……」

 朝もまだまだ早く、始業前のホームルームまで時間がかなりあるためか、生徒の数はまばらなのが救いか。

「一人になれる場所って言っても、トイレに入られたらもう無理だし、他に静かな場所ってあるか?」

 あてもなく校内を歩き回る裕一。

「あとは、階段の屋上前くらいか……?」

 ホームルームまでには連れ戻さないといけないため、急いで四か所ある階段を回る。

「あ……ここにいたのか」

 運よく一か所目の階段の屋上前で澄玲の姿を見つけた。体育座りをして、うずくまっていた。長い髪が完全に顔を隠している姿は、若干ホラーだ。

「木下さん、ホームルーム始まるから戻ろうか」

 裕一(ゆういち)澄玲(すみれ)の隣に腰を下ろして話しかけた。

「はぁ、絶対変な人だと思われましたよ」

 澄玲が顔を上げないままため息をつく。

「そんなに気にするほどのことじゃないと思うんだけど」

諸悪(しょあく)根源(こんげん)たるあなたが何を言いますか……」

(えぇ……面倒くさい奴)

「ごめん、悪かったって!」

「別に怒ってませんから、顔上げてください」

 馬鹿正直に謝る裕一の姿を見て、澄玲は呆れて言い放った。

「いや、俺の話しかけるタイミングが……って木下さんから話しかけてきたんじゃないか」

「ふふっ、日向君って面白いですね」

 澄玲の微かに笑みをこぼした様子にひとまず安心した。

「楽観的だとは思うけど、何食わぬ顔で教室に戻れば誰も気にしてないんじゃないかな?」

「そうですよね、私のことなんて誰も気に留めていませんから」

 先ほど光が差した表情が再び曇り、澄玲が自嘲(じちょう)をし始めた。

「あ、あはは……とりあえず戻ろうか?」

「ソウデスネ」

 澄玲はフラフラとした足取りで階段を降りる。

「はいはい、危ないからちゃんと歩いて」

 裕一は彼女が万が一にも転落しないように隣で腕を掴んだ。

「あの、気安く触るとセクハラに勘違いされますよ?」

「それは勘弁してくれないかな?」

 そんな裕一をからかうように澄玲が言う。

「冗談ですよ、さっきの仕返しです」

「なんか心配して損した……」

「……でも、優しいんですね」

「まだ何かあるのか?」

「いえ、なんでもないです」

 澄玲がぼそりと呟いた一言は、ホームルーム前の喧騒(けんそう)にかき消され、裕一の耳には届かなかった。


   ***


 二人が教室に戻っても、案の定誰の気にされることもなく席に戻った。

「あれ、木下さんって後ろの席だったんだ」

「はぁ~もうこの人は……

 ついこの間の席替えであなたの後ろの席になったんです」

 すぐ後ろの席のクラスメイトの存在すら気にも留めないのはいささか問題があるのではないだろうか?

「これからはなるべく周囲に気を配るようにするよ……」

「そうですね、クラスメイトから反感を買わないうちに馴染むことですね」

 クラスの誰とも繋がりを持たない裕一だったが、澄玲というたった一人且つ周囲との交流も薄い人物たが、関係を持ったことでわずかではあるが周囲との繋がりが生まれていた。

「そうだな、行事で悪目立ちするのも面倒だし」

「なんだか、すごく後ろ向きな努力ですね……」

「まぁ、これから仲良くしてもらえると嬉しいね」

 澄玲の心情などつゆ知らず、裕一は友好の印として右手を差し出した。

「昨日名前をやっと知ったというのに図々しいですね」

 そんなことを呟きながらも握り返してくれるのは澄玲の優しさか、それともその他の感情なのか?

 しかし、これで二人のボッチによるボッチ同盟が結ばれた。

 これはとあるクラスの二人組による傷の舐めあいである。



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