出会い
初めまして。初めて小説を書きます。
読みづらい部分多々あるかと思いますが、よろしくお願いします。
この日は、真夏のような暑さであった。
いや、この表現は間違っている。
この日も、真夏のような暑さだった。
ここメリーディエス領は、王国の南に位置する土地であり、一年のほとんどが夏である。
刺すような日差しとカラリとした空気、薄手の衣を纏った住民に、至る所に水路を取り入れた街並みは、どこか陽気で明るい雰囲気を感じさせる。
しかし、そんな陽気な街の喧騒は徐々に静かになる。
ズズッ…
……ズズッ
朝のマルシェの賑わいに、影を落とした様な人物が歩いていた。
白い厚手の綿を幾重にか重ねて纏っており、とてもこの土地の人間には見えない。旅人と言うにはそれにふさわしい荷物も無く、むしろ着の身着のまま出てきたような軽装具合だ。
何よりも目を引くのはその人物の生気の無さだ。
おぼつかない足取りで、地面を引きずる様に歩く。足枷でもはめているのでは無いかと思われる様な重い足運びだが、重りの類いは一切ない。
白い衣は頭まで覆っており目元も見えないが、顎を上げ、口で行なっている呼吸は微かにひゅうと音が漏れている。乾いた唇は土色で、唾液さえももう枯れているのだろう。
「水…、み、…ず…」
静かなマルシェの中にあっても、その囁きは風に紛れて誰の耳にも届かない。
誰かがこの人物に声をかけようとする。新鮮なトマトが目を惹く野菜売り場の膨よかな女性だ。その表情には明らかな同情と困惑の色が伺えた。
なぜなら白い衣を纏った人物は、この女性よりも頭1〜2個分身長が低く、10代前半、いや、もしかしたらまだ10にもなっていないのでは無いかと思われる身体つきであったからだ。
見れば、野菜売り場の女性だけで無く、周りの店の主人や街行く行商人、買い物客までもが同じ様な表情を浮かべていた。
だが言葉はどこからも、誰からも投げかけられることは無かった。誰もが言葉を発しようとし、それが叶わずに目を伏せていった。
ズズッ……
………ズッ…
白い衣の人物は歩みを止めない。いや、止まっている様な速度でしか無いのだが、その足は確実に前へ進もうとしていた。
命に代えても成し遂げるべき目的があるかの様だった。
この場の人々は誰もが、長い時間動けずにいたように感じていたであろう。実際には、大した時間は過ぎていない。
ただ、えも言われぬ緊張感が高まり、このまま騒動でも起きるのでは無いかと思われた時、彼女は現れた。
真夏の気候だと言うのに、女性は足首まである黒いワンピースを着て、同じく薄手の黒いストールを肩に巻き、二の腕まである黒いレースの手袋をはめている。
濡れた様に艶やかで、しなやかに揺れる黒髪は腰まで伸び、左耳の少し上には紗らりと揺れる銀の髪飾りをつけていた。
この日差しに似合わない抜けるように白い肌は、女性の美しさを際立たせている。大きめだが切れ長の目には、黒い瞳が喜色を浮かべて白い衣の人物を見下ろしていた。
この女性の周りだけは、夏では無いような涼しい空気が流れているようだ。現に女性は汗ひとつ浮かべていない。
彼女はこのメリーディエス領の土着の魔女、「夜の魔女」と呼ばれるヘレナであった。
「小鬼が紛れ込んでいるな。お前、何者だ。」
ヘレナの声はよく通る。ねっとりと甘い声音、だが老婆の様に低く思慮深い響もある。ヘレナは20代前半に見える容姿に似つかわしく無い声の持ち主だ。
白い衣の人物は声のした方へ、正面に視点を合わせた。
砂の地面の白、太陽の照り返しにより余計に明度を増した景色、マルシェの色とりどりのテントと様々な売り物が、色彩豊かな点描のようだと感じる。
痛いほどに賑やかな街並みの中、その声の主と思われる女性だけは恐ろしく色が無かった。
まるでそこだけ夜が来たような、静かで冷たい空間。
きっとこの女性は自分を迎えに来た死神だ。漸く、逃れる事が出来る。死ぬことが出来る。
この夜に抱かれて、地獄に行こう。
そう思った瞬間、白い衣の人物は歩みを止め、ゆっくりと地面に崩れたのだった。
2018年2月25日