日本以外全部異世界転移
MTSAT——気象衛星ひまわりX号。
東経145度の静止軌道からイメージャによって観測記録された画像が定期的に配信される。
その日の何度目の観測だったか。
異常な、いや気象現象などではあり得ない、世界中が複雑な光の曲線……その模様は所謂魔方陣としか言いようのない、異様な輝きに包まれたのだ。
普段ならば|青い地球《明るく橙色に光る帯があり、そのまま再び淡い水色に、そして暗黒色に変わってゆく地平線。明るく光る表面から暗闇の空への境界。漆黒の空間に見える星々の煌めき。薄く、とても薄く地球の球体を囲む大気の膜。優しく光る淡い水色の地球、暗黒空間へと続く、とてもなめらかな曲線の境界》。
だが星影や蝕もでもないのにその星は、南半球の全ては昼間の面も闇に包まれ、北半球も一部を除いたそのほぼ全て、球面全体に幾何学的な……ユークリッド空間に入った切れ目のようなもの、それに緑と紫の混ざった毒々しい光が線上に激しく放たれている。
球面に描かれた六芒星、切り開いて展開すれば鋭角を4つ持つクロウリーの星と呼ばれる図形だ。
魔方陣というのは通常円形であるが、そのサイズは球面のほぼ全て覆い尽くしていて逆にただ一点だけ円形に、ルーン文字に似たものが円周上に描かれ、その内側だけ通常と変わりない画像……。
ただ日本だけが、残されていた。
ひまわりから画像を受信した気象関係者は画像の配信ミスを疑い、次にコンピュータウィルスを疑った。
最新式のひまわりは1日あたり48枚の走査画像を送信する。異変はその中の一枚のみ、その後の画像に魔方陣は消失している。つまり30分以内の出来事だった。
国際電話が全て不通、インターネットも海外サーバーのものは使用不可。2ちゃんねるユーザーは荒れに荒れ、しかしSNSもその殆どが使えない。
具体的には、G◯◯gleが使えなくなり、yah◯◯知恵袋に質問が溢れた。
末端ユーザーにとってのプラス面といえば、スマートフォンの無料ゲームなどで突然広告が表示されなくなったくらいだろうか。
初めは一時的な通信障害だろうと静観していた大人しい人々も時間が過ぎるにつれて疑問や不満を抑えられなくなった。
ある程度のスキルを持つユーザーはターミナルでPingを打ち、もう少し詳しい人はTracerouteを使った。どうやら日本の主脈回線は生きているが、海底ケーブルから先が反応を返さない事が判明する。
ニートにも、世界で何かが起こっている事が分かった。
無線マニアは世界中から電波が消えた事をかなり早い段階で知った。
自衛隊のAWACSやレーダー早期警戒網は全方位から異様な反応を受信していた。
警戒出動で飛び立ったF35はその瞬間、闇の手前で引き返した。
日本の空域を出なかった事が幸いだった。
航空機は国内線や運良く駐機中のものを除いてその全てと連絡が取れなくなっていた。
日本政府は慌てた。初めはそれこそパニックを起こしかねない程に。
外交官や諜報員はもとより、商社マンや唯の旅行者に至るまで、海外にいた人間とは全く連絡がつかない。
外務省には問い合わせが殺到。
各国大使館にも連絡を取るが日本政府の情報以上のものを持つ国は何処にも無かった。
在日米軍は、アメリカ本国はおろかかつての琉球王国沖縄の辺野古基地からの連絡までも途絶え、横須賀に駐留する第7艦隊を旗印に日本中の米兵を大急ぎで集結させつつある。
とりあえず、人気アイドルグループ再結成のニュースを流して、国内の騒乱を防ぐ事にした。
一部の事実を知るごく少数の人間を除いて、それで何とかなった。
海外との連絡が取れなくなる事など大半の日本人には問題とならない。
しかしそのまま放って置くわけにはいかない。
エネルギー問題だ。中東からのタンカーも戻って来ない。石油の備蓄量は1ヶ月程しかなかった。
外務省、国防省、内閣は即時緊急で極秘の会議を開き、調査に乗り出した。
政府諜報機関JCIAのスタッフも各世界に派遣された諜報員の誰一人とも連絡が付かず、長官はその会議に呼ばれた際に辞任を覚悟していた。
「この度の不手際、どう責任をとっていいものか」
「今すぐ働いてくれ。向かってもらう場所は、……全世界」
調査任務を受け各地に派遣、と言っても民間航空会社も安全を確認出来ず飛ばせる飛行機は国内線のみだ。
SM△P再結成のニュースの裏で、自衛隊の災害救助の海外派遣の特別法案を国会で承認させて最速で施行しつつ、それでも間に合わないので事後承諾として部隊単位で、残された輸送機をフルに使い各国へ飛ばした。
その結果、各国の調査員の報告は驚くべきものだった。
世界中に誰も人がいない。
インド、チャイナ、南北アメリカ、ロシア、オーストラリア、ヨーロッパ、アフリカ。
全ての報告が一致していた。
……世界中に、人間が何処にもいないのだ。
アフリカでは禁猟区の国立公園から動物が溢れ、ナイロビのヒルトンホテル前でライオンの狩りが行われていた。
アメリカではデトロイトもシアトルもニューヨークもカリフォルニアも全部、プリピャチ以上のゴーストタウン。南米もキューバからアルゼンチン、ブラジルに至るまで全て同じ。
あれだけ人口の多かったチャイナやインドも今やもぬけの殻だ。
ヨーロッパからは各種美術品を保護の名の下で接収する事に成功した。
ロシア、そこへ派遣された調査員たちは遂に驚くべき窮地に気付かされる事となる。
緊急停止はしたものの電源を失いメルトダウンを待つばかりの原子炉だ。
いや、ロシアだけではない。世界中のプラントが似たり寄ったりの状況だった。
いやそれだけではない。
残された核兵器、その中には定期的に暗証番号を入力しなければ自動的に発射されるようなシステムのものまであった。
まさに地球の危機だった。
チームを作り、それぞれで災害派遣として自衛隊を送る。
システムを解析し、安全停止まで持っていく事の出来る技術集団。それを最速で派遣して対処に当たらなければならない。そこには一つのミスも許されない。
日本は持ちうるすべての手段と最善の策を講じて粛粛と作業を進めていった。
原油は手近な近隣国から掠め取った。
いかに巨大な国であろうと政府どころか人間が誰一人いないのだ。
抵抗どころか文句をいう奴だって。……いや、いた。
日本に残された外国人だった。
旅行者だけではない。ビジネスで来た者や、外交官。大使や領事などももちろんいて、各自で秘密裏に連絡を取り合い、同じく取り残された工作員、日本に潜入したスパイたちと結託して反対運動や各種の活動を大々的に行った。
しかし本国に誰もいないということは、その後ろ楯が何もないのと同じ事だ。
しばらく様子見したのち、やはり大丈夫だと分かった政府は彼ら反日スパイ組織を一網打尽に逮捕し尽くした。
その間にも別のチームでは、事故を予防し、危険な兵器を無力化し、原発を安全停止し不要なものや廃棄物はアメリカやチャイナの大地奥深くに地層処分し世界の安全の維持に勤めた。
その時の日本の政府首脳陣が格別に優秀だったという訳ではない、ただ邪魔するもののいない世界では、どのような事もやり放題であった。
世界の安全が確保されたのち、国民にもその情報が公開された。もちろんリークなどで非公式には知れ渡っていた事ではある。
日本に残された全外国人二千万人が九州に集結して自衛隊と睨み合った紛争が、中でも最大の障害だった。
近隣の半島、その見捨てられた軍事基地から密輸入船が武器弾薬を運び込み、関門海峡を挟んで福岡と山口で睨み合った。
博多のとんこつラーメンの屋台が爆発的な売り上げを達成した事が記録されている。
陸海空の自衛隊は惜しまず兵器を投入してこれを鎮圧。
いくら兵力を一点に集中させたとして他国から侵略される危険もない。
陸上戦は簡単だった。
あり合わせの武器に訓練もされていない主義思想も違う烏合の集、彼らに対して自衛隊は最新20式戦車を全機投入。
人的被害はゼロ、RPG7を食らった数台がキャタピラを損傷した程度の、軽微な被害で敵のほぼ全員を無力化した。
外国人の殆どが武器を捨てて投降。のちの軍事裁判にて大半は国外追放、もしくは島流しという処分に決定された。
米兵よりも手持ち武器を扱い慣れたアラブ人の方が厄介だったというのがある自衛官の談。
一番の見せ場は海戦、横須賀から出航して米兵をかき集め、空母◻︎ナルドレーガンを筆頭にした第7艦隊と、対するは護衛艦いずもをはじめとした海上自衛隊の艦隊との正面衝突、第二次日本海海戦が繰り広げられたあたりだろうか。
沈めずに逃していれば最悪、日本に対する三度目の核攻撃すらあり得たので、危ないところであった。
最後まで逃げ回るノイズキャンセル技術を施された米原潜。それを更に静粛性に勝る16SS、旧式のスターリングエンジン搭載そうりゅう型潜水艦で追い詰める海面下のバトルは手に汗を握らされた。
全艦撃沈後、迅速に救助を行う。見殺しにしないのは余裕の現われだ。
空戦でも機体がモンキーモデルとは言え操縦技術で勝る日本人パイロットが辛くも勝利。
そうしてパックスジャパーナという日本の夢が、有史以来始めて成し遂げられたのである。
国民の大多数の意見は「いろいろあったけどファンだったSM△Pがまた見れて嬉しい」とのことだった。
だれが世界各地のどこに入植しても良かった。それだけ広大な土地が手付かずで残されていた。しかし日本人は遊びの旅行には行くものの結局快適な日本の暮らしを捨てられず、移民はごく僅かな人数に留まった。
必要最小限、現地に資源採掘などで駐在する作業員はいくら給料を上げてもみんな嫌がったせいでなり手は少なかった。
そして、そのまま平穏に日々は過ぎ……。
ある日、六十億人がチーレム勇者となって帰ってきた。
無数の異世界に各自飛ばされて、いろいろ冒険をしたそうだ。
そして異能を持ち、我儘で、身勝手で、奴隷を何人も連れた六十億人の勇者との戦いが始まる。
対応に振り回された首相は当時を振り返ってオフレコで「超めんどくさかった」と語ったという。
ジャンルとかいろいろ間違えてたんで訂正しました