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短編

女神の銅像は人間になりました。

作者: 川上桃園


 お前が好きなんだー、私もですー。

 そんなやりとりをずっと見せられ続けている。苦行。


 目の前の友人同士なら祝福でもしよう。

 男と婚約者だったら、自分の将来を憂いで修羅場ぐらいは演じてやろう。


 でも違う。そんなんじゃない。


 私はただの銅像である。

 それもこの学問をつかさどる女神の銅像だ。さらに言えば、ここは聖なる学び舎の敷地内だ。


 創立当初からこの学校を見守ってきた私。特に何かしていたわけではないけれど、暇つぶしに前を通っていく生徒たちの顔を眺めていたことは認める。だが、断じて何かした覚えはない。ないというのに……気づけば、銅像の私の前で告白するブームが到来していた。


 このブーム、なかなか息が長いな。もうそろそろ百年経つぞ。


 仕方がないなあ、と女神らしく(正確に言えば女神じゃないけど)私は二人の間で祈った。



 別れちまえ。


 

 強制傍観者になっているこっちの身にもなってくれ。処女(?)の身にもなってくれ。

 だから私は声にもならない声で、もう一度叫ぶのである。



 爆ぜろ!



 ふっ、言ってやったぜ……と、些細な達成感を味わっているうちに、男女は手を繋いでどこぞへ行ってしまった。若者よ、調子乗るなよ。女神様は見てるぞ。私はいつでもお前の背中に取りついていると思え。別れた時だけ、報告しにきてもいいよ。可愛い女の子には優しくしちゃうよ。


 それからしばらく。



 いつものやつがやってきた。名前は知らない。銅像の前で自己紹介するアホはいないからな。


 だから今わかることを述べよう。


 やつは男である。

 銀髪と青い目だ。

 生徒の恰好ではない。講師か教授だ。ただし、昔は制服姿だった気もする。

 そしてよく女にもてる。大体女に呼び出され、ものすごい鉄面皮で即効断っていた。

 しかし、ある時から一人で来ることが多くなった。

 私が立っている台座に寄りかかって読書したりとか、銅像の私を黙って見つめているとか。


 時に悩ましくため息なんかもついちゃったりして。



 若者よ、君は自ら孤独を求めるアウトローかい。そんなお綺麗な顔でえり好みするなど、この私への当てつけか!? こっちは動けないっつーの!


 何の因果か自我を持ってしまった私。動けないし、話せない。許されたのは見ること、聞くことだけ。まして、せっかく与えられた視覚や聴覚を、カップルばかりで占められるのは嫌だ!


 あー、私だって動きたいー。

 きゃっきゃうふふの学生生活楽しみたいー。おいしいもの食べてー、素敵な恋人なんか作っちゃってさあ!! そういうのを、銅像だって求めているんだよ!? 主に私限定だけど!



 くそう。


 さんざん文句垂れた私はイライラしていた。目の前に立つ奴の人生充実度が高そうなほど、私の歪みっぷりは加速するのである。人類滅びろぐらいは思う。


「あなたは可愛い人ですね」


 んん? ふと自分に言われたような気がしてやつを見るが、やつは小難しいそうな本を持って読書にいそしんでいる。空耳か。そりゃそうだ。私の知るやつは、自分に告白してきた女をぼろくそにいうやつだった。惚れる女は正気じゃなかったに違いない。


 きっと、あれだったんだ。言ったとしても本の中の台詞とかだったのかも。紛らわしい奴め、うっかり恥ずかしがるところだったじゃないか。


 ぶつくさ言っていれば、おもむろに奴が立ち上がり、私を見上げ――何を思ったのか、台座に乗った私の右足に口づけを落としていった。おい、何の願掛けだ。


「もう少しの我慢です……。もう少しだけ我慢してくださいね、俺のお姫様」


 何やらうっとりと銅像の私を見つめてきた。こいつ、頭がいかれているな。その半分ぐらいの愛想をなぜほかの女に向けないのか。


 いいか、よく聞け人間。

 私は銅像だ。口説いたって何にも出ないんだ。下から覗いても下着が見えないように。


 立ち去るやつの背中を見据えた私は、「さらば人間よ」と幾分か寂しさをにじませた表情でつぶやいたのだった。そしてもうしばらくはもう何も見るまいと目をつむり――。












 次に起きた時、私は人間になっていた。


「え?」


 自分の手が動いているのが見える。ついでに真っ裸ということもわかった。自分の太ももの肉をつまんでみると、確かに痛みが走るし、弾力が感じられる。


 足を動かそうとしても……いや、動く。目覚めて、起き上がれもしたからそうだろうという予測はあったけれど、あっさり動くものだから、私は間抜けにも「え、え?」と繰り返すしかなかった。


 ……なんてこったい、私、人間になっちゃったよ。



 興奮で胸がどきどきした。どきどきした、ということは心臓が動いているということで。


 にんげん。私、人間なんだ。


 私は両方の拳を突き上げて叫んだ。


「素晴らしきかな、人間!」


 何やらごちゃごちゃした空間にある、よくわからない台の上で嬉しさを爆発させる私。




 そこへ――。


「やっと君に会えた。〈アイリアンナ〉」


 アイリアンナとは何ぞや? あ、銅像の女神さまか。つまり私か。滅多に呼ばれないからうる覚えだったよ。


 男は裸の私に近寄ってくる。「お姫様」とほざいた奴だった。奴は私の手を取って、きざったらしく口づけた。おい、だからその顔をもう少し周りにだな……。


「はじめまして、かな? 俺はローバルド。この学校で古代実践魔法学の教授をしています。ちなみに独身です」

「は、あ? 古代、実践、魔法学?」


 なんじゃそりゃ。


「古代の賢者や神が作り出した魔法の復元をする学問、ですかね。しかも、今の時代でも利用できるように研究し、応用や改変を加えて普及させることも仕事です。ちなみに俺は特許とかで結構収入ありますよ」

「なるほど」


 ちっともわからないね。


「君に行ったのは古代の復元魔法を応用させたものです。銅像の下に埋められていた女神の骨を媒介にして、女神の新しい身体を復元し、その器にこれまた古代魔法の移魂いこん術で君の魂を結び付けてみました。その様子ですと、特に不備はなさそうなので、成功したとみていいでしょう」

「へ、へえ……?」


 お姉さん、君の言っていることわからない。大丈夫、生きてる?


「まあ、いわばこれは複合魔法ですね。いうなれば――『女神復活』とでも名付けましょうか。ああ、ご安心くださいね、女神。今回のことは決して公表するつもりはありません。公表したところで、国に君を取られそうですし、私も禁術使用や器物損壊もろもろの罪で命がいくつあっても足りませんからね。君だって生きたまま解剖されるのは嫌でしょう?」


 奴のいうことはいかれていたけれども、最後の問いには全力で首を振らせていただく。人間怖いね!


「え、えーと、ですね。ローバルドさんでしたっけ? 私としてはずっと動けなかったから身体があって、自由に動けるというのはとーっても、ありがたいことなんだけれども。一つ、疑問が」

「なにかな、アイリアンナ?」


 とーっても、うれしそうな顔をされるローバルドさんである。


「なぜ私を人間にしようと思ったの?」

「君の声が聞こえたからですよ」

「は?」


 ……ナニヲオッシャッテイルノ、ローバルドサン。


「いつも女神像の前にいくと、きれいな女性の声が聞こえてきました。とてもかわいらしく悪態をついている君の声が。……俺、昔から精霊とか幽霊とかの類と関わることが多くて。銅像の君をよく見れば、銅像の上に幻のように魂の『君』の姿もありました。それで銅像のことを調べるうちに、あの下には亡き女神さまの遺骨と魂があるという伝説があることを知り、いろいろな方法を試しながらどうにか君の身体を作り出そうとしたわけです。……どうです、俺は若くて有能でしょう?」

「そ、そうかな。たぶん?」


 あの、認めるんで、じりじりと私の方に顔を寄せるのをやめてもらえませんかね。銅像だって初心なところがあるんですよ。あ、今銅像卒業したけど。


「……本当に、苦労したのですよ。在学中からもう何年も、隠れてこの研究ばかりして。それでいて、この学校に残るためにも新しい研究成果も出さなければならかったし……。ああ、そうです。アイリアンナ。君には女神だった頃の記憶はありますか?」


 いや、ないよ。ただの銅像だったよ。だから私の髪を嗅ぐのはやめてくれ。顔を埋めないでくれるかね。

 背筋がぞくぞくしてきた。


「あるわけ、ないっ」

「……よかった。もしも君にほかの男の記憶があったら、君にお仕置きをしなくちゃいけないところです」


 お、お仕置き……!? なんで私がお仕置き受けなくちゃいけないんだ! 理不尽だっ!


「なぜって? それはもちろん、君は俺のお嫁さんだからに決まっているじゃないですか。そのためにやっとのことで現世に引きずりだしたのに逃げられたらたまらないでしょう?」


 私の身体に寒気が走った。この男、やっぱり病んでいるよ……! 生きているか死んでいるかわからない銅像(どちらかといえば死んでいるけど)のために、そこまでするか!?


 お嫁さん? 誰か承諾するか、そんなもの!


 動機はともかく、身体をもらったことは素直に感謝してもいい。

 ……が、私はこの身体をかっぱらって、この世界でフィーバーするんだっ!

 リア充とやらの道を開拓するんだよっ。この間、通りがかりの女の子たちが盛り上がっていたんだから!



「ああ……そんなに子ウサギのように震えないで? 心配しなくても充実した生活をさせてあげますよ? 三食飯付き、おやつあり、住むところや着るところまで用意しますし、君を何より大事にする愛情たっぷりな旦那様までつきますよ。――君は、ただ『はい』と頷いてくれればいいのです。それだけで何不自由ない素敵な新婚生活が送れるのです」

「……いやー、何不自由のない素敵な『生活』だけならぜひとももらいたいなあ、なんて」

「つまり、承諾するということですね」


 いいや、遠回しに拒否しているんですが! 人の話聞いて!?

 もうやだよー、押しが強すぎるよー。


「違うよ、違うからね? ね、だからちょっと待とう。落ち着こう」


 男はふわりと笑う。子どものように無邪気な笑みだ。あ、なんだろう、よこしまな感情が透けて見えているよ。

 ずりずりっと男から離れようと台に手をついて下がろうとしたけれども、がしっ、と案の定腕を掴まれた。そして私はふと気づいてしまった。



 あれ、私裸じゃない?

 かなりまずいんじゃない?


「大丈夫ですよ、愛はあります」

「は? 何を急に、そんな言い訳くさいことを、って! んっ」


 口づけされた。かぷっと嚙まれるように。痛いわけではないんだけれども……どうしよう、今後の展開が目に見えてきた。

 しかも悔しいことにこの男、間近でみると、どえらいイケメンである。髪と同色のまつげも長いこと長いこと。強引なくせに、私の髪を撫でる仕草も愛おしさに満ちたものだった。


「ずっと話しかけたかった……。夢みたいだ……」


 口づけの合間に切なそうに囁かれたら、わりと現金な私も、気の毒に思えてきた。


 ……大事な青春を成功するかどうかもわからない『私の身体』に費やしてきた男である。


 変態に違いはなかろうが、その恩恵を多大に受けている私は……世界中の誰もが奴の功績を否定しようが、彼に感謝しなければならないのではなかろうか。


 それに、この男は知らぬ仲ではない。なんだかんだ言って、私の退屈を紛らわせるのに一役買った男だ。私の銅像に毎日やってきたいわば『私』の信者である。信者にはご利益があってしかるべきだ。


「……抵抗するのをやめましたね。そういう返事でよかったですか?」

「まあ、いいかな、と思って……よく考えてみたら、嫌いじゃなかったし……」

「好き、大好き、愛している、ということですね!」

「う、うん……」


 そう、かなあ?

 愛って、そんなすぐに芽生えるものかなあ?



 結局一線超えてしまった。……手加減って大事だと思うの。





 まあ、そんなわけで人間となった銅像の私である。なんだかんだで現世をエンジョイしている。

 今もある寄宿学校には私の銅像が立っているけれども、さすがに今はリア充を呪うのはやめておこう。もはや呪われるのは、明日は我が身、だからね。


連載の合間に書いた短編です。

勢いの部分だけのところが多々……。

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