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THE BAND CRAFT  作者: ですの
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バンドマンにありがちな事 【バンドを愛す】

文化祭の日、大歓声に包まれていた体育館。

そこは今、どこかしんみりとした雰囲気に包まれていた。

全校生徒と教員、そして生徒達の保護者が集まっている。


卒業式の当日、礼二も体育館で式に参加していた。


卒業式の様子を眺めながら、礼二はこの一年間を振り返る。


あっという間だった、というのが率直な感想だった。

礼二にとってそれは、学生生活の中で初めての経験だった。


中学生の頃の彼は毎日が苦痛だった。

何にも熱中せず、部活にも入らず日々を消費するだけの生活だった。


それが高校に入って一変したのだ。

軽音楽部に入り、バンドに出会い、初めて目標を追う楽しさに触れた。

様々な人達と知り合った。


その内の一人は、この日で高校を去る。

先輩が居なければ、礼二は恐らくバンドも直ぐにやめていただろうと思っていた。



自然と涙が溢れてくる。

これも礼二にとっては、やはり初めての経験だった。


卒業証書の授与が始まった。

卒業生達が一人、また一人とステージに上がる。


先輩も名前を呼ばれ、他の卒業生と同じくステージに姿を現した。


「礼二君、僕は今初めて先輩のフルネーム知ったよ」


「奇遇だなハルオ、俺もだ」


礼二は涙を拭きながら晴臣に小声で返事をした。

先輩の事は結局殆ど何も知らなかった。

いつも自分達に救いの手を差し伸べてくれた事を思い出す。


過去を振り返り、思いにふけっている内に、卒業式は閉会した。


式が終わった後、礼二と晴臣の二人は先輩の元に向かった。


「なんだよ、俺も一緒に行くよ」


賢人が二人に声をかけてきた。

すると、そのすぐ後ろから岳史も現れる。

この日は服装も髪型も整えていた。

少し昔の岳史に雰囲気が戻っていた。


「俺もなんだかんだ言って世話になってっからな。それに、あの人最後まで俺の名前を軽音楽部の名簿から消さないでいてくれたらしくて……。色々、謝っておかないと」


四人は先輩を見つけると、彼の元に駆けていく。


「先輩!! 卒業おめでとうございます!」


晴臣が声をかけた。

先輩はいつも通り微笑みながら四人に向き直る。


「おっ! 皆ありがとう!! 荒川君まで来てくれるとは。なんか嬉しいな」


「あの、その、部活に顔出さなくなってすみませんでした……」


岳史は話し方まで入学当初の頃に戻っていた。


「気にしてないよ、来年からしっかり部活に参加したらええんよ」


先輩はそう言って岳史の肩を叩いた。

そこに、麻衣達二年生の部員も集まってきた。

皆がそれぞれ先輩に話しかける。


その様子を、礼二は遠目に見ているだけだった。

数分前まで話がしたくて仕方が無かった筈なのに、言葉が出てこなかった。


皆で部室にいく事になった。

部室に皆が集まり、最後に先輩から卒業の言葉を貰おうという事になったらしい。

礼二は黙ったまま、皆についていった。


部室に皆が集まると、先輩は改まって話を始めた。


「あー。その、何話したらいいんだっけ。まぁいいか。俺は卒業します。他の三年は皆の知っている通り、今年は一度も部室には来なかったけど、最後の生き残りの俺も来るのは今日で最後だな。二年生達は来年こそは外で遊んでないでしっかり部室に顔出せよ! でも受験とか就職とかもあるろうしほどほど程度でいいからな!  カラオケ行き過ぎだお前らは! 部費でカラオケって中々いかれてるぞ!」


二年生達が笑い声を上げる。

先輩は話し続けた。


「一年生達は、この一年で本当に成長したと思う。楽器の上達もそうだし、バンドとしてもしっかり目標を持ったりしてて。バンドでの活動が出来る基盤を作る事が出来てると思う。それは本当に良い事だと思う。そのまま続けて欲しい。その内またきっと壁にぶつかる事や悩むことがあると思うけど、それでもバンドを続けて欲しい。俺達三年みたいにバラバラになったりはしないで欲しい。俺がこの三年間で唯一後悔してるのがそれなんだ。今日、この場に礼二君と晴臣君と荒川君が居る事が俺は本当に嬉しいんだ。友達は大切にな」


皆無言だった。

先輩は一呼吸置いて、再び笑みを見せた。


「さて、しんみりは嫌いなんでこの辺りでこういう話は止めるわ。今晩もし時間に余裕があるなら、卒業記念に盛大に飯奢るぜ? どうよ、最後に俺から搾取してみないか?」


部員達が盛り上がる。


「じゃあ、7時に駅に集合で! そこでまた色々話とかしよう! じゃあ、今日は本当にありがとう、いったん解散!!」


軽い拍手が起きた後、部員達が部室を次々に後にする。

最後に部室に残ったのは礼二と先輩だった。


先輩が礼二に話しかけた。


「どうした礼二君? まだ夜まで時間あるから一旦家に帰って着替えてきちゃいな」


「あの、先輩、その……」


言葉がまだ見つからなかった。

先輩はそれを察してくれたのか、黙って待っていてくれていた。


「……俺、軽音楽部に入って、バンド始めて、本当に良かったって思いました。でも、先輩が居なかったら多分直ぐにバンドなんてやめてたと思うんです。でも先輩だけじゃない、他の三年生達も。あの三年生達の部活発表のライブが、俺の中に今もあり続ける目標の原点だと思ってて。だから、先輩は後悔してるって言ってたけど、俺は先輩も他の三年生も、両方尊敬してて……。多分、きっと仲直りできますよ。だって皆さんバンドマンとして最高だと思うから」


「ははは、ありがとう礼二君。ただね、正直言ってあいつらとまたどう向き合ったらいいのか、俺にはわからんのよ。部活動発表会のあったあの日も、俺はあいつらのところに行ったんだけどさ。結局何も話せなかった。悲しいよな。一度は一緒に同じ目標に向かって頑張ってた関係なのに、今じゃ何も言葉が出てこない」


「……俺はバンドで誰かと繋がりを持てました。その力の凄さをこの一年で理解しました。音楽で一度は繋がったなら、音楽で仲違いしたなら、やっぱり仲直りも音楽を通してみるのが一番良いと、俺は思います」


礼二の言葉に、先輩はしばし答えなかった。


「……ありがとう礼二君、ちょっと、行ってくるわ」


決心したように先輩はそう告げて、部室を去った。

礼二は先輩が何をしようとしているのか何となく理解していた。


礼二も部室を後にする。

扉から出る前に振り返って部室を眺めた。


一年間の思い出が再び蘇ってくる。

初めて楽器に触れたのも、初めて友人が出来たのも、初めて女生徒と仲良くなったのも、全てこの場所だった。


「なにしんみりしてんだ俺は。卒業するのはまだあと二年後だってのに」


「なに独り言?」


ふいに声をかけられた。

振り向くとマミが居た。


「あ、宮野、いやその、色々あった一年だったなって。それで色々考えてた」


「そうだね。高校生の一年間って、こんなに早いんだって私も思ってたよ。で、何を考えてたの?」


これからどんな事が起きるのか礼二には分からない。

だが、一つだけ心に決めていた。


「俺はこの楽しさを皆と共有したい。バンドを通してどんどん新しい事に出会いたい。そして、その感動を皆に伝えるために、バンドをやりたいんだ。そういうの全部ひっくるめてバンドを続けたい。そして、来年出来るかもしれない後輩にもそれを知ってほしいんだ。特に昔の俺みたいな奴にとって、それは最高の経験になるはずだから」


「そうなんだ。なんか楽しそうだ。それじゃ来年は勧誘頑張らないとだね」


「勧誘ブースは確か軽音楽部のとなりは吹奏楽部だろ? 俺達と宮野達で新入生の奪い合いになるぞ覚悟しとけよ!」


二人は少し笑い合った後、部室を去った。

最後にもう一度、礼二は部室を振り返る。


夕日が差し込み、室内の楽器を朱く照らしていた。





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