バンドマンにありがちな事 【身近にいる凄い人、意外と自分からは情報を発信しない】
「……では、畠山オールドロックの皆さんに拍手をお願いします!」
司会役の女性の元気な掛け声で、野外ステージを観覧していた観客達から拍手が送られる。
公園の野外ステージは大盛況だった。
多くの人が花火大会が始まるまでの繋ぎとして、このステージを観に来ているようだ。
「では、続いていよいよ本日の大トリ!! 来年4月よりメジャーデビューする事が決まったこの方に起こしいただきました!! FLATさんです!!」
黄色い歓声が会場から上がっていた。
歓声と拍手に包まれながら、ステージに一人の男性が現れる。
「……えぇっ!? はぁぁぁぁ!?」
ステージに現れた男性を見て、礼二と晴臣は飛び上がる。
歓声の中現れたのは、あの先輩だった。
「なっ!? なんで先輩が!?」
「なんだ知らなかったのかよ、あの人は来年から男性キーボードアーティストのFLATとしてデビューするんだよ」
麻衣が何でもない様に答える。
「全っっっ然知らなかったっすよ!? 俺ら何にも知らないっすよ!?」
「まぁ、あの人は自分からそういう事言うタイプじゃないからなぁ」
「そうか!! 賢人君はこの事知ってたんだ!!」
FLAT、基い先輩は拍手に対して手を降って答えた。
司会役が先輩に話を伺う。
「どうですか? 今日のステージは」
「そうですね、僕のメジャーデビュー前のライブはこれを含めてあと二回だけなんで、全力でやらせて頂きたいなと思いますね」
「楽しみにしてます! では、準備の方よろしくお願いします」
先輩のあとに続いて、バックバンドが登場する。
ギター二本にベースとドラム、そして先輩の前にはマイクとキーボードが用意された。
「短い時間ですけど楽しんでいってもらえれば幸いです。そしてこの後に行われる花火大会が皆様の素敵な思い出になるように願いを込めて、一曲目は僕のメジャーデビューアルバムから『レミニス』を演奏させてもらいます」
曲名を聞いて礼二と晴臣はニヤつく。
「賢人のやつ、絶対ここから名前取っただろ」
「先輩のオススメも何も先輩の曲名からまんまとはね!! イカれてんのかあいつ!!」
ライブが始まる。
礼二と晴臣は先輩が演奏する楽曲がどんなジャンルなのか検討も付かない。
そもそも二人は思い返すと先輩の好きな音楽やグループを知らなかった。
一曲目のレミニスの演奏が始まった。
キーボードの甘い旋律はどこか大人びた雰囲気で会場を包んでいく。
その後、ギターのカッティングがキーボードの旋律と絡み合い、ドラムがリズムを叩き鳴らす。
ベースラインは、礼二が今まで聴いてきた音楽のどれにも該当しないような不思議なものだった。
「へぇー。面白いね。まるでキーボードが入ったUNCHAINみたい」
麻衣が呟くようにそう言った。
「確かに! でもこれはUNCHAINって言うよりも、もっとフュージョン寄りな気がしますよ!! Casiopeaみたいな!!」
晴臣と麻衣の音楽談義が始まる。
二人が話題に挙げているグループを礼二は知らない。
が、そんな事はどうでも良くなってしまっていた。
あまりにも格好いい、礼二は率直にそう思った。
比較的落ち着いたテンポの楽曲なのにも関わらず、テクニカルでどこか優しいギターとキーボードの旋律がとても心地良い。
自然と身体がリズムに合わせて動き出していた。
FLATのファンと思わしき集団がステージ前列で手を振り上げながらライブを楽しんでいる。
だがそれだけでは無かった。
明らかに暇潰しの為に来たであろう他の観客も、FLATの演奏が始まると身を乗り出すようにしてステージの方に集まってくるのだ。
年齢も性別も関係無く、多くの人々がFLATのステージを楽しんでいる。
「すげえ……」
その光景を目の当たりにして、礼二は何故か感極まってしまった。
涙が零れそうになる。
「……どうしたの沖山君」
マミが礼二を不思議そうな視線で見つめていた。
「えっな、何が?」
「泣いてるじゃん。そんなにあの先輩さんにメジャーデビューの事教えてもらえなかったのが悔しかったの?」
「い、いやぁそう言うわけじゃなくて……。さっきの宮野の質問の答えが分かった気がした。それで、それでなんか知らないけど感動しただけだよ。しかも別に俺泣いてないしね」
「いや絶対に泣いてるじゃん。目の周り凄いことになってるけど」
礼二は恥ずかしそうに目を擦り、再びステージに目を向けた。
なぜ自分はバンドをやっているのか、その答えがそこにはあった。
「別に難しい答えなんかじゃなかったんだ。ただ、音楽が好きで、自分達の好きな音楽を演奏するのが最高なだけなんだ」
礼二は呟く。
一曲目の演奏が終わる。
先輩が再びマイクを持ち話し始めた。
「ありがとうございました! いやぁすごい、皆さん元気が良くて。次の曲で最後にはなってしまうんですけど、もし気に入ってくれたならちょっとでも応援してくれたら僕は嬉しいです。じゃあ最後の曲やります!」
最後の曲の演奏が始まった。
礼二はいても立ってもいられず、最前列に飛び込んだ。
日が沈み人々の影が伸びていく。
ステージの証明に照らされた先輩の姿を礼二は必死に追っていた。