バンドマンにありがちな事 【顔合わせの自己紹介でとばす】
「……では、顔合わせを始めたいと思うので出演バンドの皆さんはホールに集まってください」
ライブハウスのスタッフが各出演者に声をかける。
顔合わせとは、そ出演するバンドを集めてその日のイベントについての説明と、スタッフと出演者の紹介を行う為に行われるものだ。
出演者達がぞろぞろとホールに集まってきた。
レミニスの三人もホールに入る。
全ての出演者とライブハウスのスタッフが円を作るように集合した。
「では、本日はお集まりいただきありがとうございます! まず僕は今回の企画担当をした『スーパーカブ』の吉田と言います、よろしくお願いします」
挨拶の後、吉田からイベントの説明が始まる。
この日のイベントはコピー企画で、オリジナル曲で出演するバンドはいない事、出演するバンドは全部で5組である事、1バンドの持ち時間は30分である事が告げられた。
吉田が企画の概要を伝えると、自己紹介に移った。
「では、まず僕達から。僕達はスーパーカブというバンドです、よろしくお願いします。メンバーは僕含め三人です。普段はオリジナル曲やってるんですが、ブッカーの和樹さんからコピー企画やってみないかって話貰ったんで企画しました。トリ努めますんでよろしくです」
ブッカーとは、ライブハウスの出演者を募るブッキング担当者の事である。
パチパチと拍手が起こる。
「じゃあ、次は1バンド目の『ゼックス日本』の皆さん自己紹介お願いします」
吉田の紹介を受けて、ゼックス日本のメンバーが自己紹介を始める。
「はい、ゼックス日本ってバンドやってまーす。メンバーみんなまだ中3ですけどしっかり盛り上げたいと思います。X JAPANのコピーやりますよろしくお願いします」
礼二がゼックス日本のメンバーを凝視した。
中学三年生にはとても見えない。
ゼックス日本の各メンバーは非常に凝ったメイクを施していた。
「俺達はネギトロクラスタっていいます。普段俺らもオリジナル曲やってるんですけど吉田君に誘われてコピーやる事にしました。2番目に出演します。メンバーみんな大学生で年齢バラバラっすけど、誰か友達少ないんで友達になってください!」
小さな笑いと拍手の後、3番目の出演者であるレミニスの自己紹介が始まった。
メンバーを代表して話すのは礼二だった。
「えっと、あの、レミニスって言うバンドでメンバーみんな高校一年っす。バンド初めてまだ二ヶ月くらいのメンバーが八割ですけど楽しいイベントにしたいんで頑張ります! よろしくお願いします!」
「八割ってなんだよ君たち三人しかいないだろー!」
吉田のツッコミで笑いが起きた。
賢人が小声で「いい自己紹介だった」と褒めてくれた。
礼二は部活に入ってすぐ行った、自分の自己紹介での経験から学んでいた。初動は無難に行くべきだと。
4番目の出演バンドの自己紹介が始まる。
「……俺達四人は『デス・ブレス』って言うバンドで、俺達もまだ結成して一ヶ月ちょっとで今日初ライブだけど、まぁ普段はオリジナルやってんだけど、今回は誘われたしコピーやることになって、よろしくっす。君たちの呼んだお客さんも奪っていく気満々なんで、覚悟しておいて」
デス・ブレスの代表はそれだけ言って一歩下がる。
「……はい、まぁそういう感じで今日はこの5バンドでライブやっていきます! ではブッカーの和樹さん後はお願いします」
吉田から話を振られ、ブッキング担当者がライブハウス全般の注意事項の説明を行った。
そして顔合わせは終了し、いよいよ開演まであと15分となった。
「……なぁ、あのデス・ブレスってバンドさんやばくね? めっちゃトガってるっていうか」
礼二がこっそり晴臣に話しかける。
「僕はヒヤヒヤしてたよ! むしろ礼二君があの空気をまた呼び込む寒い自己紹介ぶちかますと思ってたからそっちにビックリしたよ! まともかよ!」
「ま、学んでるんだよ俺も」
「まぁ、初ライブって言ってたし、キャラ付けも過剰になってんだろ。よくいるからな。ああいう世界観を顔合わせの段階から作っていくバンドも。慣れろよ」
賢人が素っ気なく二人に話しかけた。
そこへ吉田が現れる。
「こんにちは、今日はよろしくね! あいつの紹介だから楽しみにしてるよ」
「あ、吉田さん、でしたよね? よろしくお願いします! あいつって……、あぁ先輩の事ですか。僕らペーペーですけど頑張ります」
礼二が返事をする。
「良いって楽しんでくれれば! あいつから『自己紹介注目しておいて』って言われてたけど、存外普通で逆にびっくりだったよ」
「えっ!? あぁ、いや、あはは……」
「むしろその後のデス・ブレスさんがかっ飛ばしてきたからビビったわ! そんじゃ、あと10分で開演なんでよろしくね!」
吉田は小走りでその場を去っていった。
「……先輩、まだあの自己紹介覚えてたんだな」
「そりゃ忘れられないよあんな恥ずかしいの! しかもどうやらその恥ずかしいのを期待されてたみたいだね!」
「二度とやらねえよあんなの! 二度と!」
「この先どこまで僕達友達でいるかはわからないけど、可能な限り弄り続けるね!」
「おいやめ、えっ!? なんか今すごい悲しいこと言わなかった!?」
賢人は二人の会話を不思議そうに聞きながら、ギターの準備をしていた。