其の25 そして……修羅場
新年明けましておめでとうございます。
本年度も宜しくお願いいたします
(o_ _)o
では、お楽しみください
〔あ、あれは……もしや楽園!?〕
浩介の傍らにフェンリルがいる光景に簀巻ニルは瞳を見開き、信じられない表情を浮かべながら歓喜の叫び声を出した。
モフリストとして最上級の存在であるフェンリルとニル自身が淡い恋心を抱いている浩介のツーショットは彼女の瞳には楽園にしか見えなかったのだ。
「ジュルッ…あの間に挟まれたい」
思わず涎を飲み込むニルの姿には既に常識人の面影など微塵も見ることが出来ないでいる。
「あの場所はお主のためだけの場所じゃ…」
ニルの耳元で悪魔の囁き声が聞こえた。
「私の場所……」
恍惚とした表情で見つめるニル。
「そうじゃ、お主のために用意された場所じゃ」
更に悪魔の囁きが煽ってくる。
「…行かなきゃ」
ズルリ、ズルリ……。
尺取り虫のように身体を曲げながら這うようにニルは一心不乱に二人の元へと向かっていく。
〔ふふふっ、面白いのぅ〕
その後ろ姿を見つめながら楽しんでる者がいた。
この状況を造り上げた張本人サツキである。
勿論、ニルを悪魔の囁き声で煽り二人の元へと誘導したのも彼女の仕業であった。
サツキは周囲を見渡す。
リアを貶めるはずが、まさかのリーアムが被害者となる予想外の展開に笑みを漏らし、今度はニルが更なる楽しみを提供してくれようとしている。
実に愉快であった。
このような状況を楽しむことが出来るのは何時ぶりであったかと悠久の時を懐古しながらサツキはふと考えた。
幾多の時代、多くの異名を持ち、ただ本能に従いこの世界を渡り歩いたサツキにとって今が一番、充実しているように感じる。
〔良き時代になったものじゃ……じゃが〕
瞳に微かな陰りを見せる。
浩介という存在、取り込まれた二人の人格、そして自らの存在理由……全てが、この世界にとって必要であることは理解できる。
けれど、理解できることと納得することは違う。
サツキはそっと胸元に手を添える。
心の奥深くに眠るもう一人の自分に想いを馳せる。宿業、運命、体の良い言葉が意識を掠めていくが、それは言い訳に過ぎない事も判っている。
どれだけ自分を誤魔化そうとしても結局は時の輪廻に逆らうことなど出来るはずもないのだ。
〔…だから、今だけは〕
口元に哀しげな笑みを浮かべる。
〔そろそろ交代の時間じゃ……皐月〕
心の奥深くに眠る彼女に声をかける。
ー問題は解決した?
一連の騒動を知らない皐月は浩介の悩みが解決したのかどうかだけが気がかりでありサツキの呼びかけに直ぐに答えた。
〔そうじゃったのぅ……〕
サツキは自分が何故、彼女と入れ替わったのかを思い出し苦笑してしまう。今の状況であれば仕方ないことなのかもしれない。
そう、サツキは……すっかり忘れていたのだ。
ー…何か問題でもあったの?
不安げな皐月の声になんと答えるべきかしばし沈黙するサツキにさらに彼女の不安が煽られる。
〔…いや、問題はないんじゃが…ふむ〕
周囲を見渡し今の惨状をどう伝えれば良いか考え始めたサツキは不意に悪い笑みを浮かべた。
ー…な、なによ…その笑みは
サツキの不穏な笑みに不安が更に募る。
〔まぁ、自分の目で確かめれば良かろう……では交代じゃ。ふふふっ、楽しみにするがよい〕
腹黒さ全開でサツキは何の情報も与えずに皐月と意識を入れ替え始める。
意識と身体が徐々に重なり合いながら皐月の意識は不安と嫌な予感が渦巻き始めていた。
大概、サツキと意識を入れ替えた後は碌でもない目に遭っているからだ。最近での記憶ならリアに貞操を奪われそうになった。
ー……この不安だけしかない状況って……やだなぁ、絶対に碌でもない目に遭うんだろうなぁ~
〔ふふふっ、頑張るのじゃ~〕
そんな皐月の嘆きに心の奥深くでサツキの楽しげな笑い声が聞こえ更に憂鬱にさせられるのだった。
*
「…おい、フェンリル」
傍らで丸くなっているフェンリルに声をかける。
「なんじゃ~?妾は休みたいのじゃ~」
安全地帯に辿り着いた安堵感から緩みきったフェンリルの返事に浩介は頬をピクピクと震わせる。
なぜなら、床を這いずりながら近づいてくる存在が彼の視界にありありと映し出されているからだ。
「もう少し、もう少し……ふ、ふふふっ」
血走った瞳を爛々と輝かせながら不気味な笑い声と共に少しずつ近づいてくる簀巻ニルに浩介の表情が引き攣っていく。
本当の恐怖とはこの事だと納得してしまいそうになるほど、今のニルは異常とも言える姿であった。
「…帰って来いよ、常識人」
常識人であったニルを懐かしげに思い出しながらチラリと視線を今のニルに向け浩介は溜息をつく。
「なんじゃ?溜息など付きおって?妾は疲れたおるのじゃ、邪魔をするでない!お主は妾の壁になっておれば良いのじゃ…これだから下郎は好かんのじゃ…ぶつぶつ」
不機嫌そうに浩介の溜息を一喝し前足で顔を覆う。完全に油断しきっている。
「あぁー、壁ですか…ふぅ~ん、へぇ~」
フェンリルの言葉に少なからずカチンとくる。
少しは汐らしい言葉でも吐けば何とかしようと思っていたのだが、その態度に浩介は何も言わずに彼女の身体を鷲掴みにして持ち上げた。
「なんじゃ!妾を足蹴にしおって!何なのじゃ!妾の安息を邪魔するで………えっ?」
その乱暴な扱いにバタバタと身体を動かしながら抗議するフェンリルに無言で彼女の向きを変える。
フェンリルの瞳と床を這うニルの瞳が重なる。
「ふぇ~んりぃ~るさまぁ~」
ニンマリと笑みを浮かべ自分を呼ぶニルの姿に身体が固まり、瞳を何度も瞬かせる。
そして、我に返ったフェンリルは叫んだ。
「ほ、ほへぇ~!?で、出たのじゃ~!」
ジタバタと暴れ逃げようとするフェンリルを冷めた瞳で見つめる浩介、その姿はまさに鬼である。
ただ、ふと嫌な予感を感じて視線をそちらに向けた浩介は更なる災いが降りかかる事に気付き項垂れながら呟く。
「…このタイミングで入れ替わるのか」
淡い光に包まれているサツキに彼女の腹黒さを実感する。周囲を見渡し、あの凶器の被害者が続出するのが目に浮かぶからだ。
サツキの高笑いが目に浮かぶようであった。
さて、どうするかと思案を始めた浩介はリーアムとトリニティをニヤニヤしながら観賞しているリアに気付いた。
「うん…巻き込もう」
部下の窮地を楽しむアホに救いの手を差し伸べてやるほどバカではない。
「じゃあ、頑張れよ皇女さま」
ジタバタと暴れていたフェンリルは浩介の言葉にピタリと動きを止め不安げに振り返る。
「な、なんじゃ?嫌な予感しかしない発言のように聞こえたのじゃが……まさか、妾を!?」
驚愕する彼女に浩介は笑みを浮かべる。
「…ご名答。あっ、そうそうこっちも見てみろ」
項垂れるフェンリルの向きをサツキの方に向ける。それで、彼女も察した……帰ってくることを。
「妾は死ぬのか……」
今の現状を明確に理解したフェンリルは青ざめた表情を浮かべる。
「まぁ、運次第?もうちょっと汐らしくしてれば助けたかもしれないが……流石に壁扱いはないわぁ」
残念そうに首を横に振る浩介、その姿に全くと言って良いほど残念さを感じられない。
「っで、妾はどこに捨てられる?」
半ば諦めた口調で行き先を尋ねる。
「そうだな、皇女さまの信頼する騎士の所?」
チラリとその場所を見てフェンリルは身震いする。
「イヤじゃ!あそこには彼奴がおる!」
激しい口調で断固拒否する。
「じゃあ、そこは?」
フェンリルの視線を床に向ける。
にやぁ~と不気味な笑みを浮かべる簀巻ニルにフェンリルは思わず浩介の腕に縋るように抱きつく。
「それもイヤじゃ!」
首を大きく左右に振りながら駄々を捏ねる。
その姿に呆れかえる視線が二つ、ミアとセレスは室内で最も安全な隅を陣取って気配を消している。
「この状況は最悪な気がするんですが…」
周囲を見渡しミアの瞳は呆れた様子で呟いた。
「まぁ、何時ものことのようにも感じます」
セレスも雅を抱きしめながら頷く。
ー地獄絵図なのじゃ…
なにげセレスに守られている雅も目の前の光景、特にトラウマ仲間であるフェンリルの不憫さに目も当てられない。
助かるために必死に浩介の腕に抱きつくフェンリルは涙目で周囲をキョロキョロと見渡し二人と目が合った。
「お、お主ら……平和そうじゃな」
恨めしそうに二人を見つめる瞳に彼女らの視線が泳ぐ。なにせ、関われば碌な事にならないからだ。
ー堪忍じゃ……
念話で雅が申し訳なさそうに謝ってくる。
「っで、どうする?」
無慈悲な声が頭上で聞こえフェンリルはおずおずと上目遣いで浩介を見つめてみる。
「妾の安全地帯……」
その言葉を浩介は冷たい視線で覆す。口は災いの元であることを理解したフェンリルであった。
「モフモフが腕に絡まっている……はぁ、はぁ」
瞳を輝かせながら涎を垂らす簀巻ニルは二人の間近に迫ってきていた。その歪んだ感情が引き起こす力には脱帽と言わざる負えないだろう。
まさに地獄絵図な光景であった。
さらにはサツキの思惑により何も知らされていない皐月の意識が目覚めようとしている。
「…やばいな」
浩介は焦っていた。
今の状況で皐月が目覚めるのは宜しくない。
過去の経験上、この場所が修羅場と化す。
せめて自分の周りだけでもと浅はかな知恵を振り絞ってみたものの事態が好転しそうにない。
ただ……。
「彼奴だけは巻き込んでやる」
そう心に誓う浩介は自分に抱きつく哀れな皇女に少しだけ優しい目をした。
「…強く生きろよ」
浩介の言葉にこの世のどん底を味わったかのような悲痛な表情を浮かべて助かるためにガシッと浩介の腕に抱きつく。
「後生じゃ~!」
だが、フェンリルの声も虚しく浩介は勢いよく腕を振り、彼女の身体が宙を舞うのだった。
「はっ!?純白のモフモフ!」
床を這っていた簀巻ニルの瞳が宙を舞うフェンリルへと向けられ、追いかけるように勢いよく跳ね上がる。
ブチブチブチッ。
縛っていた荒縄がニルが跳ね上がった瞬間、彼女の執着心に負け千切れ飛んでいく。
「うーーわぁーー!!」
空中で逃げる術のないフェンリルの瞳に瞳を見開いたニルが迫ってくる。
「もぉーーふ、もぉーーふ!」
まるでスローモーションのようにゆっくりとした光景に見えた。そして、ニルはフェンリルを抱きしめながら今度は浩介へと向かって落ちていく。
「えっ?まじか……」
迫り来る恐怖に身動きが取れない。
ドタンッ!
フェンリルを抱きしめたニルを受け止めるように浩介の身体へと吸い込まれ、彼は床に尻餅をついたのだった。
「いってぇ~、うん?あれ?」
痛みに顔を顰めながら浩介はふと暖かな感触を感じて嫌な予感と共に目線を下げた。
「こ、浩介さま………」
血走った瞳と目が合う。
彼女の手元にはガクぶるに震える白い毛玉、そして彼女はほんのりと頬を染めながら上目遣いで彼を見つめている。
「は、ははっ無事で良かった……」
「…はい」
苦笑いを浮かべながら浩介は事態が悪化したことに内心で辟易とするのだった。
今の状況の最悪さと運の悪さに気付かされる。
ジャラジャラジャラ。
聞き覚えのある音が聞こえた。
ジャラジャラジャラ。
床を這うように近づいてくる。
その音に浩介の表情が青ざめる。
〔………………やばい〕
警戒音が浩介の脳裏に鳴り響く。
「ふぅ~ん、仲が良いわねぇ………」
「………っ!?」
その声に言葉を失った浩介はどこからか響き渡る終末の鐘を聞いた気がしたのであった。
読んでいただき有り難うございます
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では、失礼いたします
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