其の22 最低守護者と腹黒皇女
では、お楽しみください
(o_ _)o
「…あのセレス様」
ミアがセレスに声をかける。
「…なんでしょう?」
二人の間に暫しの沈黙が流れた。
それは当然のことと言えるのかもしれない。
目の前に顕現された存在、今までの状況から判断すれば間違いなく帝の魂であるはずだった。
だったという表現なのはその姿が年端もいかない少女の姿であるだとか服装がフリルを多用したゴスロリファッションであるとかでは決してない。
二人が言葉を失ったのは、その小さな華奢な手に握られた荒縄が原因であったからだ。
しかも何故か何度も荒縄を引っ張り、ビシッと乾いた音を立てては妖絶な表情を浮かべている。
「…どう言う事なのでしょうか?」
ミアの問いにセレスも返す言葉が見つからない。
基本的に顕現される姿は術者の感性によって決められるものであり、特に高位の精霊などはそれが謙虚に現れやすい。
四大精霊などが良い例であり、顕現されるまで浩介の感性が疑われていたのはまだ新しい記憶だ。
ただ今回、浩介によって顕現された帝の魂は明確な姿が存在する。なので、姿形は本人の意思による具現化であることは容易に想像することが出来た。
ただし、一つだけ存在する違和感を除いてだ。
そう……荒縄である。
何故、ゴスロリ少女が荒縄を妖絶な表情で音を立てているのか?そんな疑問が皆の意識に浮かぶ。
必然的に皆の冷めた視線が俯いている浩介に向けられる。当の本人は顔を上げることなく耳を塞ぎ、乾いた笑いを発していた。
皆の蔑んだ瞳が浩介に向けられる。
二人を除いて…。
その二人とは勿論トリニティにトラウマを植え付けられたフェンリルと雅である。
ーあ、荒縄って!?……イヤじゃイヤじゃ!彼奴には似合いすぎる!主殿はバカか?バカなのか!
漆黒の太刀の姿で主である浩介をバカ呼ばわりしてはいるが身体はトラウマを思い出したのか、ガクぶるに震えている。
更に輪を掛けてトリニティから必死に隠れようと藻掻いている姿は実に滑稽であった。
もう一人の被害者はと言うと…。
「妾は諦めた……」
遠くを見つめ達観するフェンリル、けれど身体は小刻みに震えているのが何とも言えない哀しさを物語っていた。
元から威厳など無かったが、その姿は更に彼女の威厳を下げてしまっている。
実に不憫な皇女であった。
「…ふむ、お主は……妾の斜め上をいくのぅ」
流石のサツキも言葉が出てこない。
呆れた表情を浮かべながらトリニティに視線を向けたサツキは思案下に扇を口元に当てる。
〔…まぁ、よいわ。さてさて、どう彼奴らを巻き込んでくれようかのぅ……〕
なかなかに予想外な帝の姿に思い描いていた謀略を練り直しながら口元を緩める。
長年、業と罪を見定めてきたサツキであったが「少女に荒縄はないじゃろう…」と思いながらも浩介の感性の面白さに感情が湧き上がってしまう。
そんな、彼女らそれぞれの感情を余所に浩介はイヤな汗を掻きながら周囲に気付かれぬよう思念でトリニティに声をかける。
〔…おぃ、それだけは止めろと言っておいたと思うんだが…なぜ、荒縄を持ってきた?〕
正直に言って聞くのが恐かったが周囲の手前、言い訳を考えるためにも本人の考えを聞きたかったのだ。
ー…う~ん、これが最適…しっくりくる
満足げな口調でトリニティが答える。
〔…そ、そうか〕
ガックリと項垂れながら浩介はトリニティの答えに言葉を失う。
暫しの無言の時間が流れる中で沈黙を破ったのは彼女であった。ただ、その言葉と行動は浩介を窮地に追い込んでいくものであった。
「久しぶり…げんき?」
トリニティの視線がフェンリルに向けられる。
ビクンッ!
彼女の声に遠い目をしていた不憫な皇女であるフェンリルは一度、身体を震わせ直ぐに石のように固まった。
ギギギッと錆び付いた機械のように首を動かす。
「ひ、ひ、ひ、ひさし、ぶり、なのじゃ」
震える声に視点の合わない瞳が宙を舞う。
「……ふさふさ…よかったね」
何を意味するのかは直ぐに判った。
慌てて尻尾を丸め、下腹部に隠すが何せ九尾である。隠しきれるわけがない。
あわあわと身体全体で尻尾を隠すフェンリルにトリニティは微かに笑みを浮かべ「ビシッ!」と荒縄から乾いた音を立てる。
ビクンッ!
その音にフェンリルの身体が震える。
「今は機嫌がいい…毟らない」
ニンマリと笑うトリニティにフェンリルは背筋に寒気が走り真っ白な毛が総毛立つ。
恐怖、トラウマ、そんな言葉がフェンリルの脳裏を駆け巡っていく。とりとめない負の連鎖に全てを諦めかけた時、一条の光…もとい、狂喜化した視線が二人を包み込んだ。
「……毟らない?はぁ~?何様ですか?」
ニルの血走った瞳が二人を見つめていたのだ。
彼女は首を傾げながらトリニティを見つめゆっくりと近付いていく。その行為を誰も止めることが出来ない。
あのサツキですら苦笑いを浮かべている。
「…あぁ…ダメ人間…何かよう?」
表情を変えずにトリニティはニルを一瞥する。
その姿に怒りで肩を震わせながら俯くニルにミアとセレスは更に部屋の隅へと後ずさっていく。
「…巻き込まれるような気がするのじゃが」
ニルの発する深い闇の気配に逃げ場を失った涙目のフェンリルが震える声で呟く。
「大丈夫ですよ…フェンリル様…貴女のモフモフは、私がお守りいたしますから…あら、あら、そんなに震えられて一体どうされました?」
顔を上げたニルは見開いた瞳で瞬き一つせずに彼女を凝視しながら病んだ笑みを浮かべていた。
ゾクッ。
恐怖にフェンリルの背筋に寒気が走る。
「ひぃ~!?…イヤじゃ!恐い、恐いのじゃ~!」
震える声で叫びながら思わず後ずさりを始めるフェンリルを不思議そうに見つめながらニルが躙り寄っていく。
「どうなされたのですか?何故、お逃げに?こんなに貴女のことをお慕いしておりますのに?あぁ~、アレが原因ですね…………」
不思議そうにしていたニルが気が付いたとばかりに胸元でポンッと両手を叩きチラリとトリニティに視線を向け沈黙する。
「なに?」
ニルの視線にも一切、動ずることなく見つめ返すトリニティの姿に何故か帝の威厳を感じてしまう。
フェンリルを挟み静かな睨み合いが続く。
完全に逃げ場を失ったフェンリルは助けを求めるべく周囲を見渡すが誰もが視線を逸らす。
当然のことだ。
誰も死に急ぐ者などいない。
「…あんまりじゃ…まだ、死にとぅない…何か、何か良い手はないか……うん?この気配は?」
ブツブツと呟きながら必死に考えていたフェンリルは見覚えのある二人の気配を感じ取り視線をキョロキョロ動かす。
「…いた………あ、彼奴らぁ~!」
扉から覗き見していた二人を見つけフツフツと怒りが湧き上がってくる。その表情が明らかに楽しんでいたからだ。
「…あっ!?見つかったみたいだねぇ……」
ニヤニヤしながら状況を見つめていたリアと主であるフェンリルとが視線が合い思わず呟いた。
「ど、ど、どうするんですかぁ~!?」
小心者のリーアムがその言葉に慌て出す。
「だぁ~いじょぶ、怒られるのはこの状況が終わった後だからぁ。今は楽しめばいいじゃない」
楽観主義の最低守護者ここに極まる。
「…そうですね、どうせ後で怒られるなら最後まで楽しんだもんの勝ちですよね」
上司がアレなら部下も似たようなものである。
つい数秒前まで慌てていたがリアの言葉に上手く丸め込まれる。相当の……バカであった。
ただ、一つだけ彼女らは誤解していた。
自分達の存在に気付いたのがフェンリルだけだという誤解、それが彼女らにとって致命的である事をまだ知らない。
二人に気付いたフェンリルの姿を扇で表情を隠しながら見つめていたサツキが人知れずニンマリと口角を上げたのだ。
〔…これで状況は完璧じゃな。ふふふっ〕
腹黒い笑みを心の中で浮かべ人知れず気配を消してサツキは扉へと近付いていくのだった。
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