其の34 常闇の使者
ではお楽しみ下さい
陽光が差し込む広々とした執務室で一人の男が書類の束を見つめながら外での騒がしさに頭を悩ませていた。
ほんの数刻の間に色々と起きすぎているのだ。
常闇の世界の政を一手に担うタラニス・クレアにとって今ほど脳筋だらけのこの世界を疎ましく思えた日はない。
五護衆として戦場に出向くだけならば良かったのだが、タラニスの本領は政治であり、しかも哀しいことに類い希な才があった。
「……どうするかな」
思考をフル回転させ、今の状況を整理する。
帝の使いの突然の来訪、ロイ・キルケの幽閉、城内での爆発、そして彼等の逃亡、それらの対処に追われ肝心のフェンリルの世界との交渉を行う時間すら取れない。
「…はぁ、全く」
タラニスは部下から上がる報告に頭を悩ませながら深いため息をついた。
城内の被害が驚くほど軽微であった事だけが唯一の救いだったが由々しき問題も生じていた。
ロイを幽閉する際に施した常闇の術式が無効化されているのだ。
あの術式はロイを幽閉する為だけに特別に組んだ代物であり容易く突破される類いではない。
それを破壊することなく改変することで無効化されていたのだ。問題はこの世界の理を他の理で改変したことだった。
基本的に他世界で血脈の力は効力を発揮しない。
それぞれの理で支配されているからだ。
それが出来るのは血脈の本流である人物。
「…帝の意志を継ぎし者がいたのだろうな」
あの中にいた誰かが帝の器であるとタラニスは考え、謁見の間での報告資料を読み直す。
あの場に現れたのは四人、素性が知れているのは帝の使いだけである。
残りの三人の容姿を見聞する。
「この若者だな……」
唯一の男である浩介の資料に目が止まった。
資料には何の変哲もない若者とだけ記載されており、今回の件がなければ帝の使いの従者もしくは護衛と言えたかもしれない。
だが、間違いないだろうとタラニスは確信した。
フェンリルの世界に間者として送り込んだ者からは神器が帝の使いに託されたという報告を受けている。彼女の世界の神器の帝の魂は…グレンデル。
「あの力なら可能だが……厄介だな」
眉間に皺を寄せ苦虫を噛み砕いたかのような表情をタラニスは浮かべる。
常闇の皇子の血脈は【断絶】その理は【総てを拒絶する】事ができる。幽閉先で施された術式はその一部、精霊を拒絶する術式であった。
だが、フェンリルの世界の神器に納められた帝の魂の欠片は常闇の理と非常に相性が悪い。
この多重世界では隣接する世界との均衛を保つため、互いの相性に合わせ神器を管理している。
ただ、今回はフェンリルが神器を手放した情報を得た常闇の世界が攻勢に出たのだ。
フェンリルの血脈は常闇の世界と非常に相性が悪い。
他世界で血脈の力を使えないとはいえ、多少なりとも拒絶することは可能であったからだ。
だが、今回それが裏目に出た。
フェンリルの世界を守護する騎女、リア・キルケはロイの実の娘である。
「中立であってもあの女なら何かやらかすと思っていたが…まさか、帝の使いと帝の意志を継ぐ者を送ってくるとは」
タラニスは苦い顔になる。
エルズはどの世界でも有名なのだ。
ただし、悪い意味で…。
タラニスの脳裏にあの顔が浮かぶ。
「…ぐぎぎっ」
過去を思い出し歯軋りをしてしまう。
間違いなくエルズが絡んでいるのに証拠がない。何度も、煮え湯を飲まされてきたのだ。
ダンッ!
握り拳を机に叩き込む。
「冷静になれ冷静に……よしっ」
自分に暗示を掛けるように何度も呟きながら深呼吸を幾度か行い頭をスッキリとさせる。
「先ず、やるべき事は和平条約…俺が行かねば示しが付かぬな。全く、逢いたくない奴と会わねばならぬとは……はぁ~」
大きなため息をついたタラニスは、和平条約に向けての書簡を書き始める。
それと平行して自分の代理に政務を行わせるための人材を頭の中で選別していく。
けれど、タラニスは気付いていなかった。
エルズ一家の災難に巻き込まれた者は更に巻き込まれていく傾向があるということに……。
*
タラニスの苦悩など全く知るよしのない浩介一行はフェンリルの希望もあり、しばらく屋敷に滞在する事となっていた。
というよりも、エルズ一家の災難の後遺症で誰もが、しばらくは何もしたくなかったのだ。
けれど……。
「…暇じゃな」
ソファにだらしなく横たわり、足をバタバタとさせる雅に浩介は何度目かのため息をつく。
「…はぁ、仕方がないだろ?」
フェンリルから滞在の期間、許可なく屋敷から出ることを禁じられた。
そのため欲求不満になった雅が駄々を捏ねる、そんな光景が目の前に繰り広げられていたのだが…。
その部屋に何故か皐月の姿がなかった。
なぜなら皐月だからだ。
「あぁ~?なに言ってんのよ!私を誰だと思ってるの?こいつらはいいとして私を束縛しようなんて百年は早いわよ?」
得意の巻き舌が炸裂した結果、彼女だけは条件付きではあるが市街を楽しむ権利を与えられたのだ。
そんな怒りに満ちた皐月の姿にフェンリルがガクブルに震えていたのは云うまでもないだろう。
ただ…。
「妾も行くの……じゃ」
それに対して、便乗しようとした雅は皐月の殺意に満ちた瞳に恐怖して何も言うことが出来ずに、ションボリと肩を落としながらソファへと戻る結果になってしまった。
皐月の怒りはまだ収まっていなかったのだ。
浩介に抱きついたまま腰を抜かし、そのままの状態を余儀なくされた事態……それが彼女の逆鱗に触れてしまった。
しかも、帰り際のエルズの一言が不味かった。
「顕現を解けば良いんじゃない?」…その発想が思い浮かばなかった雅の失態が皐月の不機嫌さを更に助長させたのだ。
結果として…。
「暇じゃあ~!美味しいものを食べたいのじゃ!ブラつきたいのじゃ!何かしたいのじゃ!」
駄々っ子の誕生である。
何度、ため息をついたのか判らない。
流石に浩介も我慢の限界を迎えている。
けれど、同じ境遇で半ば監禁状態のニルは、それほど苦にはしていなかった。
なぜなら、他世界の斥候というだけで室内を出ることを禁じられたミアの世話で忙しかったからだ。
「ミアちゃ~ん、可愛いですねぇ。ニルがしっかりとお世話しますから何も心配いりませんよ~」
ミアを抱きしめながら満面の笑みを浮かべるニルの姿に、常識人のレッテルは既に崩壊している。
「浩介様?何故、目線を逸らすのですか?イヤァ~!止めて下さい!?人化が、人化がぁ~!?」
泣き叫ぶミアの人化が解け、猫獣人の姿を露わにしたミアが涙目で浩介を見つめて助けを求めるが、その瞳は何気にミアから視線を逸らされ逃げられる。
その仕草にミアが叫ぶ。
「あんまりですにゃ~!」
浩介の逃げの一手に、いつの間にか語尾にニャーと猫獣人の方言が自然と出る始末である。
「悪い、ミア…」
それだけしか浩介は思い浮かばない。
視線を逸らしながらため息をつく。
今日で監禁されてから数日が過ぎていた。
朝早くに出かけて、夜遅くに満足げに帰ってくる皐月の姿が憎たらしく見える。
けれど身体に身に染みた皐月に対する恐怖心が、浩介に感情を捨てさせて平常心をもたらすのであった。
だが、そんな日々も終わりを告げようとしていた。その切っ掛けとなったのは軟禁された部屋をノックする音がもたらしたのだった。
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