其の28 ロイ・キルケの苦難
日頃、大人しい子ほど怒ったら恐いのです。
ロイの受難はまだまだ続く……。
では、お楽しみ下さい。
天井を見上げながら嘆くロイの姿に浩介は少なからず共感が持てた。あの嫁に旦那も振り回されているのだ。
「さぁ、早くあの者に天誅を下しなさい!」
腰に手を当て、ビシッとロイを指差しながらセレスは四大精霊に向かって盛大に叫ぶ。
その姿に浩介は小さくため息をつくと。
ゴンッ!
背後からセレスの脳天に拳骨を振り下ろす。
「…痛いですわ、何を為さるのですか!?」
踞りながら痛む頭を抱え込み涙目で恨めしそうに自らの主である浩介を見つめる。
「いやいや、世界を滅ぼしたら不味いだろ……」
その言葉にホッと胸を撫で下ろすディーネをよそに少し残念そうにサラが呟いた。
〔使ってみたかったなぁ……〕
四大精霊の中で最も若いサラは上級魔術を使ったことがなかった。元々、上級精霊だったのだが前任者で在る精霊から彼女は四大精霊の座を譲り受けたのだ。
そのため、古の神々の時代に一度だけ使われた四大精霊の上級魔術を使ってみたかったのだ。
「…お前、なんて怖ろしいことを」
指を咥えながら残念そうに呟くサラをロイは青ざめた表情を浮かべて見つめる。
取り合えず危機的状況を脱したと思ったロイは小さくため息をつきながらベッドに倒れ込んだ。
「…何なんだよ、一体?」
展開が急すぎて思考がついていかないロイは天井を見つめながら呟く。
ただ、上級魔術を四大精霊に使わせることは回避できたので少なからず安堵感はあった。
もしも、上級魔術が使われたら……その未来を想像してロイは思わず身震いをしてしまう。
「…まぁ、後はどうやって逃げ出すかだな」
身体を起こし不自然に歪んだ扉を見つめる。
見覚えのある幼女が何故だか踞りながら、涙目で後ろに立つ若者を恨めしそうに見つめている。
「セレスまで出張ってきたのか?…ってか、何やってんだ、アイツ?まぁ、居て当たり前か……そうじゃなきゃ四大精霊を呼び出すことも出来ないしな……うんっ、そう言えば?」
ロイは何かを忘れているような気がした。
些細なことのようで重要な何か……。
〔なんだろうな……〕
その疑問は直ぐに解決することになる。
〔…ノーミ…痛い…離して〕
〔キツい…〕
なぜなら、耳元で声が聞こえたからだ。
その声には怒りが含まれているのが判った。
ロイは嫌な予感と共に声のした方へと視線を向け二人を鷲掴みにしていたことを思い出し冷や汗を流しながら愛想笑いを浮かべる。
「…や、やぁ?」
ロイの愛想笑いに涙目のノーミとジト目のシルフィが恨めしそうに彼を見つめていた。
〔ノーミ……痛いって…言った……でも、離してくれない…だから…手段を選ばない…癒やしの大地よ、我が従属の存在よ…〕
涙目のノーミが詠唱を唱え始める。
「…うんっ?」
ロイの愛想笑いが固まる。
〔付き合う…我が身を護る聖なる風よ〕
「うんっ?ちょっ……お二人さん!?」
ロイはすっかり忘れていたのだ。
鷲掴みにしていた精霊達の存在を…。
しかも彼女等はロイの目と鼻の先という超至近距離で詠唱を唱え始めている。
二人はかなり怒っていたのだ。
「ちょ、ちょ?お二人さん、待って待って!悪かった!俺が悪かったぁ!ってか、その詠唱って!?お前ら極端すぎるだろ……」
彼女等の詠唱にロイは慌てて二人を解放した。
けれど、二人は詠唱を止めようとしない。
それぞれの属性色の光が彼女等を包み込む。
なまじ、高位の精霊術士であるロイには彼女等が詠唱する術式を嫌というほど理解している。
そして、それらは至近距離で受けて良いものじゃないと言うことも十分すぎるほど把握していた。
「…ヤバイ、ヤバイ」
彼女等から離れようと後退る。
ゴンッ。
青ざめた表情で後ろを振り返る……壁だった。
ロイに逃げ場がなくなり詠唱を続けながら近寄ってくる二人に冷や汗がダラダラと流れる。
「やばい…話せば判る!なっ、そうだろ?」
命乞いするロイ。
けれど二人は聞く耳持たず、頬を膨らませながら躊躇なくロイへと向けて力を解き放った。
その瞬間、緑の光と白い光が重なり合う。
〔我が敵を討て、大地の雨〕
〔蒼嵐の刃…死に晒せ〕
迫り来る暴力の嵐が刃となり生み出された赤熱の塊を細かく切り刻み、それらを巻き込みながらロイへと近付いていく。
その光景にロイは頬を引き攣らせながら呟いた。
「…うん、死んだな」
直後、激しい爆音と共に室内が揺れ、ロイは紙くずのように宙を舞い、そして、壁に勢いよく叩きつけられた。
かなりの衝撃に室内が土煙で覆われ視認することが出来ないがセレスだけは鼻息荒く叫ぶのだった。
「良くやりました!サラとディーネも続きなさい!せめて、産まれたことを後悔するまで徹底的にやっちゃい……あっ?」
ゴンッ。
「ま、また…痛いですわ」
「はい、そこまでだ」
私怨に付き合い義理はない。
そう、判断した浩介はセレスを黙らせる。
その容姿から若干、罪悪感を感じてはいるのだが浩介は異世界であることを理由に自分なりの妥協点を見出すことにしていた。
この行為は世界を救うことだ。
だからこの行為は正しい。
だが、セレスは涙目で訴えかける。
「…虐待ですわ」
その発言は絶大だった。
「浩介ってばサイテェ~」
皐月が調子に乗る。
「主殿、幼女の虐待はダメなのじゃ」
それに同意する雅の表情はニヤけている。
「ファイトです…浩介様」
視線を逸らすニルは巻き込まれたくないのか浩介達から少し距離を開ける。勿論、ミアを引き摺るようにしてだが…。
「お前らな…」
言葉が出てこない。
単純に巻き込まれたくないからだ。
その気持ちは痛いほど判る。
けれど、浩介は理不尽さを拭いきれない。
堪らず壁にめり込みながら力無く項垂れるロイに助けを求めるように声をかけることにした。
「お~ぃ、生きてっかぁ…」
返答が無いことに一抹の不安が過ぎる。
けれど、術式を発動した二人は平然としていた。
〔…ノーミ…加減した…〕
〔コレは死にはしない…〕
二人の台詞に浩介は安堵感を憶える。
〔おぉ~い、生きてるぅ?〕
興味津々なサラは躊躇なくロイに近づいていき、声をかけながら爪先でチョンチョンと突っつく度にロイの身体がビクビクと反応するのを確かめる。
案外、彼は丈夫であった。
それが何故なのかはアレを嫁にしていることで察してもらうしかない。
何はともあれロイが生きていることを確認できたことで少なからず浩介はホッとした。
なぜなら、次の手を打たなければならない状況になりそうだからだ。
これだけ派手に暴れたのだ。
この世界の者達が気付かぬはずがない。
外が騒がしくなっているのが判る。
それは当然のことと言えた。
四大精霊の術式が発動したのだ。
しかも、常闇の世界の中枢、皇子の住む場所で騒動を起こして只で済むわけがない。
怒鳴り声が聞こえる。
ノーミとシルフィが発動した術式の影響が兵士達に動揺を生み、慌ただしく走り回る騒音が浩介達の耳にも届き始める。
その足音が近付いてくるのを感じながら浩介は嫌な予感を感じずにはいられなかった。
「…さて、どうするかな」
浩介はグレ記憶を呼び起こしながら、どう切り抜けようかと思案を巡らせるのだった。
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